表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/69

第60話 「黒き共演」


 肺が痛い。

 

 呼吸が上手く噛み合わない。

 

 

 数メートル先。

 

 グラディスが、変わらず立っている。

 

 

 何事もなかったみたいに。

 

 

 黒い外套。

 

 細い身体。

 

 薄い笑み。

 

 

 なのに。

 

 

 空気だけが、異常に重い。

 

 

 リオンは壁に手をつきながら、荒く息を吐いた。

 

 

 さっきの感触が、まだ頭に残っている。

 

 

 あと少し遅れていたら。

 

 

 本当に、頭を握り潰されていた。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Shift

 

【干渉ログ】

偏位〈シフト〉

状態:実行

 

 

 咄嗟だった。

 

 

 “掴まれる結果”だけをズラした。

 

 

 数センチ。

 

 

 それだけ。

 

 

 でも。

 

 

 その数センチが、生死を分けた。

 

 

「……ほう」

 

 

 グラディスが、僅かに目を細める。

 

 

「今のは悪くない」

 

 

 軽い口調。

 

 

 まるで遊び。

 

 

 実際。

 

 

 こいつにとっては、本当にそうなんだろう。

 

 

 視線の端。

 

 

 リシアが苦しそうに胸を押さえている。

 

 

「――ぁ……っ」

 

 

 呼吸が乱れている。

 

 

 肩が震えている。

 

 

 まずい。

 

 

 本当に時間がない。

 

 

「リシア……!」

 

 

 返事がない。

 

 

 いや。

 

 

 返事をする余裕すらない。

 

 

 鼓動が狂っている。

 

 

 このままじゃ死ぬ。

 

 

 頭の奥で警鐘が鳴る。

 

 

 でも。

 

 

 目の前の男が邪魔だ。

 

 

「……どうした」

 

 

 グラディスが笑う。

 

 

「来ないのか?」

 

 

 イラつく。

 

 

 分かってる。

 

 

 挑発だ。

 

 

 でも。

 

 

 乗るしかない。

 

 

「――っ!!」

 

 

 踏み込む。

 

 

 断空。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Cut

 

【干渉ログ】

断空カット

状態:実行

 

 

 空間が裂ける。

 

 

 だが。

 

 

 届かない。

 

 

 グラディスが半歩ズレる。

 

 

 それだけで。

 

 

 断空が逸れる。

 

 

 壁だけが切断される。

 

 

「浅いな」

 

 

 声。

 

 

 真横。

 

 

「――っ!?」

 

 

 見えない。

 

 

 気づいた時には、そこにいる。

 

 

 反射的に身体を捻る。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Shift

 

【干渉ログ】

偏位〈シフト〉

状態:実行

 

 

 攻撃結果をズラす。

 

 

 本来なら、胸を貫かれていた。

 

 

 その結果だけを、数センチ横へ。

 

 

 衝撃が肩を掠める。

 

 

「がっ……!」

 

 

 吹き飛ぶ。

 

 

 床を滑る。

 

 

 痛い。

 

 

 でも、生きてる。

 

 

「……なるほど」

 

 

 グラディスが小さく呟く。

 

 

「結果そのものをズラすか」

 

 

 リオンは立ち上がる。

 

 

 息が荒い。

 

 

 頭が痛い。

 

 

 でも。

 

 

 見えてきた。

 

 

 こいつ。

 

 

 “避けてる”んじゃない。

 

 

 最初から、“当たらない位置にいる”。

 

 

 なら。

 

 

 ズラす。

 

 

 無理やり。

 

 

 “当たる結果”に。

 

 

「……なら」

 

 

 息を吐く。

 

 

 脳が焼ける。

 

 

 でも止めるな。

 

 

 繋げ。

 

 

 断空単体じゃ届かない。

 

 

 なら。

 

 

 順番に。

 

 

 成立させる。

 

 

 グラディスが動く。

 

 

 その瞬間。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Shift

 

【干渉ログ】

偏位〈シフト〉

状態:実行

 

 

 グラディスの回避結果をズラす。

 

 

 ほんの少し。

 

 

 半歩だけ。

 

 

 だが。

 

 

 その一瞬。

 

 

 “そこにいる”。

 

 

「……」

 

 

 グラディスの目が、僅かに細くなる。

 

 

 その瞬間。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Link

 

【干渉ログ】

接続〈リンク〉

状態:強制接続

 

 

 繋がる。

 

 

 遠い。

 

 

 でも。

 

 

 “触れている”。

 

 

 頭が軋む。

 

 

 視界が割れる。

 

 

 でも。

 

 

 今しかない。

 

 

「――っ!!」

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Cut

 

【干渉ログ】

断空カット

状態:実行

 

 

 空間が裂ける。

 

 

 一直線。

 

 

 今度は。

 

 

 完全には外れない。

 

 

 グラディスの頬が裂ける。

 

 

 赤。

 

 

 血。

 

 

 一筋だけ流れる。

 

 

 静寂。

 

 

「……」

 

 

 グラディスが止まる。

 

 

 初めて。

 

 

 明確に。

 

 

 自分の頬へ触れる。

 

 

 指先についた血を見る。

 

 

 そして。

 

 

 笑った。

 

 

 今までとは違う。

 

 

 薄い笑みじゃない。

 

 

 もっと深い。

 

 

 もっと危ない笑み。

 

 

「……面白い」

 

 

 空気が変わる。

 

 

 重い。



挿絵(By みてみん)

 

 

 さっきまでと違う。

 

 

 比較にならない。

 

 

 空間が沈む。

 

 

 呼吸が苦しい。

 

 

 立ってるだけで、身体が軋む。

 

 

「――っ」

 

 

 本能が叫ぶ。

 

 

 逃げろ。

 

 

