第19話 「ズレない“何か”に触れた」
おかしい。
最初は、ほんの違和感だった。
「……」
視界の端。
通行人の動きが、ほんの一瞬だけズレる。
ほんのわずか。
でも――確実に。
「……またかよ」
小さく呟く。
【ログ】
対象:通行人
状態:軽微な位置ズレ
「……」
関係ない人間だ。
俺は何もしていない。
なのに、ズレている。
「……なんでだよ」
分かってる。
“さっきの干渉”。
あれが、残ってる。
いや。
残ってるどころじゃない。
「……広がってるのか?」
背筋が冷える。
触れてない場所まで、影響が出てる。
それって――
「……ちょっと待って」
リシアが、割って入る。
今までと違う声だった。
「……これ、普通じゃない」
「……いや、見れば分かるだろ」
「違う、そうじゃなくて」
少しだけ強く言う。
「……嫌な感じがする」
「……は?」
一瞬、言葉に詰まる。
リシアが、そんな言い方をするのは初めてだった。
「……うまく言えないけど」
少しだけ視線を逸らす。
「これ、触っちゃダメなやつだと思う」
「……今さらかよ」
思わず苦笑する。
分かってる。
最初から分かってた。
でも――
「……止められるよな?」
念のため聞く。
一瞬、沈黙。
その間が、嫌な予感になる。
「……分からない」
「……は?」
「……さっきから、切れてない」
「……何が」
「干渉」
心臓が、跳ねた。
「……おい」
頭の奥に、あの感覚が残っている。
まだ、繋がってる。
勝手に。
「……これ、やばくないか」
今度は、冗談じゃない。
本気でまずい。
【ログ】
対象:周辺領域
状態:関係干渉(継続)
「……は?」
対象じゃない。
“領域”。
範囲になってる。
「……広がってる」
リシアが、小さく呟く。
その声は、少しだけ震えていた。
「……止めないと」
「どうやってだよ」
「……分からない」
即答じゃなかった。
迷いがあった。
それが、逆に現実感を増す。
「……嘘だろ」
完全にやらかした。
分かってたのに。
危ないって。
なのに。
「……引きたくなかっただけかよ」
小さく呟く。
それが、本音だった。
「……ほんと、無茶する」
リシアが、ぽつりと漏らす。
「止めたのに」
「……分かってる」
「分かってないからこうなってる」
少しだけ強い言い方。
でも。
怒ってるわけじゃない。
困ってる。
それが伝わる。
「……どうすればいい」
初めて、聞く。
一瞬、リシアが黙る。
考えている。
迷っている。
「……これ」
ゆっくりと言う。
「外から止めるの、無理だと思う」
「……じゃあ」
「……中に入るしかない」
「……は?」
「もっと深く触れる」
「……ふざけんなよ」
思わず笑う。
完全におかしい。
止めるために、さらに踏み込む?
最悪だ。
「……でも、それしかない」
リシアは、目を逸らさずに言う。
「このままだと、広がる」
「……」
言葉が出ない。
分かる。
正しい。
でも。
怖い。
本気で。
「……やめる?」
珍しく、リシアが聞いてきた。
選択を投げてきた。
「……」
一瞬、考える。
やめれば、安全かもしれない。
でも。
このまま広がる。
それも分かる。
「……最悪だな」
小さく吐き捨てる。
どっちも地獄だ。
「……どうする」
リシアの声。
少しだけ、低い。
「……」
息を吸う。
怖い。
でも。
ここで逃げたら。
全部、自分のせいになる。
「……やる」
小さく言う。
「……ほんとに?」
珍しく、確認してくる。
「……ああ」
短く返す。
震えてるのが、自分でも分かる。
でも、それでいい。
「……じゃあ」
リシアが言う。
「一緒に見る」
「……は?」
「一人じゃ無理でしょ」
少しだけ、呆れたような声。
でも。
どこか、安心する。
「……行くよ」
その一言で。
踏み込む覚悟が、決まった。
次の瞬間。
“繋がり”に、さらに深く触れる。
世界が歪む。
音が消える。
そして。
“向こう側”が、完全にこちらを捉えた。
【ログ】
状態:観測対象に指定
「……っ!」
心臓が止まりかける。
対象。
それは――
俺たちだ。
「……やばい」
声が、震えた。
完全に、取り返しがつかない。
そう理解した瞬間だった。




