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動き出した陰謀

数日前までの地獄が嘘のように、ミスリル魔法学校の中庭には穏やかな時間が流れていた。


噴水のそば、大きな樫の木の木陰で、アイナ、ジーク、リュウの三人は並んで昼食をとっていた。アイナにとっては、誰かと食事を囲むこと自体、生まれて初めての経験だった。


「……そういえば、アイナ」


パンを口に運んでいたリュウが、ふと思い出したように口を開いた。


「お前の親父さんはどうしたんだ? 母親の話は校長から聞いたが」


「お父さんは……私が赤ん坊の頃に、お母様より先に亡くなったって聞いてるわ。私は学校の管轄にある養護施設で育てられたの。今は学校の寮から通ってるよ」


アイナは寂しげながらも、隠し事のない晴れやかな笑顔を見せた。


だが、その言葉を聞いた瞬間、ジークとリュウの視線が空中で交差した。


二人の脳裏には、校長が語った「赤子のアイナによる無自覚な魔法の連打」という事実が焼き付いている。おそらく、彼女の父親もまた、その暴走に巻き込まれて命を落としたのだろう。


(……本人は、気づいてねえのか)


リュウは瞬時に悟った。アイナの今の笑顔を守るためには、この残酷な推測を口にするわけにはいかない。


「そ、そうか。変なこと聞いてすまねえな」


リュウはバツが悪そうに視線を逸らし、自分の首の後ろをかいた。


「……俺もさ、小さい頃に親父が出ていったきりで。今はオフクロと二人で暮らしてんだ。だから、まあ……お前とは似た者同士だ。これからは助け合って生きていこうぜ」


不器用なリュウなりの精一杯の気遣い。無口で乱暴な印象だったが、その根底にある優しさに触れ、アイナは胸の奥が温かくなるのを感じた。


「ありがとう、リュウ君。……嬉しいな」


ジークは穏やかに微笑みながら、その様子を見守っていた。


「二人とも、いいコンビだね」


ジークは立ち上がると、軽く服の埃を払った。


「ちょっと手洗いに行ってくるよ。ゆっくりしていて」


校舎の陰に入り、周囲に人がいないことを確認すると、ジークは影から一匹の黒猫を呼び出した。アリーナだ。


「……お呼びでしょうか、我が主」


「アリーナ。アイナが育ったという、学校管轄の養護施設を調査しろ。どんな些細な記録でも構わない」


黒猫の姿をしたサキュバスは、不思議そうに首を傾げた。


「あの小娘の素生ですか? 魔女アリスの娘というだけで、他に何が気になるのです?」


「……嫌な予感がするんだ」


ジークの碧眼が、冷徹な魔王のそれに変わる。


「あの校長が語ったことが、すべて真実だとは限らない。特に、あの母親が死んだ経緯についてな」


アリーナは短く返事をして、影に溶けるように消えていった。ジークは空を仰ぐ。そこには、嵐の前触れのような薄い雲が広がり始めていた。


一方、食堂のテラス席では、レムとサム、そして取り巻きの女子たちが、毒を吐き出すように会話に花を咲かせていた。


「信じられない……リュウまであんな化け物にたぶらかされて! あの三人のグループ、見てるだけで虫唾が走るわ!」


レムはフォークでサラダを突き刺しながら憤る。リュウとジークという二大実力者に守られたアイナに対し、もはや直接的ないじを働く術を失っていた。


「力で勝てないなら、別の方法で消してしまえばいいんですよ、レム」


サムが眼鏡を光らせ、狡猾な笑みを浮かべた。


「別の方法? どうやって?」


身を乗り出すレムに、サムは声を潜めて囁いた。


「学校には、生徒の立ち入りが厳重に禁止された『地下特別エリア』があるでしょう? 高濃度の魔力が満ちていて、足を踏み入れた者は命の保証がない……それゆえ、即退学処分となる禁忌の場所」


ミスリル魔法学校の地下深く。そこには歴代の強力な魔導具や、制御不能な魔力の残滓が封印されていると言われている。


「あいつら全員を、そのエリアに誘き寄せるんです。一度でも足を踏み入れれば、校長だって退学処分にせざるを得ない。たとえ生きて戻れたとしても、この学校に居場所はなくなります」


「……いいわね、それ。最高に面白いじゃない」


レムの瞳に、歪んだ喜びが宿る。


アイナに注がれる光を、再び闇へ引きずり戻そうとする悪意。


平穏な昼下がりの裏側で、不穏な空気が静かに、しかし確実に動き出していた。

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