 アレはまずい。

 

 

 今までのは。

 

 

 遊びだった。

 

 

「少し、本気を出すか」

 

 

 グラディスが、一歩踏み出す。

 

 

 その瞬間。

 

 

 消えた。

 

 

「――」

 

 

 見えない。

 

 

 次の瞬間。

 

 

 衝撃。

 

 

「がっ――!?」

 

 

 壁。

 

 

 身体が叩きつけられる。

 

 

 肺の空気が全部抜ける。

 

 

 吐血。

 

 

 何が起きた。

 

 

 見えなかった。

 

 

 速いとか、そういう次元じゃない。

 

 

「その程度か?」

 

 

 声。

 

 

 近い。

 

 

 もう、目の前。

 

 

「急がなければ、女が死ぬぞ?」

 

 

「……っ」

 

 

 リシア。

 

 

 視線の先。

 

 

 苦しそうに身体を震わせている。

 

 

 ダメだ。

 

 

 動け。

 

 

 立て。

 

 

 動け。

 

 

 動け。

 

 

 動け。

 

 

 身体が言うことを聞かない。

 

 

 痛い。

 

 

 重い。

 

 

 怖い。

 

 

 でも。

 

 

 それでも。

 

 

 ここで止まったら。

 

 

 終わる。

 

 

 その瞬間。

 

 

 頭の奥で。

 

 

 “何か”が弾ける。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Unknown Access

 

【干渉ログ】

空白化〈ブランク〉

状態:不安定発動

 

 

 一瞬。

 

 

 リオンの姿が消える。

 

 

 グラディスの目が、初めて動く。

 

 

「――ほう」

 

 

 次の瞬間。

 

 

 左脇。

 

 

 至近距離。

 

 

 そこに。

 

 

 断空。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Cut

 

【干渉ログ】

断空カット

状態:部分成立

 

 

 鮮血。

 

 

 グラディスの脇腹が裂ける。

 

 

 今度は浅くない。

 

 

 肉を持っていった。

 

 

 明確なダメージ。

 

 

 グラディスの身体が、初めて止まる。

 

 

 静寂。

 

 

 グラディスが、自分の脇腹を見る。

 

 

 血。

 

 

 裂傷。

 

 

「……今のは、良い攻撃だった」

 

 

 低い声。

 

 

「だが」

 

 

 裂けた脇腹が、瞬時に再生する。

 

 

 肉が戻る。

 

 

 骨が繋がる。

 

 

 何事もなかったみたいに。

 

 

「二十点だな」

 

 

 次の瞬間。

 

 

 リオンの身体が吹き飛ぶ。

 

 

 床を転がる。

 

 

 視界が揺れる。

 

 

「そこそこ楽しかったが」

 

 

 グラディスが近づいてくる。

 

 

「ここまでだ」

 

 

 終わる。

 

 

 そう思った瞬間。

 

 

 グラディスの腕が、止まる。

 

 

「……何をしている、グラディス」

 

 

 別の声。

 

 

 低い。

 

 

 静かな声。

 

 

 いつの間にか。

 

 

 もうひとり、男が立っていた。

 

 

 グラディスの腕を掴んでいる。

 

 

 黒い外套。

 

 

 虚ろな目。

 

 

 以前、戦った男。

 

 

「……アヴェル」

 

 

 リオンの目が開く。

 

 

「予定の時間は、とっくに過ぎているが」

 

 

 グラディスが鼻で笑う。

 

 

「あぁ、もうそんな時間か」

 

 

 一拍。

 

 

「予想外のオモチャで、つい遊んでしまった」

 

 

 グラディスが、リオンを一瞥する。

 

 

 その視線だけで、寒気が走る。

 

 

 次の瞬間。

 

 

 闇に溶けるように。

 

 

 グラディスの姿が消えた。

 

 

 静寂。

 

 

 荒い呼吸だけが残る。

 

 

 アヴェルが、ゆっくりリシアを見る。

 

 

 苦しそうな呼吸。

 

 

 歪んだ鼓動。

 

 

「……」

 

 

 アヴェルの指先に、ログが走る。

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Shift

 

【干渉ログ】

偏位〈シフト〉

状態:微調整

 

 

 リシアの身体が、小さく震える。

 

 

「――っ」

 

 

 次の瞬間。

 

 

 呼吸が戻る。

 

 

 止まりかけていた鼓動が、ゆっくり整い始める。

 

 

 顔色が、少しだけ戻る。

 

 

「……はぁ……っ」

 

 

 荒い息。

 

 

 でも。

 

 

 さっきよりは、明らかにマシだった。

 

 

 アヴェルが、小さく屈む。

 

 

 リシアにだけ聞こえる声で。

 

 

「……お前に死なれては困るのでな」

 

 

「……?」

 

 

 リシアが僅かに目を開く。

 

 

 リオンが立ち上がる。

 

 

「お前……」

 

 

 息が荒い。

 

 

「さっきの男、何なんだ!?」

 

 

 アヴェルは振り返らない。

 

 

「そのうち、嫌でも知ることになる」

 

 

 一拍。

 

 

「今は、ここを抜け出すことを考えろ」

 

 

 その言葉だけ残し。

 

 

 アヴェルの姿も消える。

 

 

 静寂。

 

 

 リオンが、リシアを見る。

 

 

「……大丈夫か」

 

 

「……うん」

 

 

 小さい声。

 

 

「……だい、じょうぶ」

 

 

 全然、大丈夫そうじゃない。

 

 

 でも。

 

 

 強がってる。

 

 

 リオンは何も言わず。

 

 

 静かに、リシアを背負った。

 

 

 重い。

 

 

 でも。

 

 

 まだ、生きている。

 

 

 その事実だけを抱えて。

 

 

 ふたりは、遺跡を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