第46話 「ログ・イーター」
違和感は、音より先に来た。
踏み出した足が、半拍遅れる。
「……は?」
もう一歩。
今度は、ズレる。
自分の動きと、音が合っていない。
「……なんだこれ」
「……止まって」
リシアの声。
小さいけど、強い。
反射的に止まる。
空気が、妙に薄い。
視界の端。
壁の一部が、“無い”。
削られている。
【ログ】
対象:周囲
状態:欠損
「……欠けてる」
口に出る。
見えてるのに、存在していない。
「……見ないで」
リシアが一歩前に出る。
「……あれ、見続けると引っ張られる」
「……もう見えてる」
視線を外そうとしても、無理だ。
そこに“いる”。
人の形。
でも、輪郭が安定しない。
見ようとすると、ズレる。
逸らすと、そこに戻る。
【ログ】
対象:不明
状態:未定義
「……なんだよ、あれ」
リシアが少しだけ間を置く。
「……記録体」
視線は外さないまま、続ける。
「……ログ・イーター」
その名前だけで、嫌な感じが強くなる。
そいつが、こちらを向いた。
顔はない。
でも。
“見られた”のが分かる。
次の瞬間。
視界が切れる。
「――っ!?」
一瞬、何も分からない。
すぐ戻る。
でも。
何かが抜けている。
「……今、何した」
リシアが小さく息を吐く。
「……今の、一部消された」
「……何が」
「……さっきの一瞬」
言われて、理解する。
思い出せない。
確かに何かあったはずなのに。
「……食ってるのか」
「……たぶん」
曖昧だ。
でも、確信はある。
「……それ」
リシアが少しだけ声を落とす。
「……触らない方がいい」
「……触らなきゃ終わるだろ」
「……触っても終わる」
短く返ってくる。
冗談じゃない。
距離が詰まる。
逃げきれない。
「……クソ」
手を上げる。
やるしかない。
「……繋ぐ」
【ログ】
対象:リンク試行
状態:接続不安定
同期率:低
来る。
感覚が繋がる。
位置が見える。
「……そこだ」
叩く。
ガンッ!!
手応え――
ない。
【ログ】
対象:接続
状態:消失
補足:記録未成立
「……は?」
繋いだはずの感覚が消えている。
ログすら残っていない。
「……もう一回」
【ログ】
対象:リンク試行
状態:接続不安定
叩く。
ガンッ!!
――消える。
「……なんでだよ」
思わず声が漏れる。
当たっている。
でも、成立しない。
「……それ」
リシアが静かに言う。
「……成立してない」
「……は?」
「……繋ぐ前に、消されてる」
一瞬、理解する。
こっちの行為そのものが、無かったことにされている。
「……クソが」
その時。
ログ・イーターが、一歩踏み込む。
距離が消える。
「……っ!」
リシアがアンカーを突き立てる。
ガンッ!!
空間が固定される。
動きが一瞬止まる。
「……今、離れて」
声は静か。
でも、迷いがない。
「……ああ!」
走る。
考えるな。
背後で。
何かが削れる音がする。
振り向かない。
振り向いたら。
終わる。
ただ一つだけ、理解が残る。
あれは――
“繋がらない”。




