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地下室の禁忌

嵐の予兆か、湿った風が廊下を吹き抜けていた。


アイナが一人で手洗いへ向かった後、しばらくして事件は起きた。

ジークとリュウのもとに、一羽の伝書鳩が舞い降りたのだ。

その脚に結ばれた紙には、殴り書きのような文字が躍っていた。



『アイナは預かった。返してほしくば、立ち入り禁止の地下室へ来い』



「……あの野郎ども、やりやがったな!」


リュウが椅子を蹴り飛ばし、激昂する。今すぐにでも地下へ駆け出そうとするリュウの肩を、ジークが細い指先で軽く制した。


「落ち着いてリュウ。あまりに露骨な誘いだね。きっと罠だよ。」


ジークの声は、静かで、驚くほど冷静だった。


「サム君たちの浅知恵でしょう。自分たちの手を汚さず、僕たちを『退学処分区域』へ誘い込んで、校則という刃で始末するつもりなんです」


「罠だろうが何だろうが関係ねえ! アイナが一人で捕まってんだぞ!」


リュウがジークの胸ぐらへ手を伸ばそうとしたその時、窓から一匹の黒猫――アリーナが滑り込んできた。彼女はジークの足元で、人には聞こえない低い声でささやく。


「……主様。アイナが育った養護施設の地下に、異様な装置を見つけました。アイナの魔力が保管された貯蔵タンクです。また、タンクはおそらくこの学校の地下室にある何かと連動するように術式が組んであります。」


ジークの瞳の奥に、わずかな鋭さが宿る。


「……なるほど。あの地下室には、サム君たちの幼稚な罠以上の『何か』が隠されているようだね。いいさ、ここは敢えて誘いにのろう。」



5分後、二人は生徒立ち入り禁止の重厚な鉄扉の前に立っていた。


扉には厳重な魔導錠が施されていたが、ジークが指先を這わせると、それは音もなく解除された。


だが、扉を開け、足を踏み入れた瞬間――。




ビィィィィィィィン!!





静寂を切り裂くような警報音が、地下の回廊に鳴り響いた。


「チッ、センサーか!」


「構わないよ。隠れて通るよりも、堂々と理由を説明した方が話が早いからね。」


ジークは悠然と歩を進める。奥へ進むと、そこには異様な光景が広がっていた。


巨大な円柱状のクリスタル。



その中には、淡い桃色の光を放つ魔力の奔流が、液体のように揺らめき、蓄えられていた。


「これ……アイナの魔力じゃねえか? なんでこんなところに……」


リュウが呆然と呟く。


間違いなかった。その温かくも暴力的な波動は、一週間前にアイナが放ったあの輝きそのものだった。





「……誰じゃな。ここが禁域だと知っての狼藉か」





背後から響いたのは、枯れ木が擦れるような、だが絶対的な威厳を持つ声だった。

振り返ると、そこには校長ラムーが一人、杖をついて立っていた。


「ここは立ち入り禁止じゃ。退学を覚悟してのことかな、ジーク君、リュウ君」



校長は怒るでもなく、ただ静かに問うた。ジークは慌てる様子もなく、丁寧な所作で一礼して見せる。


「失礼いたしました、校長先生。……実は、僕宛にこのようなものが届きまして。アイナさんの身に危険が及んでいると判断し、やむを得ず足を踏み入れた次第です」


ジークは穏やかな表情で、伝書鳩の書面を差し出した。校長はそれを一瞥し、深く溜息をついた。


「サムとレムの仕業か。……愚かな。力で勝てぬからと、このような卑劣な手段を選ぶとは。今回は見逃すが、ここは危険だ。一刻も早く立ち去りなさい」


「じゃあ、アイナはどこに!!」



リュウが苛立ちを見せる。



校長は杖で床を叩き、静かに眼を閉じた。魔力の痕跡を探っているようだった。


「見つけた。図書室裏の旧倉庫じゃな。彼女はそこに監禁されている。早く助けに行ってあげなさい。レムとサムの処分については、別途、私の方で考えておこう」


「……っ、行くぞジーク!」



リュウが弾かれたように走り出す。



しかし、ジークはその場を動かず、巨大な魔力貯蔵装置を見つめたままだった。


「この魔力が、気になるかの?」


校長が穏やかに問いかける。ジークは目を細め、静かに答えた。


「ええ。これはアイナさんの魔力そのものです。なぜ、このようなものがここに貯蔵されているのですか?」





校長は悲しげに目を細め、語り始めた。


「……アイナのペンダントは、力を制限するだけではない。強すぎる魔力は、彼女の未熟な器を内側から焼き切ってしまう。ゆえにあの装置は、毎日少しずつ、彼女の身を削らぬ程度に魔力を『逃がして』いるのじゃよ。これは過去十八年、彼女を守るために奪わざるを得なかった魔力……私は今、この魔力を彼女が耐えられる形で返却する方法を、日夜研究している最中なのじゃ」


その声には一点の曇りもなく、亡き友を想う慈愛に満ちていた。ジークは無言のまま、校長の瞳の奥を見つめる。


「ジーク君。この存在は誰にも言わないでくれ。悪用する者が現れれば国が傾く。君たちの侵入を見逃す代わりの、交換条件じゃ。リュウ君にも、そう伝えておいておくれ」


「……分かりました。校長先生がそこまで彼女のことを考えてくださっているのなら、僕から他言することはありません。リュウ君にもそのように伝えておきます」


ジークは納得した微笑みを浮かべると、翻って図書室へと向かった。



背後に残された校長は、暗闇の中で再びアイナの魔力貯蔵庫を愛おしげに見つめる。



地下室の重い扉が閉まる音が、静まり返った廊下に虚しく響いた。

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