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第67話 「死線」


 暗闇の奥で。

 

 何かが動いた。

 

 ぬるり、と。

 

 影が揺れる。

 

 細い。

 

 長い髪みたいなものが見えた。

 

 女。

 

 そう見えた。

 

 でも。

 

 こんな地下遺跡の奥に、女が一人で立ってる訳がない。

 

「……おい」

 

 リオンの声が低くなる。

 

 カイルも、さっきまでの軽い空気を消していた。

 

「うわ、最悪」

 

 でも、口調だけは軽い。

 

 いつものまま。

 

「なぁリオン」

 

「なんだ」

 

「アレ、“見ちゃダメなやつ”っぽくない?」

 

「奇遇だな。俺もそう思った」

 

 リオンが一歩踏み出す。

 

 その瞬間だった。

 

「――っ」

 

 頭の奥が、ぐちゃりと鳴った。

 

 視界が歪む。

 

 違う。

 

 目じゃない。

 

 頭の中。

 

 脳の裏側を、何かが這い回る。

 

「……っ、ぐ……!」

 

 息が止まる。

 

 何かいる。

 

 頭の中に。

 

 思考の隙間を、指みたいなものがゆっくり撫でてくる。

 

 気持ち悪い。

 

 理解した瞬間、壊される。

 

 本能で分かった。

 

 その時。

 

「リオンッ!!」

 

 横から衝撃。

 

「がっ!?」

 

 カイルに思い切り突き飛ばされた。

 

 身体が吹っ飛ぶ。

 

 そのまま、モンスターの死骸へ突っ込んだ。

 

 骨が折れる音。

 

 ぬめった感触。

 

 腐臭はない。

 

 なのに、やけに生々しい。

 

「っ、てぇな……!!」

 

 顔を上げる。

 

 ――頭の違和感が消えていた。

 

「……は?」

 

 息が戻る。

 

 視界が戻る。

 

 さっきまで頭の中にいた“何か”が消えていた。

 

「止まるな!!」

 

 カイルの声が飛ぶ。

 

 振り向く。

 

 カイルは壁際へ飛びながら叫んでいた。

 

「隠れろ! 何でもいいから視線切れ!!」

 

「視線?」

 

「いいから動けって!!」

 

 その声に、リオンは反射で転がった。

 

 崩れた石柱の陰へ滑り込む。

 

 呼吸を整える。

 

 奥。

 

 暗闇。

 

 女の影は、まだいた。

 

 でも。

 

 近い。

 

「……動いたか?」

 

「いや」

 

 カイルが顔をしかめる。

 

「分かんない。気づいたら距離詰まってる感じ」

 

「は?」

 

「だから最悪なんだって」

 

 カイルは珍しく笑っていなかった。

 

 でも。

 

 口調だけは軽い。

 

「ねぇリオン」

 

「なんだ」

 

「多分アレ、見るのアウト」

 

「見た覚えねぇぞ」

 

「目ぇ合わせるとかじゃないっぽい」

 

 一拍。

 

「“視界に入れた時点”で来る」

 

 リオンの眉が寄る。

 

 さっきの感覚。

 

 頭の中を何かが動き回る、あの感触。

 

 思い出しただけで気分が悪い。

 

「……クソが」

 

「ちなみに」

 

 カイルが小声で続ける。

 

「キミ、さっき完全に止まってた」

 

「……」

 

「目がヤバかったよ。半分持ってかけてた」

 

「笑えねぇ」

 

「僕も笑えない」

 

 その時。

 

 ぬるり、と。

 

 暗闇の奥で、また何かが揺れた。

 

 女の影。

 

 近い。

 

 いや。

 

 近づいているのか?

 

 最初から、あそこにいたのか?

 

 分からない。

 

 位置感覚がおかしい。

 

「……なぁ」

 

 リオンが低く言う。

 

「リンクで引っ張る」

 

 カイルの顔色が変わった。

 

「は!? やめろバカ!!」

 

「捕まえりゃ――」

 

「繋がった瞬間、向こうからも来る!!」

 

「……」

 

「能力詳細分かんない相手に、接続系使うとか自殺だって!!」

 

 リオンは黙る。

 

 正論だった。

 

 接続〈リンク〉は、強制的に“関係”を作る。

 

 でも。

 

 相手も干渉型なら。

 

 繋がった瞬間、逆流される。

 

「……チッ」

 

「舌打ちしたいのはこっちなんだけど」

 

 カイルが息を吐く。

 

