第27話 「名前が消える前に」
――違和感は、隣にいた。
歩調が、わずかにズレる。
横にいるはずの気配が、半歩遅れる。
いや、違う。
遅れているんじゃない。
“位置が合っていない”。
視線を向ける。
いる。
確かにいる。
だが――
「……今、動いたか?」
足は止まっている。
なのに、位置だけが微妙にずれている。
ログ展開。
【ログ】
対象:リシア
状態:存在
異常:座標未確定
……未確定。
その一文で、理解する。
これはまずい。
「こっち来い」
腕を掴む。
感触はある。
だが、軽い。
妙に軽い。
「……聞こえてる?」
「え? 聞こえてるけど……どうかした?」
声は正常。
反応もある。
だが、
距離が合っていない。
声の位置と、体の位置が一致していない。
手を強く引く。
一歩、近づける。
その瞬間。
ズレた。
腕の位置が、わずかに滑る。
掴んでいるはずの場所と、実際の位置が一致しない。
――消える。
その言葉が、頭をよぎる。
ログ。
異常:座標未確定
座標。
つまり、“どこにいるか”が決まっていない。
なら。
存在はしている。
だが、位置が固定されていない。
だから、ズレる。
だから、触れられない。
だから――
消える。
「……離れるな」
「え、ちょ――」
手首を掴み直す。
今度は強く。
ズレる前に、固定するように。
その時。
空気が、歪んだ。
視界の端。
“何か”が動く。
振り向く。
輪郭だけの存在。
形は人に近い。
だが、情報が足りない。
ログ。
【ログ】
対象:不明
状態:存在
異常:識別不可
来たか。
足場がズレる。
距離が狂う。
視界が歪む。
その“何か”が、こちらへ踏み込む。
速い。
だが――
問題はそこじゃない。
ズレている。
攻撃の軌道と、認識が一致しない。
回避。
のはずが、肩をかすめる。
後ろで、声が揺れる。
「きゃっ――!」
振り向く。
位置が違う。
さっきまでいた場所から、半歩ずれている。
ログ。
対象:リシア
状態:存在
異常:座標不安定(進行)
進行。
クソ。
時間がない。
これは攻撃じゃない。
侵食でもない。
観測の奪取だ。
位置の定義を奪われている。
だからズレる。
だから消える。
ならやることは一つ。
定義を固定する。
ログを引き上げる。
表層じゃ足りない。
もっと下。
観測の基準へ。
【ログ:基底】
対象:リシア
項目:座標定義
状態:外部依存
外部。
つまり、引っ張られている。
なら。
切る。
【更新】
対象:リシア
座標定義:自己基準へ変更
同期:遮断
その瞬間。
手応えが変わる。
軽さが消える。
ズレが止まる。
「……え?」
驚いた声。
今度は位置が一致している。
固定した。
だが――
空気が、さらに歪む。
“何か”の数が増える。
ログ。
【ログ:警告】
干渉対象:拡張
観測奪取:継続中
対象拡張。
つまり次は――
こっちか。
舌打ち。
視線を前へ。
“それ”が、再び踏み込んでくる。
今度は、ズレない。
踏み込み。
拳。
当たる。
確実に。
弾ける。
だが、消えない。
再構成。
ログ。
対象:不明
状態:再構成
異常:観測干渉体
……なるほど。
敵じゃない。
仕組みそのものだ。
なら――
倒すんじゃない。
上書きする。
ログを開いたまま、構え直す。
後ろの気配は、まだある。
消えていない。
だが、
対象:リシア
状態:存在
異常:軽微ズレ(残存)
完全じゃない。
まだ、奪われている。
なら――
終わっていない。
もう一段、深く行く必要がある。
視線を落とす。
ログの奥へ。
観測の、さらに内側へ。
――次で、決める。




