迫る暗黒龍の猛追!
「あ、あはは、もぉ、ハニーってばえっちだなぁ。じゃあね」
らしくない、短い言葉を残して、彼女は俺の横を通り過ぎて行った。
逃げるように立ち去るというレアな桐葉のお尻を見送ってから、俺は溜息を吐いた。
だけど……。
「ハニ~、アンタ、ねぇっ」
顔を上げると、あらたな脅威が接近中だった。
殺意の波動に目覚めた茉美が握りこぶしを震わせながら鬼の形相でのしのしと迫って来る。
――イヤァアアア! 怖いぃいいい!
「待て茉美! 桐葉は俺が脱がせたわけじゃないんだ!」
死に物狂いで言い訳をしながら、俺は勢いよく立ち上がった。
びんよよよ~ん!
「あぶぁっ!?」
何故か、茉美の顔が赤い驚愕に固まった。
彼女の進撃もぴたりと止まる。
「ん? どうしたんだ茉美?」
俺が一歩迫ると、茉美は一歩下がった。
まるで、何かに怯えているように。
「おい?」
さらに一歩歩み寄ると、また、茉美は一歩下がった。
今度は、背を逸らして腰も引けていた。
「なぁ」
「イヤァアアア!」
俺が肩を叩こうとすると、茉美は悲鳴を上げて俺にお尻を向けて逃げ出した。
「なぁっ!? えぇ!? おいどうしたんだよ茉美!?」
広いリビングを走り逃げ回る茉美、それを必死に追いかけまわす俺。
俺らは朝からぐるぐるとリビングを何周も走り回り、途中、美稲や舞恋、真理愛のいるソファやテーブルの間も通り抜けた。
「はぶぁっ~!」
舞恋が鼻血を出して倒れかけた。
「舞恋!?」
愛する恋人の体調不良に、俺は素早く駆け寄った。
俺が接近すると、床に腰を下ろしていた舞恋は視線の高さのナニかに目を剥いてから悲鳴を上げた。
「ぅあぶぁっ!?」
舞恋の鼻からひときわ盛大に鼻血が噴き出して失神。彼女は真理愛に抱き留められながら、絨毯の上で痙攣をはじめた。
「ハニーさん、舞恋さんは私が介抱するので大丈夫です。何も心配しないでください」
名サポーター、できる女、真理愛の意図を汲んで、俺は振り返った。
「わかった。茉美のことは任せろ」
「いえ、そういう意味では」
「うぉおおおお! 茉美ぃ!」
俺はリビングから廊下へ逃げる茉美をダッシュで追いかけた。
「イヤァアアアア! 来ないでぇええええ! あっ!?」
猟奇殺人鬼から逃げるサイコホラー映画のヒロインのような声を上げて逃げる茉美は玄関で転倒した。
腰が抜けたように床にお尻をつけて、ずるずると下がるも、彼女の手は玄関の段差で支えを失い、がくんと体が傾いた。
「あっ!?」
これ以上逃げ道がないと悟った茉美の顔に絶望が差し込む。
実際にはほんの10センチ程度の段差だけれど、まるで崖に追い込まれたヒロインのようだった。
「ふぅ、やっと止まったな。まったく手間をかけさせやがって」
ここだけ切り取ると完全に映画の悪役である。
俺は半歩ずつ、彼女との距離を詰めていく。
その度、真っ赤な顔は恐怖にゆがみ、目の端にたまる真珠のような涙が大きく膨らんでいく。
「はぅ……あぅ……はぅ……あぅ……」
「それで茉美、一体どうしたんだ?」
「ッッ~~~~~~~~~~~っッッ――――!?」
俺らの存在を検知して自動的に点灯した天井の証明が、スポットライトのように彼女の顔を照らした。
一方で、彼女の顔に太くて長い、漆黒の影が重なった。
茉美はその陰を見上げ、絶句した。
「…………あ」
愛する彼女の顔を見下ろして、視界の下に映るモノに、俺も絶句した。
桐葉は、俺のパンツを持ったまま逃げて行った。
つまり、俺は今。
すなわち、俺は邪悪なバベルの塔で天を衝きながら、茉美を追いかけまわしていたのだ。
なんという性犯罪の現場だろう。
「すいませぇえええええええん!」
俺はまた、その場で亀のようにうずくまりながら絶望した。
茉美に嫌われる。
家庭崩壊。
そんな言葉が脳内を巡り、俺は頭の中で必死にタイムマシンを探した。
だが、いまそんな現実逃避をしている暇はない。
俺は茉美にさらに謝罪し償うべく、顔を上げた。
「ごめん茉美! 俺を死ぬまで殴ってくれ! ……え?」
すると彼女は、真っ赤な顔から大粒の涙をこぼしながら、両手でスカートを押さえていた。
それから、そっと、弱々しい表情を寄せてきて、俺に耳打ちしてきた。
「アタシの部屋にテレポートして、口、ふさぎなさいよ」
全てを察して、俺は彼女と一緒にテレポートした。
