第七章 予測された未来
御厨と会った翌日、午前六時四十二分。
都内を走る無人配送車が、交差点へ進入した。
その瞬間、信号制御が二十秒間だけ停止した。
配送車は急停止した。後続車が連鎖的に追突し、歩道へ乗り上げた一台が、通学途中の児童の列の手前で止まった。
死者は出なかった。
ニュースは、それを「交通システム障害」と伝えた。
その少し前、午前六時三十二分。
御厨から音央はあるメッセージを受け取っていた。
未来戦略室が人災を予測し、都内の一部信号へ保守点検名目の制限をかけて、本来であれば多数の児童が巻き込まれていたであろう事故を未然に防ぐという予告だった。
「ゼニスが予測したというのですね」
真白は、音央から受け取った内部資料を画面で読んだ。
「御厨たちは、事故の直前に警察と道路管理局へ通知している。だから大事故にならなかった」
「助けたんだ」
澪の声はかすかだった。
誰も否定しなかった。
音央は、ニュース映像の端に映った黄色いランドセルを見る。あと数秒遅ければ、そこにいた子供たちは死んでいたかもしれない。
ゼニスがなければ。
光たちが眠っていなければ。
「だからって」
莉里が怒って言った。
「眠らせ続けていい理由にはならない」
「でも、あの子たちは助かったんだよね」
澪は莉里を見た。
「兄が眠っていたおかげで」
「お兄さんのおかげかなんてわからないじゃない」
「私だって、お兄ちゃんを起こしたい。でも、もしそのせいで、次に誰かが死んだら? それでも私はお兄ちゃんを起こしていいの?」
澪の声は大きくなかった。だから、かえって痛かった。
莉里は言葉を失った。
音央も、何も言えなかった。
御厨の言葉が、反芻された。
天災は、選ばない人間にも選択を迫る。
莉里は一人で屋上へ上がった。
音央が追いつくと、彼女は夜の街を見ていた。
「俺が言うことじゃないかもしれないけど」
「うん」
「澪が言うことももっともな話だ」
「そうだ、ね」
莉里は振り返った。
「でも……怖いんだよ」
その言葉は、怒っている声より小さかった。
「向こうの言うことが、全部嘘なら簡単だった。悪い人を止めればいい。でも、御厨が言っていることは、たぶん一部は本当なんだよね」
「ああ」
「それが嫌。誰かを眠らせて助かった人がいるって言われたら、私たちが救いたいって言うことまで、我儘みたいになる」
「我儘でいい」
音央は言った。
莉里は眉をひそめた。
「よくないよ」
「目覚めて欲しいという気持ちまで、抑える必要はないよ」
言ってから、音央は自分でも意外だったと感じた。
「光を起こしたい。俺の我儘だ。でもそれを誰かに止められる筋合いはない」
「ほかの人が犠牲にならないなら、ね」
「まあな」
莉里は少しだけ笑った。
「そこが一番難しい」
翌朝、真白から連絡が入った。
国立系の病院へ、ピグマリオン病患者の移送命令が出ているという。対象は六十三人。光は含まれていない。
そのなかに、澪が調べていた名前があった。
「雨宮颯太」
澪はテレビ電話の向こうで息を止めた。
「どこへ」
「港です」
真白の声が低くなる。
「湾岸第七埠頭。表向きは、非常時医療資材の積み出し拠点になっています」
音央は地図を開いた。
海を疑え。
海は入口じゃない。
港が、出入りする場所なら。
眠る人間たちは今、その港からどこかへ運ばれようとしている。
「行きます」
澪が言った。
「待て」
「三年待った」
その声は震えていたが、引かなかった。
「もうこれ以上待てない」
音央は、窓の外を見た。
朝の街は、昨日助かった人々と、まだ何も知らない人々で動き始めている。
そのどこかに、眠った六十三人を運ぶ車列がある。
国はまた未来のために、誰かをどこかへ選ぼうとしていた。




