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9/12

覚醒

校長室の空気は、ジークが放つ漆黒の魔圧によって真空に近い状態まで引き絞られていた。


「……3人がかりでその程度か。英雄の肩書きが泣いているよ」


ジークは動かない。ただ視線を向けただけで、シドリーの放った渾身の斬撃は空中で凍りついたように静止し、粉々に砕け散った。


「なっ……!?」 


「次は君だ、クレア」


ジークが指先をわずかに振る。


不可視の衝撃がクレアの防御結界を紙細工のように貫き、クレアを壁ごと背後の廊下へと吹き飛ばした。


校長ラムーは、血の気の引いた顔で杖を突き立てる。


「おのれ……魔王……ッ!」


ラムーが床に刻まれた緊急転移の術式を起動した。


瞬間、視界が歪み、4人は校舎の地下深く――アイナの魔力が眠る最深部の貯蔵庫へと戦いの場を移す。




「場所を変えたところで、結末は変わらないのにね」



転移の衝撃を微塵も感じさせず、ジークは地下室の冷たい石床を優雅に踏みしめた。


その足音一つで、地下室に施された対魔族用のトラップが次々と自壊していく。




「み……! 認めん、認めんぞ……このような存在が今の時代に……!」


壁に叩きつけられ、肋骨を砕かれたシドリーが血を吐く。


ジークは彼らを見下ろし、冷淡に言い放った。


「君たちは、アリスという『核』がいなければ、ただの臆病な魔導士に過ぎない。その彼女を自らの手で殺した時、君たちは終わっていたんだよ」


追い詰められたラムーは、狂気に満ちた目で貯蔵タンクのレバーに手をかけた。


「ならば、その『核』を私が喰らうまでよ!」



封印が解かれ、18年分、一人の少女から搾取し続けた膨大な桃色の魔力が、液体のように溢れ出す。だが、その奔流はラムーの手をすり抜け、意思を持つかのように壁を透過して消えていった。



「なっ……!? なぜだ、なぜ私に従わん!!」



魔力はアイナのいる女子寮の方角へと引き寄せられ、戻ってこない。


「……残念だったね。力というものは、相応しい器を選ぶものだよ」


ジークが最後の一歩を踏み出そうとしたその時、ラムーが最奥の隠し部屋の扉を抉じ開けた。


「……ならば、これを受けるがいい。我らが18年かけて練り上げた、対魔王用最終兵器をな!」


そこにあったのは、アイナの魔力を極限まで圧縮・反転させた「黒い塊」だった。



その塊が放つ、空間そのものを腐食させるようなプレッシャー。それは、30年前にジークを滅ぼしたアリスの魔力特性そのものだった。




「……それは、少しだけ興が削がれるな」



ジークの眉が、初めてピクリと動いた。初めて焦りを見せた。


ラムーが咆哮とともに兵器を解放する。黒い閃光が、地下の酸素を焼き尽くしながらジークへと迫る。



ジークは両手をかざし、漆黒と黄金が混ざり合う最大級の障壁を展開した。




ドォォォォォン!!




地下室全体が悲鳴を上げ、岩盤が飴のように歪む。


「……ッ!」


ジークの足が、わずかに後退した。


障壁に触れた部分から、ジークの魔王としての衣が灰へと変わっていく。アリスの力を負に転じさせたその一撃は、魔族の根源を分解する毒そのものだった。



(……脆いな、今の僕の器は。これを受け止めるには、少しばかり強度が足りないか)




ジークが死を目前にしたその瞬間、背後の重厚な扉が、何者かの意志によって粉砕された。



――シュウ……。




ジークを飲み込もうとしていた黒い閃光が、何かに触れた瞬間、力を失ったただの「灰」へと変じ、霧散した。


「……なに?」



ラムーの杖が床に落ちる。ジークもまた、眼前の光景に微かに目を見開いた。


舞い散る灰の中、ジークの前に一人の少女が立っていた。


寮の方角へ飛んだ魔力をすべてその身に還し、ペンダントの呪縛を内側から食いちぎった、真の姿のアイナだった。



「……校長先生。汚い手で、お母様の力に触れないでください」




その声は、静謐でありながら、世界を平伏させるほどの神聖な響きを帯びていた。




気弱な少女の面影を脱ぎ捨て、かつて世界を救った魔女の再来、あるいはそれ以上の「何か」として、アイナは裏切り者たちの前に降臨した。

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