第十四章 公表
最初に公開されたのは、たった三分の映像だった。
黒い画面。
その中央に、白い文字が一つずつ現れる。
――K-セル。
――ゼニス。
――患者移送記録。
――帰還補助薬。
――国家による無断接続。
最後に、二百七十三人の名前が並んだ。
顔写真はなかった。
住所もなかった。
ただ、名前だけ。
そして、その名前を呼ぶ家族たちの声が重なった。
『お母さん』
『兄ちゃん』
『あなた』
『お父さん』
『帰ってきて』
三分の映像が終わった。
音央は配信画面を閉じた。
「これで、もう戻れない」
莉里が言った。
「もう戻る必要はない」
音央は答えた。
公開から十分。
国内のニュースサイトが一斉に記事を出した。
三十分後には海外メディアが反応した。
一時間後には政府が「事実関係を確認中」と発表した。
二時間後。
未来戦略室が声明を出した。
患者たちは国家の実験材料ではない。
ゼニスは医療目的を含む国家危機管理システムである。
K-セルは国民の安全を守るために使用された。
そして最後に。
現在予測されている大規模災害について、政府は必要な対応を続けている。
音央は、その文章を読み終えて、端末を置いた。
「否定しないんだな」
ヒカルが言った。
「否定したら、全部が嘘になるからだろ」
真白が答えた。
「なら、勝負はこれからです」
その日の午後。
SNSには、患者の家族たちが次々に声を上げ始めた。
眠っている娘の写真。
眠っている父親の動画。
何年も前の誕生日の映像。
机の上に残された弁当。
冷蔵庫のプリン。
誰かの生活が、少しずつ公開されていく。
番号だった人間が、名前になっていく。
名前だった人間が、少しずつ存在としての人間へ戻っていく。
だが、その夜。
御厨は非常時権限を発動した。
全国の患者移送施設が閉鎖された。
医療機関への通信回線が一部遮断された。
ゼニスに接続されている患者は、すべて指定施設へ集約する。
理由は一つ。
――外部からの不正接続による生命危機を防止するため。
「始まりましたね」
真白が画面を見る。
「患者を移すつもりです」
「どこへ?」
澪が聞いた。
「地下施設です」
音央は立ち上がった。
「行くぞ」
その瞬間、ヒカルが小さな記憶媒体を取り出した。
「これを使う」
「何だ」
「リライズ・パス」
音央が見る。
「まだ持っていたのか」
「ああ」
ヒカルはそれを机に置いた。
ヒカルは端末を開き、記憶媒体を接続した。
画面に、設計図が表示される。
リライズ・パス。
光だけを帰還させるために作られた経路。
ヒカルはキーボードを叩く。
そして、リライズ・パスから「一人だけ」という制限の構造を取り除く。
それを、すべての患者を眠りから目覚めさせるための、新しいリライズ・パスへと組み替える。
ファンタズマル・アイランドのシステムと同期させ、GMである音央が行使できるように。
しばらくして、作業を終えたモニターには二つの設計図が表示されていた。
古いリライズ・パスとヒカルが作り上げた新しいリライズ・パス。
「もうこれは要らない」
ヒカルはカーソルを古いリライズ・パスに合わせてそう呟く。
音央が顔を上げた。
「本当にいいのか」
「姉さんなら、そうするだろ」
ヒカルはキーを押した。
警告が表示された。
――不可逆操作。
――設計コード消去。
「さよなら」
ヒカルは小さく呟いた。
古いリライズ・パスが、画面から消えた。
もう、光だけを救う道はない。
残されたのは、二つの道だけだった。
全員を救うか――
それとも全員を失うか。
真白は帰還補助薬の投与条件と照合し、莉里は患者の現在の反応を重ねた。
未だ道は完成していない。
だが、一本の非常口を二百七十三人分の小さな出口へほどくための設計図にはなった。
それは、まだ不完全ながら、新しい鍵となり得るものだった。




