↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/75

第68話「勝算」


 診療所へ戻った時には、もう空が赤かった。

 

 森の奥。

 

 夕焼け。

 

 風が冷たい。

 

 なのに、リオンの額には嫌な汗が残っていた。

 

 頭の奥が重い。

 

 まだ、あの感覚が消えていない。

 

 脳の裏側を、何かが這い回るみたいな感触。

 

 思い出すだけで気分が悪かった。

 

「……っはぁー……」

 

 後ろで、カイルが盛大に息を吐く。

 

「マジで寿命縮んだ……」

 

「うるせぇ」

 

「いやいや、キミよく普通に歩けるね?」

 

 カイルが苦笑する。

 

 顔色が悪い。

 

 服も泥だらけだった。

 

 モンスターの体液。

 

 死骸の汚れ。

 

 乾ききっていない血。

 

 リオンも似たようなものだった。

 

 診療所の扉を開けた瞬間。

 

 受付にいた看護師が、びくっと肩を震わせる。

 

「えっ!? リオンさん!? カイルさん!?」

 

 目を見開く。

 

「ど、どうしたんですかその格好!」

 

「診察頼む」

 

 短く言った。

 

 声に余裕がない。

 

 看護師も、それに気づいたらしい。

 

「す、すぐ先生呼びます!」

 

 

 診察室。

 

 白衣姿の医者が、二人を見るなり顔をしかめた。

 

「……随分酷い場所へ行ってきたみたいですね」

 

「行きたくて行った訳じゃないけどねー……」

 

 カイルが椅子へぐったり座る。

 

「頭の中まだ気持ち悪いし」

 

「頭?」

 

「変なの入ってきた感じ」

 

「……は?」

 

「冗談です」

 

「冗談に聞こえません」

 

 医者が真顔で返した。

 

 リオンは何も言わない。

 

 視線が落ちている。

 

 考えている。

 

 地下遺跡。

 

 女の影。

 

 死骸。

 

 視線。

 

 リシア。

 

 もし。

 

 また、あれがリシアへ向かったら。

 

 その想像だけで、胸の奥が重くなる。

 

「……リオンさん」

 

「……ああ」

 

「聞いてます?」

 

「聞いてる」

 

「お二人とも外傷は軽いです。ですが」

 

 一拍。

 

「精神疲労が異常です。今日は絶対休んでください」

 

「無理だ」

 

 即答だった。

 

 医者が露骨に眉を寄せる。

 

「無理でもです」

 

「悪い」

 

「悪いじゃありません」

 

 でも。

 

 リオンはもう立ち上がっていた。

 

「おいおい」

 

 カイルが呆れた顔をする。

 

「キミ、自分のことになると雑すぎない?」

 

「お前も似たような顔してる」

 

「僕はちゃんと弱音吐いてるからセーフ」

 

「知らねぇよ」

 

 軽口。

 

 でも。

 

 二人とも、少しだけ安心していた。

 

 少なくとも。

 

 今すぐ壊れるような異常はない。

 

 それが分かっただけでも大きかった。

 

 

 診察室を出る。

 

 白い廊下。

 

 薬草の匂い。

 

 静かな空気。

 

 リオンの足が、少しだけ速くなる。

 

 無意識だった。

 

 リシアの病室へ向かっている。

 

 ちゃんと起きているか。

 

 また苦しんでいないか。

 

 熱は。

 

 頭痛は。

 

 呼吸は。

 

 考え始めると止まらない。

 

「……」

 

 カイルが、その横顔を見る。

 

 少しだけ笑った。

 

「過保護」

 

「は?」

 

「いや別に?」

 

「なんだよ」

 

「いやぁ、分かりやすいなって」

 

「殺すぞ」

 

「怖っ」

 

 でも。

 

 カイルはそれ以上言わなかった。

 

 病室の前で止まる。

 

 リオンが、一瞬だけ呼吸を整える。

 

 それから、扉を開けた。

 

 

 夕焼けの光が、白い部屋へ差し込んでいた。

 

 静かな病室。

 

 カーテンが揺れている。

 

 ベッドの上。

 

 リシアは、本を読んでいた。

 

 でも。

 

 扉が開いた瞬間。

 

 すぐに顔を上げる。

 

「――リオン」

 

 その声が。

 

 少しだけ震えていた。

 

 リオンの肩から、少しだけ力が抜ける。

 

 普通に喋っている。

 

 呼吸も乱れていない。

 

 顔色も。

 

 朝よりはマシだった。

 

「起きてたのか」

 

「……待ってた」

 

 小さい声。

 

 リオンは病室へ入る。

 

 カイルは空気を読んだらしい。

 

「あ、僕ちょっと外いるわ」

 

 軽く手を振って、そのまま扉を閉めた。

 

 静かになる。

 

