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2/12

アイナの魔法

ダンジョンの出口から差し込む光を浴びて、ジークとアイナが姿を現した瞬間、待機していた教師や生徒たちの間に凍りついたような沈黙が流れた。


計時板に刻まれたのは、歴代の記録を塗り替える圧倒的な「1位」。



だが、アイナの全身を駆け巡っていたあの凄まじい熱は、既に引き潮のように引いていた。



「……5分か」

隣を歩くジークが、誰にも聞こえない声で呟く。

彼が一時的にこじ開けた「門」は、母親がかけた強固な封印術式によって、再び固く閉ざされていた。アイナの魔力測定値は、再び「3」という無能の数字へと戻っている。

ジークの力では5分の解放が限界のようだ。


続いて、単独行動を貫いたリュウが2位で姿を現した。彼は順位など最初から興味なさげに、ただジークとアイナを一瞥すると、何も言わずに壁に背を預けた。


それから数分後。3位で帰還したレム・ミスリルが、土に汚れた制服を翻してアイナに詰め寄った。隣には、息を切らしたサムが憎悪の眼差しを向けている。


「どういうこと……? 何かの間違いじゃないの!?」


レムは憤怒に顔を歪め、アイナを指差した。


「ジーク様! なぜこんなゴミと組んで……いえ、分かっていますわ。貴方がすべてお一人で攻略したのでしょう? この女は、貴方の背中にしがみついていただけに決まっています!」


「その通りだ! 魔力3のアイナに何ができる。ジークさんの温情を、自分の実力だと勘違いするなよ!」


周囲の女子生徒たちからも、汚物を見るような視線と罵声が飛ぶ。


「ジーク様に恥をかかせないで」「寄生虫」「身の程を知りなさい」


いつもなら、アイナは謝りながら泣き崩れていただろう。

だが、今の彼女は違った。伏せた瞳の奥には、確かな「芯」が宿っている。


(……嘘じゃなかった。私の中にも、お母様がくれた力があったんだ)


その事実を知った安心感だけで、世界が昨日とは違って見えた。罵詈雑言さえ、遠くの騒音のようにしか感じられない。


ジークはその場では何も言わなかった。


無理に彼女の隠された力を明かし、周囲を黙らせる必要はない。本物の「怪物」は、ただ静かにその時を待てばいいのだ。




一週間後。放課後の校舎裏で、アイナは再びレムたちの「制裁」を受けていた。


「……生意気なのよ。一週間前からのその落ち着いた態度、鼻につくわ!」


レムはアイナを必死にいたぶるが、アイナは地面に膝をつきながらも、ただ耐え忍んでいた。

レムはジークとの関係への嫉妬に狂い、

アイナの顔面を足蹴にし、地面に押し付けていた。



ちょうどその時だった。

空が、どす黒い紫色の雲に覆われた。



ドォォォォォォン!!





轟音と共に、学校の正門が粉々に粉砕された。

瓦礫の山から現れたのは、コウモリのような翼と、禍々しいまでの色香を放つ美女――三十年前の魔王軍の残党、サキュバスのアリーナだった。


「どこかしら……? 懐かしい、おぞましい、愛しい我が主の気配を感じるわ……」


彼女が指先を振るうたび、強烈な衝撃波が校舎を削り、生徒たちの悲鳴が上がる。


「不審者め、動くな!」


数人の教師が駆けつけ、得意の攻撃魔法を放つ。だが、平和ボケした彼らの魔法は、最前線で死闘を潜り抜けてきた魔族の前ではゴミも同然だった。


「ダメね。お遊びは寝てからになさい」


アリーナの吐息が紫の煙となり、教師たちを瞬時に昏睡させた。逃げ遅れたレムとサムが、彼女の魔眼に捕らえられる。


「ひっ、あああ! 来ないで!」


レムが必死に火球を放つが、アリーナはそれを素手で握り潰した。


「助けて……誰か、助けてぇ!」


レムの喉元に、鋭い爪が食い込む。絶望が学校を支配したその時。


「――お待たせ、アイナさん」


瓦礫の影から、ジークが静かに現れた。


ジークは混乱を縫うようにして、倒れ込んでいたアイナの傍らに膝をついた。

そっと魔力の制限を解放する。


リバース


パキィィィィン!!


再び、あの暴力的なまでの熱がアイナを駆け巡る。彼女から放たれた魔圧は、周囲の瓦礫を宙に浮かせ、サキュバスのアリーナさえも驚愕に目を見開かせた。


「何……この、身が竦むような膨大な魔力……人間なの!?」


アイナは立ち上がった。その桃色の髪は魔力の奔流で輝き、瞳は黄金の閃光を宿している。


放たれた極大の魔法は、アリーナを防御の間もなく吹き飛ばし、校舎の壁を貫通して中庭に叩きつけた。

爆煙が立ち込める中、アイナは限界を迎え、その場に崩れ落ちる。

ジークは、倒れ伏したアリーナへと歩み寄った。


周囲は爆炎と混乱に包まれ、人々はアイナの放った魔法の余波に圧倒されて動けない。ドサクサに紛れ、ジークはアリーナを見下ろした。


「……アリーナ。その執念深さは変わっていないようだな」


「その声……まさか、あな、た……」


ジークは魔法を紡ぎ、アリーナを無害な一匹の黒猫へと変えてしまった。そして、大人しくなった猫にだけ聞こえる声でささやく。


「僕が魔王の生まれ変わりだ。君を覚えている。しばらくは、その姿で僕に仕えてくれ」


猫は震え、その足元に小さく額を擦り付けた。


混乱が収まり始めた頃。


惨敗して膝をつくレムとサム、そして駆けつけた教師たちは、ただ呆然と「風穴の開いた校舎」と「気絶したアイナ」を見つめていた。


「今の……アイナの魔法、だったのか……?」


サムの震える声が響く。


自分たちが無能と蔑んでいた少女が、世界を滅ぼしかねない魔族を一撃で葬り去ったという事実。


最強の歯車が、ミスリル王国を震撼させる轟音を立てて、また回転を始めた。

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