魔王再誕
降りしきる雨の中、リュウの告別式が執り行われた。
参列する教師たちの顔には、教え子を失った「悲劇の教育者」としての仮面が張り付いている。
校長ラムー、施設長クレア、そして寮長シドリー。
18年前にアリスを裏切った三人が、今度はその娘の親友の遺影に花を供えていた。
アイナは、立っているのがやっとというほどに憔悴し、ジークの袖を掴んで震えていた。
ジークは無言で彼女に傘を差し出しながら、足元に潜む影に密かな命を下す。
(アリーナ。……リュウの死の痕跡を、一欠片も残さず辿れ)
式が終わった帰り道。人影のない並木道で、黒猫の姿をしたアリーナが影から這い出した。その声は、かつてないほどに冷たく冴えていた。
「……主様。リュウの喉元に、あの一家の術式とは異なる『魔力の澱み』を見つけました。あの養護施設の施設長……クレアの魔力の痕跡です」
ジークの瞳に、極北の吹雪のような冷徹な光が宿った。
確信は、真実へと変わった。彼らは地下室の真相に触れたリュウを始末したのだ。
ジークの頭の中では、アリスの死の真相まで容易に推察ができていた。
その夜。ジークは一人、校長室の扉を叩いた。
「夜分に失礼。校長先生、少しお話ししたいことがありまして」
部屋の奥、重厚な椅子に腰掛けたラムーは、驚く様子もなくジークを迎え入れた。ランプの灯火が、老いた魔導士の顔を不気味に照らし出す。
「……気づいたようじゃな、ジーク君。いや――何者だね、君は。その若さで、我らの秘匿術式を見破るとは」
ジークは悠然と校長の正面に座り、月明かりを背に冷たく微笑んだ。
「僕は、魔王の生まれ変わりだよ」
一瞬の沈黙の後、ラムーは腹の底から響くような声で笑い出した。
「くははは! なるほど、魔王か! 傑作じゃ! では問おう。その魔王が何故、憎い仇であるアリスの娘に味方する? 彼女の魔力を喰らうつもりか、それとも復讐を企んでいるのか?」
「何を企んでいるか、だって?」
ジークは立ち上がり、右手にどす黒い輝きを帯びた魔力を収束させる。
「未来の平和のため。そして、君たちの腐った悪事を、ここで終わらせるためだよ」
「面白い。ならば、その傲慢ごと捻り潰してくれよう!」
ラムーが杖を振るった瞬間、校長室の空間が歪み、極大の重力魔法がジークを襲った。だが、ジークは眉一つ動かさず、一歩も退かない。
「……温いな。アイナさんから奪った魔力で、その程度か?」
ジークが指先を弾くと、漆黒の衝撃波がラムーの魔法を霧散させ、彼を壁際まで吹き飛ばした。防御結界ごと壁に叩きつけられたラムーは、信じられないものを見る目でジークを凝視した。
「な、ん……だ、この力は……!」
その異変に呼応するように、扉が吹き飛び、施設長クレアと寮長シドリーが同時に飛び込んできた。
「校長!? ジーク、貴様、何を――」
「反逆か! やはりリュウより先に処分しておくべきだったな!」
取り囲む三人の英雄。かつて魔王を追い詰めた戦友たち。
だが、ジークの意識は、すでに今の彼らを見ていなかった。彼の感覚は、三十年前のあの戦場――アリスの魔法に震えながら自分の背後で怯えていた、小心な人間たちの姿を思い出していた。
ジークは完全に魔王としての全盛期の感覚を取り戻し、狂気を含んだ笑みを浮かべる。
「懐かしいな。三十年前の戦いを、ここでやり直そうじゃないか」
黄金と漆黒が混ざり合う圧倒的な魔力が、校舎全体を揺らす。
「アリス抜きの君たちに、負ける気がしないんだがね。……さあ、始めようか」
絶望の夜が、今まさに幕を開けた。




