第16話 「あの戦いは、終わっていない」
残っている。
あの感触が。
当てた瞬間の、わずかな手応え。
“ズレた結果”が、重なったあの感覚。
「……っ」
無意識に指先を握る。
思い出すだけで、少しだけ背筋が冷える。
怖い。
……でも。
「……気持ちよかったな」
小さく呟いて、すぐに舌打ちする。
「……最悪だな、これ」
自分で分かっている。
あれは、触っていいものじゃない。
なのに。
“もう一回”と思っている。
「満足そうですね」
リシアの声。
「……そう見えるか」
「はい」
間を置かずに続く。
「危険な状態です」
「……分かってる」
苦く笑う。
分かっている。
これは、ただの好奇心じゃない。
“踏み込みたくなる何か”だ。
「ですが」
リシアが一拍置く。
「有効です」
「……ああ?」
「戦闘において、あなたの干渉は有効です」
淡々とした評価。
だが――
初めての、明確な肯定。
「……初めて言ったな」
「事実ですので」
短い。
それだけ。
でも。
その一言で、頭の中が少しだけ軽くなる。
戦える。
そう思ってしまった。
「……」
沈黙。
その考えに、すぐ気づく。
「……ダメだろ、それ」
小さく呟く。
あれは、制御できていない。
分かっているのに――
“使える”と思った瞬間、引き返せなくなる。
「制御はできていません」
リシアが淡々と続ける。
「干渉は依然として不安定です」
「……だよな」
目を閉じる。
あのズレは、止まらない。
触れれば、広がる。
下手をすれば――
「……これ、やらかしたら終わるやつだろ」
ぽつりと漏れる。
冗談じゃない。
本気で、取り返しがつかない気がする。
「……推奨しません」
リシアがもう一度言う。
今度は、少しだけ強く。
「干渉の継続は危険です」
「……分かってるって」
苛立ち気味に返す。
分かってる。
全部、分かってる。
それでも――
「……使うしかねえんだろ」
口に出る。
理由は、綺麗じゃない。
勝つためでもない。
正義でもない。
ただ。
「……引きたくねえだけだ」
小さく呟く。
ここで止めたら、多分もう触れない。
怖くて、逃げる。
そうなるのが、分かっている。
「……」
リシアは、少しだけ沈黙した。
「合理的ではありません」
「……だろうな」
即答する。
分かってる。
これは、完全に感情だ。
でも――
「……それでもだろ」
低く言う。
リシアは、それ以上何も言わなかった。
止めない。
でも、肯定もしない。
その距離。
「……あいつ」
ふと、思い出す。
「何者だ」
問いかける。
あの視線。
あの“繋がり”。
あれは、ただの敵じゃない。
「この世界の“側”の人間です」
リシアが答える。
「……曖昧だな」
「現時点では、それ以上の説明はできません」
踏み込ませない。
でも、それで十分だ。
分かる。
あいつは――また来る。
理由はない。
でも、確信だけがある。
「……また会うな」
「可能性は高いです」
即答。
迷いがない。
「お前もそう思うか」
「はい」
その瞬間。
視界の端が、わずかにズレる。
「……っ」
【ログ】
対象:通行人
状態:軽微な位置ズレ
「……は?」
小さい。
だが、確実に“起きている”。
無関係な人間に。
「……おい、待て」
心臓が跳ねる。
これ、まずいだろ。
完全に、広がってる。
――触れるな。
頭の奥で、声がする。
止める。
無理やり、意識を引き戻す。
ズレは、そのまま流れて消える。
「……っはぁ」
息を吐く。
手が、少し震えていた。
「今のは」
リシアが言う。
「抑えましたね」
「……たまたまだ」
「そうかもしれません」
でも。
「前進です」
その一言だけ、残す。
「……」
返事ができない。
前進。
その言葉が、妙に重い。
進んでる。
でも、どこに?
「……やばいな、これ」
小さく呟く。
街は、何も変わらない。
人がいて、音がある。
普通の世界。
――その下で。
確実に、何かがズレている。
消えていない。
むしろ、広がっている。
そして。
あいつの気配が、まだ残っている気がした。
もういないはずなのに。
どこかで、見られている。
「……行くか」
声が少しだけ低い。
「はい」
リシアが応じる。
歩き出す。
どこへ行くのか。
何をするのか。
まだ決まっていない。
でも。
「……逃げたくねえな」
小さく呟く。
怖い。
でも、それでいい。
そのまま進む。
もう一度、あいつに会うために。
――その時には。
今より、少しだけでも。
届くように。