茉美は自室につくなり、周囲に誰もいないことを確認してから、俺の口にキスをしてきた。
彼女の熱い鼻息が頬にかかってくすぐったい。
でも、気にせず俺は彼女をベッドに押し倒すと、口で彼女の口をふさいだまま、茉美の服を脱がせて言った。
「ッ~~~ッ~~~ッッ!」
口を塞いでいるから声は出ない。
けれど、体と舌の暴れ具合から彼女の気持ちは痛いほど伝わってきた。
一言で言えば、俺のツンデレ嫁がベッドの中でエロ可愛すぎた。
俺は右手でブラのホックを外し、左手で彼女のショーツを乱暴に横へ引き抜いた。
ヒモパンだったので、かんたんに脱がせられた。
◆
15分後。
彼女の体の汚れをテレポートで原子一つ分も残さず除去してから、茉美は着衣を直していく。
昂ぶりの鎮まった彼女に、俺は心の底からお礼を言った。
「ありがとうな茉美。いつも俺の為に負担を背負ってくれて。おかげで、みんなのことを傷つけずに済むよ」
俺の感謝に、彼女は頬を赤らめながら得意げに顔を逸らした。
「そ、そうよ。アンタがこうしていられるのもアタシの、その、おかげなんだからっ」
「でも恥ずかしいからみんなには部屋でいっぱい殴られていたってことにしてもいいかな?」
「しょ、しょうがないわねハニーはっ」
茉美はちょっと声をはずませた。
両手はFカップ以上の胸に添えている。
それが、まるで俺の余韻を感じているようで、男心が刺激された。
「すごい……まだ、はさんでいるみたい……存在感つよすぎなのよ……」
――それ以上はやめてください!
これ以上刺激されると、また俺の和魂が荒魂と化して鎮魂式をしてもらわねばならない。
俺は急いで部屋を出た。
◆
「うぅ、また茉美にシゴかれちまったぜ……」
俺はよろめく演技をしながら、傷ついた戦士のようにリビングへ戻った。
すると、何も知らない麻弥たんがくもりなきまなこでちょこちょこと歩み寄ってきた。
「毎日いたくされてハニーがかわいそうなのです。茉美には麻弥から注意しておくのです」
――いやぁあああああ! 純真な目で見ないでぇえええええ! 罪悪感で死んじゃうからぁああああああ!
「ハニー、しゃがむのです」
麻弥たんに腰をつかまれ、引っ張られる。
俺は罪の意識からその場で見えない石段を抱かされるようにして折り目正し正座した。
すると、小さなお手てが頭頂部にぽふんと置かれた。
「ハニーはいつもがんばっていいこなのです。いいこいいこ」
――あぁああああ! 罪の意識がぁあああああああ!
俺に麻弥たんになでてもらう資格なんてないのに、俺は真実を告げることもできず、幸せを不正受給し続けた。
俺はきっと、死んだら地獄に落ちるだろう。
「ハニー、朝ごはんできていいるから、早く歯を磨いてきて」
「お、おう」
キッチンから桐葉が顔を出してきた。
いまの彼女は清楚な白のワンピースを着ていた。
体のラインが出ないゆったりとしたデザインで、足首まで伸びた長いスカートなので露出度はまったくない。
さっきまで全裸で家の中を走り回っていたとは思えないヒロインファッションである。
だけど、そうしたギャップがまたエロい。
あのゆるふわガーリーファッションの下に隠されたダイナマイトボディを幻視して、俺の心はほのかに興奮してしまう。
「そうだ、舞恋は無事か?」
「はい、さっきまでは部屋で休んでいましたが、いまはこのとおりです」
真理愛の隣で、舞恋はぽっと顔を赤くした。
「う、うん、もうだいじょうぶだよ。ていうかなんでわたし、倒れちゃったのかな? よく覚えて、うん、全然何もおぼえていないんだよねっ」
その気遣いが痛かった。胸に。
俺は心の中で土下座した。
舞恋のような純真純情な可憐乙女に俺はなんてことを、と反省する。
けれど、何故か舞恋も罪悪感に押しつぶされそうな顔をしていた。なんで?
「そんなことよりもだ奥井ハニー育雄。聞いて喜ぶがいい。昨日、とうとう震災で復興中だった東京のオフィス街が完成したぞ」
と言って、早百合さんは全力で話題を変えてくれた。
その間に、美稲が歯磨き粉をつけた歯ブラシを持ってきて俺に握らせてくれる。
まさに上げ膳据え膳おんぶにだっこである。
「おっ、ついにここまで来ましたか」
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