第26話 「対象:自身」
――触れている。
それは、もうはっきりと分かっていた。
外からじゃない。
中にいる。
思考の奥。
記憶の底。
そこに、何かがいる。
「……っ」
息が浅い。
目の前の景色が、安定しない。
地面がある。
建物がある。
リシアがいる。
――全部、本当にそこにあるのか分からない。
「……リシア」
「……うん」
短い返事。
でも、その声も少し遠い。
距離が、正しくない。
「……今の」
「……来てる」
即答だった。
でも、それ以上は続けない。
言葉にしきれないのが分かる。
「……中だな」
「……うん」
小さく頷く。
その瞬間。
また、引っ張られる。
「――っ!」
視界が、切り替わる。
知らない場所。
暗い。
湿った空気。
誰かの呼吸音。
そして。
――“見ている”。
自分がじゃない。
“何か”が、こちらを見ている。
「……やめろ」
声が、震える。
でも止まらない。
視界が固定される。
動けない。
ただ、見せられる。
そのまま。
“何か”が、近づく。
距離がない。
最初から、そこにいる。
そして。
――視線が、重なる。
「……っ!!」
引き戻される。
息が乱れる。
「……は、っ……は……」
膝が揺れる。
立っているのかすら怪しい。
「……今の」
「……見せてきた」
リシアが言う。
低く。
「……向こうの視界」
「……ああ」
否定できない。
あれは。
こちらが見るものじゃない。
見せられている。
強制的に。
「……ねえ」
リシアが言う。
少しだけ、間がある。
「……さっきの」
「……ああ」
「……覚えてる?」
「……」
言葉が止まる。
思い出そうとする。
でも。
――思い出せない。
「……何も」
乾いた声が出る。
「……抜けてる」
「……やっぱり」
リシアが、小さく呟く。
「……消えてる」
「……ああ」
理解する。
見せられる。
でも、残らない。
記憶として定着しない。
つまり。
あれは。
“読むためのもの”じゃない。
――“抜くためのもの”だ。
「……クソだな」
吐き捨てる。
思考を読まれるだけじゃない。
記憶を持っていかれる。
それが、あいつらの“接触”。
その瞬間。
また来る。
今度は、さらに深い。
「――っ!!」
頭の奥が裂ける。
思考が、削られる。
感情。
記憶。
輪郭。
全部が、崩れていく。
「……やめろ!!」
叫ぶ。
でも止まらない。
掴まれている。
完全に。
【ログ】
対象:自身
状態:内部干渉(強)
「……まずい」
リシアの声。
今までで一番、低い。
「……これ、削り切られる」
「……は?」
「……残らない」
「……っ」
背筋が冷える。
残らない。
つまり。
自分が。
“消える”。
「……おい」
声が震える。
「……俺、だよな」
一瞬。
答えが出ない。
自分が、自分である保証が揺れる。
「……リシア」
「……うん」
「……俺だよな」
「……」
少しだけ、間。
そして。
「……今は、まだ」
その言葉で。
全てが分かる。
――時間の問題だ。
「……クソが」
吐き捨てる。
でも。
止まらない。
もう戻れない。
だったら。
「……見る」
低く言う。
逃げない。
踏み込む。
全部。
その瞬間。
“向こう”が、笑った気がした。
音はない。
でも。
確実に。
こちらを、理解した。
そして。
次の侵食が、始まる。




