第23話「繋がってしまった」
――静かすぎる。
風も、音も、気配も。
全部が一瞬だけ、抜け落ちたみたいだった。
「……なんだよ、今の」
喉が乾く。
目の前の石。
ただの石だったはずのそれが――
浮いた。
持ち上げたんじゃない。
力を加えたわけでもない。
“そこにある意味”ごと、ズレた。
「……いや、意味分かんねえだろ」
思わず笑いが漏れる。
でも、全然笑えない。
さっきの感覚が、まだ指先に残っている。
触れたんだ。
物じゃない。
位置でもない。
――“繋がり”に。
「……」
息を吐く。
普通に考えれば、終わりだ。
こんなの、触っていい領域じゃない。
「……推奨しません」
リシアの声が、少しだけ強い。
「対象の状態は不安定。再現性も確認できていません」
「……だろうな」
短く返す。
分かりきってる。
むしろ、これで安全だったらその方がおかしい。
「……やめとくか」
口に出してみる。
これ以上踏み込む理由はない。
危険なだけだ。
「……」
なのに。
足が、動かない。
「……なんだよ」
自分でも分かる。
あの一瞬。
“向こう側”に触れた感覚。
あれを、見なかったことにするのは――
「……気持ち悪すぎるだろ」
小さく呟く。
理由なんて、綺麗なものじゃない。
ただ。
見てしまった以上、無視できない。
「……推奨しません」
もう一度、リシア。
「対象領域は未定義。干渉による影響は予測不能です」
「……分かってるよ」
苛立ち気味に返す。
分かってる。
分かってるけど――
「……それでも、だろ」
静かに言う。
リシアは、少しだけ間を置いた。
「……理解不能です」
「だろうな」
苦笑する。
自分でも、そう思う。
でも。
ここで引いたら、多分一生引きずる。
「……やる」
短く言い切る。
その瞬間。
少しだけ、空気が張り詰めた気がした。
「……最終確認。推奨しません」
「……ああ」
頷く。
それでも。
やる。
ゆっくりと、石に視線を戻す。
さっきの感覚を思い出す。
触れた場所。
あの“引っかかり”。
――そこに、意識を滑り込ませる。
「……っ」
頭の奥が軋む。
痛い。
いや、違う。
“ズレる”感覚。
「……なんだよ、これ」
思わず呟く。
吐き気に近い違和感。
でも、止めない。
ここで止めたら、意味がない。
「……もう一回」
意識を深く入れる。
一瞬。
石が、浮いた。
今度は、はっきりと。
【ログ】
対象:石
状態:—
ERROR
「……は?」
ログが壊れている。
いや、違う。
“書けてない”。
「……おいおい、マジかよ」
背筋が冷える。
未知領域。
それを、今自分が触っている。
「……っ」
さらに踏み込む。
怖い。
でも、それ以上に――
知りたい。
一瞬。
【ログ】
対象:石
状態:—
空白。
そして、次の瞬間。
【ログ】
対象:石
状態:関係干渉(仮)
「……」
息が止まる。
これが、名前。
まだ未完成。
でも――
「……通った、か」
小さく呟く。
その瞬間。
――ぞわっ、と。
背中を、何かが撫でた。
「……っ!」
反射的に振り向く。
誰もいない。
でも。
確実に、“何か”がいた。
「……外部観測反応を検知」
リシアの声が、わずかに低い。
「対象外領域からの干渉の可能性」
「……は?」
意味が分からない。
いや、分かりたくない。
「……推奨しません。即時中断を――」
「……いや」
遮る。
もう、遅い。
ここまで来て、止まれるわけがない。
「……見てんだろ」
低く呟く。
視線を、感じる。
はっきりと。
「……だったら、見とけよ」
震える声で、吐き捨てる。
強がりだ。
でも、それでいい。
怖い。
でも――
逃げない。
「……やるしかねえだろ」
もう一度、深く触れる。
“繋がり”に。
その瞬間。
確かに、向こうがこちらを“認識した”。
錯覚じゃない。
確定だ。
「……っ」
息が詰まる。
でも、目は逸らさない。
ここで逸らしたら、終わる。
――繋がった。
その事実だけが、はっきりと残った。