「ねぇリオン」

 

「なんだ」

 

「今回、マジで逃げた方がいい」

 

「……」

 

「勝てる勝てないじゃなくて、“触った時点で終わるタイプ”」

 

 その言葉で。

 

 リオンは少しだけ冷静になる。

 

 頭の奥に、まだ気持ち悪さが残っていた。

 

 理解する前に壊される。

 

 あれは、そういう類だ。

 

「……分かった」

 

「よし。珍しく話早い」

 

「お前が珍しく真面目だからな」

 

「いや僕いつも真面目だけど?」

 

「どの口で言ってんだ」

 

 軽口。

 

 でも。

 

 二人とも笑っていなかった。

 

「行くぞ」

 

「おっけー。止まんなよ」

 

「分かってる」

 

 その瞬間。

 

 女の影が揺れた。

 

 来る。

 

 本能が叫ぶ。

 

「走れ!!」

 

 二人同時に飛び出した。

 

 通路を蹴る。

 

 死骸を踏み越える。

 

 骨が砕ける。

 

 ぬめった感触が靴裏へ張り付く。

 

 後ろ。

 

 何かいる。

 

 見えない。

 

 でも、いる。

 

「左!!」

 

 カイルが叫ぶ。

 

 リオンは反射で飛ぶ。

 

 直後。

 

 空気が歪んだ。

 

 さっきまで首があった場所を、“何か”が通り過ぎる。

 

「……っ」

 

 冷や汗が流れる。

 

 速い。

 

 なのに。

 

 動きが見えない。

 

「見るなよ!!」

 

「見てねぇ!!」

 

「いやキミ絶対チラチラ見てる!!」

 

「確認しねぇと避けれねぇだろ!!」

 

「だから危ないんだって!!」

 

 走る。

 

 曲がる。

 

 壁を蹴る。

 

 視界の端で、白い髪みたいなものが揺れた。

 

 頭の奥がざわつく。

 

 また入ってくる。

 

「……ぐ……!」

 

「リオン!!」

 

 カイルが腕を掴む。

 

「止まるな!!」

 

 引っ張られる。

 

 リオンは無理やり前を見る。

 

 出口。

 

 外の光。

 

 あと少し。

 

 その時だった。

 

 リオンは気づく。

 

 死骸。

 

 通路中のモンスターの死骸。

 

 その目が。

 

 全部。

 

 こちらを向いていた。

 

「――は?」

 

 ゴブリン。

 

 獣。

 

 虫。

 

 全部。

 

 全部。

 

 目だけが、生きている。

 

 見ている。

 

 いや。

 

 違う。

 

 “使われてる”。

 

「カイル」

 

「見た!?」

 

「見た!!」

 

「じゃあ走れ!!」

 

 リオンはほとんど転がるように外へ飛び出した。

 

 湿った空気が切れる。

 

 森の匂い。

 

 風。

 

 光。

 

 外。

 

 なのに。

 

 背中が寒い。

 

「っ、はぁ……!」

 

 木に手をつく。

 

 息が乱れる。

 

 体力じゃない。

 

 頭の奥が重い。

 

 カイルも珍しく顔色が悪かった。

 

「……なにあれ」

 

「知らねぇよ」

 

「いや怖っ」

 

 カイルが乾いた笑いを漏らす。

 

「久々に本気でヤバいの来たんだけど」

 

「……」

 

 リオンは遺跡の方を見る。

 

 でも。

 

 途中で止めた。

 

 見ない方がいい。

 

 多分、本当に。

 

「……リシアも、アレにやられたのか」

 

 小さく呟く。

 

 カイルはすぐ答えなかった。

 

 少しだけ黙ってから。

 

「可能性は高い」

 

「……」

 

「だから、今は戻ろ」

 

 リオンは拳を握る。

 

 頭の奥に、まだ感覚が残っていた。

 

 あの声。

 

 あの視線。

 

 頭の中を触られる感覚。

 

 胸糞悪い。

 

「……ふざけんな」

 

 低く漏れる。

 

 リシアを、あんな風にしやがって。

 

 その時。

 

 森の奥で、鳥が鳴いた。

 

 リオンが反射で振り向きかける。

 

「見るな」

 

 カイルが即座に止めた。

 

 リオンの動きが止まる。

 

 数秒。

 

 沈黙。

 

 やがて、鳥の声が遠ざかった。

 

 森が静かになる。

 

 でも。

 

 まだ。

 

 どこかで。

 

 見られている気がした。

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