 リオンは、ベッドの横へ来た。

 

 まず。

 

 顔を見る。

 

 呼吸を見る。

 

 指先を見る。

 

 無意識だった。

 

「……何」

 

 リシアが少し困ったみたいに笑う。

 

「顔色」

 

「そんな悪い?」

 

「まだ白い」

 

「リオンの方が白い」

 

「俺は元からだ」

 

「誤魔化さない」

 

 少し低い声。

 

 リオンが黙る。

 

「……頭痛は」

 

「少し」

 

「吐き気」

 

「ない」

 

「熱は」

 

「ないと思う」

 

「確認したのか」

 

「……してない」

 

「倒れたばっかだろ」

 

 リシアが少し目を伏せた。

 

 リオンは椅子を引いて座る。

 

 距離が近い。

 

 前より、少しだけ。

 

「リオン」

 

「なんだ」

 

「怪我」

 

「してねぇ」

 

「嘘」

 

「してねぇって」

 

「顔色悪い」

 

「……」

 

「あと、目」

 

 リオンの動きが止まる。

 

 リシアは、じっと見ていた。

 

「疲れてる」

 

「平気だ」

 

「平気じゃない」

 

 即答だった。

 

 少しだけ。

 

 声が震えていた。

 

「……何がいたの」

 

 静かな声。

 

 リオンは数秒黙った。

 

 でも。

 

 隠せないと思った。

 

「女みたいな影だった」

 

 リシアの肩が、ぴくっと揺れる。

 

「見た瞬間、頭に入ってきた」

 

 その瞬間。

 

 リシアの顔色が、少しだけ白くなった。

 

 リオンは反射で身を乗り出す。

 

「リシア」

 

「……大丈夫」

 

「顔色悪い」

 

「平気」

 

「平気じゃねぇだろ」

 

 少しだけ声が強くなる。

 

 リシアは小さく息を吸った。

 

「……怖かった」

 

 リオンの動きが止まる。

 

「診療所、静かだから」

 

 窓の外を見る。

 

 夕焼け。

 

 長い影。

 

「ずっと時計の音、聞こえてた」

 

 小さい声だった。

 

「帰ってこなかったらどうしようって、ずっと考えてた」

 

 リオンは、何も言えなかった。

 

 ただ。

 

 胸の奥が重くなる。

 

 リシアが毛布を少し握る。

 

「……次、無茶したら」

 

 一拍。

 

「本当に診療所に閉じ込めるからね」

 

 かなり本気の声だった。

 

 リオンが少し固まる。

 

「……監禁かよ」

 

「それくらいする」

 

「怖ぇな」

 

「怖かったの」

 

 静かな声。

 

 でも。

 

 その一言の方が、ずっと重かった。

 

「本当に心配したんだから」

 

 少し拗ねたみたいに言う。

 

 リオンは、小さく息を吐いた。

 

「……悪かった」

 

 その謝罪に。

 

 リシアが少しだけ目を見開く。

 

「でも、放っとけねぇ」

 

 リオンの声が低くなる。

 

「あれ、多分また出る」

 

 リシアも静かに頷いた。

 

「……うん」

 

「だから対策する」

 

「対策?」

 

 その時。

 

 病室の扉が、こんこん、と鳴った。

 

「入るよー?」

 

 カイルだった。

 

 返事を待たずに入ってくる。

 

「いやぁ……空気重い重い」

 

「うるせぇ」

 

「怖っ」

 

 でも、カイルは少し笑っていた。

 

 さっきより顔色が良い。

 

「で、作戦の話なんだけど」

 

 椅子へ座る。

 

「見ちゃダメなら、見ずに撃てばよくない?」

 

 リシアが少し目を瞬く。

 

「……遠距離?」

 

「そ」

 

 カイルが指を立てる。

 

「魔銃」

 

 部屋が静かになる。

 

「ギルドの宝物庫にある。古いけど、まだ使えるはず」

 

「お前、使えんのか」

 

「昔ちょっとね」

 

「ちょっと?」

 

「まぁ、建物くらいなら抜ける程度?」

 

「どこがちょっとだ」

 

 カイルがけらけら笑う。

 

 でも。

 

 すぐ真顔へ戻った。

 

「問題は連携」

 

「……」

 

「視線管理、位置確認、撤退判断」

 

「全部ミスれない」

 

 リオンも頷く。

 

「ギルドからも数人出るらしい」

 

「だから数日かけて訓練」

 

 カイルが続ける。

 

「徹底的にリハーサルする」

 

 リシアは静かに二人を見ていた。

 

 それから。

 

 そっと、リオンの服の裾を掴む。

 

「……ちゃんと戻ってきて」

 

 リオンは、少しだけ目を細めた。

 

「ああ」

 

 短い返事。

 

 でも。

 

 その声は、前より少しだけ柔らかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。