第70話「疑惑」
訓練は、想像以上に順調だった。
ギルド本部裏の演習場。
乾いた風。
土埃。
空は昼なのに薄曇りで、空気が妙に重い。
「右流れるぞ!!」
盾役の男の怒鳴り声。
同時。
リオンが反射で地面を蹴った。
横へ滑る。
その瞬間。
後方から拘束魔法が飛ぶ。
光鎖。
仮想標的を絡め取る。
「今だ!!」
リオンが前へ踏み込む。
空気が、軋む。
頭の奥。
白いノイズ。
視界の端で、滲んだ文字列が浮かぶ。
『Record Shift』
『Subroutine:Cut』
『Coordinate Error』
『――断空』
空間が、ずれた。
次の瞬間。
演習用に積まれていた巨大な岩が、斜めに消し飛ぶ。
轟音。
爆風。
砕けた岩片が雨みたいに降る。
「うおっ!?」
後衛の冒険者が慌てて顔を庇う。
「相変わらず威力おかしいだろそれ!!」
「俺に言うな」
リオンが息を吐く。
でも。
昨日より、明らかに連携は良くなっていた。
遮蔽。
移動。
誘導。
感知。
全員が“止まらない”ことを意識して動いている。
地下遺跡での経験が、ちゃんと共有されていた。
「もう一回!!」
「休ませろ!!」
「死ぬ前提の作戦で甘えんな!!」
「ブラックすぎんだろこのギルド!!」
怒鳴り声と笑い声が混ざる。
でも。
空気は悪くない。
むしろ、かなり良い。
この短時間でここまで合わせられるのは、全員が実戦慣れしているからだ。
死地を潜った人間は、理解が早い。
リオンはそれを実感していた。
「よーし、一旦休憩ー」
カイルが軽い声を上げる。
そのまま、演習場中央へ巨大な布包みを運んできた。
「はい、問題児持ってきましたー」
布が剥がされる。
現れた瞬間。
空気が少し変わった。
巨大な魔銃。
長い銃身。
黒鉄。
複雑な魔力回路。
鈍く光る紋様。
ただ置いてあるだけなのに、妙な圧がある。
まるで。
“生きてる”。
「……」
冒険者たちが自然と黙る。
カイルが、ぽんぽん、と魔銃を叩いた。
「今回の切り札ね」
盾役の男が眉を寄せる。
「本当に撃てるのか、それ」
「撃てるよー」
カイルが軽く笑う。
「まぁ、一発だけだけど」
「一発?」
魔術師が聞き返す。
カイルは頷いた。
「魔銃ってさ、僕の魔力だけで撃つ訳じゃないんだよね」
軽い口調。
でも。
内容は全然軽くない。
「周囲の魔力とか、自然エネルギーとか、その辺まとめて収束して弾にする」
その瞬間。
空気が少しざわついた。
「……自然エネルギーまで使うのか」
「そ」
カイルが魔銃へ触れる。
低い駆動音。
空気が、微かに震えた。
周囲の温度が少しだけ下がる。
いや。
違う。
“吸われてる”。
リオンは感覚で分かった。
空気中の魔力が、微かに引っ張られている。
「だから連射できない」
カイルが続ける。
「発射したあと、次の発射までかなりタイムラグができる」
「なるほどな……」
盾役の男が低く呟く。
「さすが魔銃だ。威力がケタ外れな代わりに、リスクもケタ違いってことか」
「まぁね」
後衛の女冒険者が、青い顔をした。
「ちょ、ちょっと待って!?」
全員の視線が向く。
「それって、私たちも魔銃に喰われるかもしれないってこと!?」
一瞬、静かになる。
カイルは数秒ぽかんとして。
吹き出した。
「あはは、怖がりすぎ」
「笑い事じゃないでしょ!?」
「大丈夫だって」
カイルが懐から、小さな板を取り出した。
カードサイズ。
銀色。
複雑な紋様。
「これ、全員に配るから」
「……魔導板?」
「そ。簡易遮断式」
カイルが指先でひらひら振る。
「これ持ってれば壁になる。魔銃に喰われる心配はないよ」
後衛の女が、露骨に安堵した。
「び、びっくりした……」
「まぁ昔は事故ったけど」
「おい」
リオンが即座に突っ込む。
「余計なこと言うな」
「冗談冗談」
笑っている。
でも。
リオンは知っていた。
冗談じゃない。
本当に事故は起きる。
下手をすれば、周囲ごと持っていかれる。
「……」
リオンは小さく息を吐く。
リシアには聞かせられないな、と思った。
絶対心配する。
ただでさえ、今もかなり無理して笑っているのに。
夕方。
訓練を終えた直後だった。
「リオン」
