第55話「繋がらない言葉」
ノイズが、消えない。
デバイスの画面は暗いままなのに、視界の奥に焼き付いたみたいに、さっきの文字が残っている。
――やめろ
たったそれだけなのに、妙に引っかかる。
「……」
無意識に、もう一度画面を見る。
変わらない。
壊れたままのログ。
断片だけ残って、肝心なところが全部抜け落ちてる。
【ログ】
Record Type: Legacy Record
状態:破損
――観測ログ
……ズレ確認
――干渉
……補正
――(欠損)
――境界
……未確定
――(ノイズ)
――やめろ
――(断絶)
「……なんだよ、これ」
口に出してみても、答えが出るわけじゃない。
むしろ余計に気持ち悪くなる。
意味はある。
確実に。
でも、それが“繋がらない”。
途中で削られてる。
しかも雑にじゃない。
“見せたくない部分だけ抜かれてる”。
そんな感じがする。
「……読める?」
横から声。
リシア。
すぐ隣にいるはずなのに、さっきより距離を感じる。
意識的に一歩引いてる。
……警戒されてるな。
「読めるっていうか……」
少しだけ言葉を選ぶ。
「……分かりそうで、分からねえ」
これが一番近い。
理解できる“手前”で止まってる感じ。
それが、逆に気持ち悪い。
「……」
リシアはそれ以上聞いてこない。
画面を見てる。
いつもの“観測してる顔”。
でも、ほんの少しだけ固い。
「……これ」
小さく言う。
「普通のログじゃない」
「どう違う」
「……壊れてるのに、形が残ってる」
少し考えてから続ける。
「消え方が変」
「変?」
「必要な部分だけ、落ちてる」
一拍。
「……誰かが触ってる」
その言い方。
確信じゃない。
でも、かなり近いところまで来てる。
「……残してるってことか」
「……うん」
小さく頷く。
「全部消す気なら、こうはならない」
「……見せるために残した?」
「そこまでは分からない」
即答。
でも、視線はログから外さない。
「ただ」
一瞬だけ間があって。
「……読む側が選ばれる形にはなってる」
「……は?」
「意味が分かる人じゃないと、意味にならない」
その言葉で。
胸の奥が、少しだけ引っかかる。
意味が分かる人。
それがもし――
「……やめろ、か」
画面の一行をなぞる。
ここだけ妙に“生きてる”。
他は全部死んでるのに。
ここだけ残ってる。
「……誰に言ってる」
呟く。
その瞬間。
頭の奥に、何かが引っかかる。
「リオン」
声。
低くて、静かで、無駄がない。
振り向くと、父がいた。
いつもと同じ場所。
同じ距離。
「……何か分かった顔してるな」
「……少しだけ」
「何が分かった」
机の上を指さす。
「ここ、繋がってる」
自分なりの答え。
でも。
父は、すぐには頷かなかった。
少しだけ考えて。
「……それでいい」
そう言った。
でも、すぐ続ける。
「ただし、それが“正しい”とは限らない」
「……え?」
「繋がってるように見えるだけかもしれない」
一拍。
「逆に、繋がってないものを繋げて見てる可能性もある」
「……分かんない」
正直に言う。
父は、少しだけ笑った。
「いい」
「分からなくていい」
一瞬だけ視線が外れる。
どこか遠くを見るような目。
「その代わり」
少しだけ声が低くなる。
「決めるな」
「……決めるな?」
「そうだ」
「分かったつもりになった瞬間、そこで止まる」
静かな声。
「それ以上は、見えなくなる」
それだけ言って。
父は、それ以上説明しなかった。
「……決めるな、か」
現実に戻る。
目の前のログを見る。
断片。
繋がらない記録。
でも。
無理に繋げようとしてる。
自分が。
「……何か分かった?」
リシアの声。
短い。
それ以上は聞かない。
「……いや」
首を振る。
「分かんねえ」
でも。
それでいい気がした。
今は。
まだ。
決める段階じゃない。
――その時。
“ズレた”。
空気が。
ほんの一瞬だけ。
擦れるような、嫌な感覚。
「……今の」
リシアの声が低くなる。
一瞬で切り替わる。
さっきまでの空気が消える。
【ログ】
対象:不明
状態:検知
背筋が冷える。
この感覚。
忘れるわけがない。
あれだ。
「……来てるな」
小さく言う。
空間の奥。
何もないはずの場所。
でも。
“いる”。
見えないだけで。
確実に。
「……距離、近い」
リシアが言う。
「さっきより、かなり」
「早すぎるだろ……」
思わず漏れる。
ここまで来るのが。
予想よりずっと早い。
【ログ】
対象:不明
状態:接近
ノイズが強くなる。
空間が、わずかに歪む。
「……ここ、ダメ」
リシアが言う。
「閉じ込められる」
分かってる。
逃げ場じゃない。
“檻”だ。
「……行くぞ」
デバイスから手を離す。
その瞬間。
ログが、一瞬だけ乱れる。
【ログ】
Record: Legacy Record
状態:監視中
「……は?」
一瞬、息が止まる。
今のは。
明らかにおかしい。
ただの記録じゃない。
――見られている。
その感覚だけが、はっきりと残った。




