第9話:「観測できない“格上”に遭遇した」
森の奥で、空気が変わった。
静かすぎる。
風も、葉の擦れる音も、何もかもが遠い。
【ログ】
対象:周囲
状態:監視強化
見られている。
だが、どこにもいない。
「……来ます」
リシアの声が落ちる。
次の瞬間、気配が消えた。
【ログ】
対象:前方
状態:—
「……は?」
ログが出ない。
初めての空白。
「……遅い」
声。
すぐ横。
「――ッ!」
衝撃。
体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「……ぐっ……!」
何も見えなかった。
「それ、見えてるんだろ」
低い声に振り向く。
黒い外套の男が立っていた。
無表情。
だが、余裕だけが際立っている。
「……お前、何者だ」
立ち上がる。
【ログ】
対象:男
状態:不明(読取不可)
見えない。
何も。
「観測、か」
男が呟く。
「中途半端だな」
消える。
「どこだ……!」
背後。
「――遅い」
「ぐっ……!」
今度は受ける。
だが、重い。
「見えてないな」
「いや、“見えてるつもり”か」
完全に上からの声。
「……ふざけんな」
見えない。
読めない。
だが――
動いた瞬間、空間がわずかに歪む。
「……そこか」
対象じゃない。
“結果”を見る。
【ログ】
対象:空間
状態:未確定
揺らぎに触れる。
ズラす。
「――ッ!」
空気が歪み、男の輪郭が一瞬だけ浮く。
「……ほう」
「そこを見るか」
だが、余裕は崩れない。
「……浅い」
再び消える。
「チッ……!」
追えない。
それでも。
ズレだけは読める。
「……来るな」
一点に絞る。
ズラす。
「――ッ!」
男の足がわずかに狂う。
一瞬の隙。
「……ッ!!」
踏み込み、叩き込む。
――手応え。
だが、止まらない。
男は軽く後ろに下がるだけだった。
「……悪くない」
初めての評価。
「今のは正解だ」
「だが――」
「まだ足りない」
完全に余裕のまま。
その時。
リシアが一歩前に出た。
何も言わない。
ただ、立つ。
それだけで空気が変わる。
【ログ】
状態:干渉増加
要因:第二観測者
男の視線が、リシアに向く。
「……なるほど」
「そっちもいるのか」
わずかな納得。
「……下がってください」
リシアの声は静かだった。
男が息を吐く。
「……今日はやめておく」
「……は?」
あまりにもあっさりとした言葉。
「お前だけなら終わってた」
視線が、リシアへ移る。
「だが、それは面倒だ」
淡々とした判断。
「……覚えておけ」
最後にこちらを見る。
「観測者は、増えている」
【ログ】
対象:男
状態:消失
消えた。
完全に。
「……なんだよ、それ」
息を吐く。
【ログ】
対象:自分
状態:限界接近
立っているのがやっとだ。
「……無事ですか」
リシアが隣に立つ。
「ギリだな」
苦笑する。
「……今のは」
リシアが言う。
「完全に格上です」
「……だろうな」
それでも。
「通じた」
小さく笑う。
ほんの一瞬だが、届いた。
リシアがわずかに目を細める。
【最上位ログ】
観測対象:干渉確認
状態:危険度上昇
理解した。
これは――
もう、戻れない。