ギルド職員が声をかけてくる。
「オーナーがお呼びです」
「……俺?」
「はい」
嫌な予感がした。
オーナー室。
窓の外は赤かった。
夕焼け。
机の上には書類の山。
地図。
被害報告。
戻らなかった冒険者の名前。
オーナーは椅子へ座ったまま、静かにリオンを見た。
「座ってくれ」
「……なんの話だ」
リオンは座らない。
そのまま聞く。
オーナーは小さく息を吐いた。
「今回の作戦についてだ」
「……」
「ギルド評議会で決議が出た」
嫌な予感が強くなる。
そして。
次の言葉で、完全に固まった。
「リシアくんにも、参加を要請することになった」
空気が止まる。
「……は?」
低い声だった。
オーナーは視線を逸らさない。
「彼女の能力は希少だ。今回の作戦でも、欠かせない戦力になる」
「何言ってんだ!?」
リオンの声が、一気に低くなる。
「リシアはまだ……!!」
「無論、医師の許可は取った」
「は?」
「今の容体なら、数日中に退院できるそうだ」
「だからって!!」
机を叩きそうになるのを、リオンは無理やり抑えた。
「病み上がりのリシアに、そんな無茶させられるか!!」
オーナーは黙って聞いている。
リオンの呼吸が荒くなる。
「リシアの能力?? 何のことだか分からんが、リシアは絶対に参加させない!!」
「無論、直接戦闘には参加させない」
静かな声。
「あくまで後方支援だ」
「何言ってんだ!! 無謀だろ!!」
オーナーは、そこで初めて少しだけ眉を動かした。
「……何だ」
一拍。
「君は、何も知らないのか」
「……は?」
「彼女の母のことも」
空気が止まる。
リオンの思考が、一瞬だけ止まった。
「……なん、だと」
オーナーが椅子へ深く座る。
「こう見えて、私もこの世界は長い」
静かな声。
「色々な方面に顔が利くし、“上級観測者”や“超越者”も見てきた」
リオンの目が細くなる。
「……あんた、一体……」
オーナーは答えない。
代わりに、静かに言った。
「彼女の母は、世界で唯一の“上級観測者”だ」
背筋に、冷たいものが走る。
「つまり」
一拍。
「彼女には、その血が流れている」
「……」
「君は知っているはずだ。彼女の非凡な才能と能力を」
オーナーの視線が、真っ直ぐリオンを見る。
「そもそも、他人の精神領域へ干渉し、観測するなど、本来なら不可能なのだから」
リオンの呼吸が止まりかける。
「……あんた」
声が低くなる。
「なんで、それを知ってる」
「言っただろう?」
オーナーは静かに笑った。
「私には、色々なルートがある」
一拍。
「こういった特殊な情報は、すぐに耳へ入る」
リオンは黙った。
空気が重い。
オーナーは続ける。
「もちろん、口外はしない」
「……」
「本人も、今頃医師から退院のことを聞いているはずだ」
リオンの眉が動く。
「詳しいことは、本人に聞いたらどうだ?」
気づけば。
リオンは、ギルドを飛び出していた。
夕焼けの街を走る。
石畳。
人混み。
全部、視界の端へ流れていく。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
リシアの母。
上級観測者。
唯一。
血。
才能。
参加。
後方支援。
退院。
「……なんだよ、それ」
小さく漏れる。
知らなかった。
リシアのことを。
いや。
知っているつもりだった。
でも。
まだ何かある。
自分の知らない“リシア”が。
胸の奥がざわつく。
それと同時に。
別の感情も混ざっていた。
怖かった。
また無茶するんじゃないか。
また苦しそうな顔をするんじゃないか。
また壊れそうになるんじゃないか。
「……くそ」
足が速くなる。
呼吸が荒い。
でも止まらない。
リシアに会わなきゃいけない。
聞かなきゃいけない。
確認しなきゃいけない。
頭の中で、色んな思考がぐるぐる回る。
なんで言わなかった。
いや、聞いてなかっただけか。
上級観測者ってなんだ。
超越者ってなんだ。
リシアは何を知ってる。
なんで、あんな平然としてた。
なんで。
なんで、あいつばっか無茶しようとする。
診療所の灯りが見えた。
夕闇の中。
白い灯りだけが、妙に暖かく見えた。




