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第59話 「True Dark」


 消えた。

 

 確かに。

 

 今、そこにあったはずの“何か”が。

 

 

 音もなく。

 

 跡形もなく。

 

 

 消えた。

 

 

「……は?」

 

 

 リオンの喉から、掠れた声が漏れる。

 

 

 呼吸が荒い。

 

 肺が焼けるみたいに熱い。

 

 

 断空の反動。

 

 接続の負荷。

 

 

 頭の奥で、まだノイズが鳴っている。

 

 

 でも。

 

 

 今のは、おかしい。

 

 

 完全な断絶。

 

 確かに通った。

 

 

 ログ・イーターは、両断された。

 

 

 あの感触は間違えない。

 

 

 なのに。

 

 

 最後の一撃だけ。

 

 

 “消された”。

 

 

 まるで。

 

 

 最初から存在しなかったみたいに。

 

 

「……」

 

 

 隣で、リシアも動かない。

 

 

 視線だけが、上を向いている。

 

 

 何かを見ている。

 

 

 いや。

 

 

 “見つけてしまった”顔をしている。

 

 

「……おい」

 

 

 反応がない。

 

 

「リシア?」

 

 

 そこで気づく。

 

 

 顔色が変わっている。

 

 

 疲労じゃない。

 

 

 血の気が引いている。

 

 

 見ちゃいけないものを見た時の顔。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 小さく漏れる。

 

 

 

 視線が固定されている。

 

 

 

 上。

 

 

 

「……何だよ」

 

 

 

 リオンも、ゆっくり視線を上げる。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 止まる。

 

 

 

 “男”がいた。

 

 

 

 空中に。

 

 

 

 まるで。

 

 

 

 そこに地面でもあるみたいに。

 

 

 

 自然に。

 

 

 

 立っている。

 

 

 

 黒い外套。

 

 

 細い身体。

 

 

 長い影。

 

 

 

 顔には、薄く笑み。

 

 

 

 なのに。

 

 

 

 異様に冷たい。

 

 

 

 目だけが。

 

 

 

「……ログ・イーターを倒したか」

 

 

 

 男が口を開く。

 

 

 

 静かな声。

 

 

 

 なのに。

 

 

 

 妙に響く。

 

 

 

 頭に残る。

 

 

 

「……面白いものを見せて貰った」

 

 

 

 笑っている。

 

 

 

 でも。

 

 

 

 人間の笑い方じゃない。

 

 

 

 感情がない。

 

 

 

 ただ、“反応”だけ真似してるみたいな笑み。

 

 

 

「……誰だ、お前」

 

 

 

 リオンの声が低くなる。

 

 

 

 反射的に、リシアを半歩後ろに下げる。

 

 

 

「なんで知ってる」

 

 

 

 

「見ていたからだ」

 

 

 

 

 男が当然みたいに返す。

 

 

 

 

「君たちが逃げ回るところも」

 

 

 

 

 一拍。

 

 

 

 

「壊れるところも」

 

 

 

 

 薄く笑う。

 

 

 

 

「全部な」

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 

 空気が重くなる。

 

 

 

 

 その時。

 

 

 

 

 リシアの視線が止まる。

 

 

 

 

 男の腕。

 

 

 

 

 外套の隙間。

 

 

 

 

 そこに。

 

 

 

 

 紋章。

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 

 リシアの顔色が変わる。

 

 

 

 

 一瞬で。

 

 

 

 

「その紋章……!」

 

 

 

 

 声が震える。

 

 

 

 

「まさか……アーカイブ……!?」

 

 

 

 

 リオンが振り向く。

 

 

 

 

「知ってるのか!?」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 返事がない。

 

 

 

 

 リシアの目が揺れている。

 

 

 

 

 初めて見るくらい、明確に。

 

 

 

 

 恐怖で。

 

 

 

 

「おい、リシア!」

 

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

「――ぁ……っ」

 

 

 

 

 リシアが胸を押さえる。

 

 

 

 

 呼吸が止まる。

 

 

 

 

 膝が揺れる。

 

 

 

 

「……っ、ぁ……!」

 

 

 

 

「お、おい!?」

 

 

 

 

 リオンが慌てて支える。

 

 

 

 

 冷たい。

 

 

 

 

 体温が落ちている。

 

 

 

 

「どうした!?」

 

 

 

 

「……心臓を」

 

 

 

 

 男が呟く。

 

 

 

 

 静かに。

 

 

 

 

「少しばかり、ズラしただけだ」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

「人間というのは脆い」

 

 

 

 

 まるで。

 

 

 

 

 壊れた玩具の話でもするみたいに。

 

 

 

 

「この程度で、簡単に止まる」

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 頭の中で、何かが切れる。

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

 リオンが踏み込む。

 

 

 

 

 考えるより先。

 

 

 

 

 怒りが動く。

 

 

 

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Cut

 

【干渉ログ】

断空カット

状態:実行

 

 

 

 空間が裂ける。

 

 

 

 一直線。

 

 

 

 今度こそ。

 

 

 

 確実に。

 

 

 

 

「くだらん」

 

 

 

 

 男が動く。

 

 

 

 

 見えない。

 

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

 断空が逸れている。

 

 

 

 

「――は?」

 

 

 

 

 理解が遅れる。

 

 

 

 

 避けた?

 

 

 

 

 違う。

 

 

 

 

 “触れてすらいない”。

 

 

 

 

 男は、そこに立ったまま。

 

 

 

 

 微動だにしていない。

 

 

 

 

「……何だよ」

 

 

 

 

 背筋が冷える。

 

 

 

 

 今のは。

 

 

 

 

 おかしい。

 

 

 

 

 ログ・イーターとは違う。

 

 

 

 

 次元が違う。

 

 

 

 

「……な」

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 視界が近づく。

 

 

 

 

 一瞬で。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 

 男の手が、頭を掴む。

 

 

 

 

 握り潰すみたいに。

 

 

 

 

「……ぁ、が……っ!」

 

 

 

 

 頭蓋が軋む。

 

 

 

 

 視界が揺れる。

 

 

 

 

 近い。

 

 

 

 

 男の顔が。

 

 

 

 

 笑っている。

 

 

 

 

 歪に。

 

 

 

 

「……よいオモチャを見つけた」

 

 

 

 

 低く。

 

 

 

 

 愉しそうに。

 

 

 

 

「……しばし、遊んでやろう」

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 男の表情が。

 

 

 

 

 ぐにゃりと歪んだ。

 

 

 

 

 人間の顔じゃない。

 

 

 

 

 笑っているのに。

 

 

 

 

 どこまでも、冷たい。

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