リリアとアルフレッド
穏やかなランチタイムを終えた直後、アルフレッドの侍従がリリアに声をかけてきた。
放課後、生徒会室へ来てほしいという。
生徒会室へ入ると、そこにはすでにアルフレッドの姿があった。
窓から差し込む西日が、テーブルに置かれた手付かずの紅茶を、不気味なほど鮮やかな黄金色に照らしている。
沈黙を破ったのは、いつもより低いアルフレッドの声だった。
「・・・正式に婚約が決まったよ。アステル男爵にも、先ほど通達が行ったはずだ」
アルフレッドは椅子に深く腰掛け、組んだ指に視線を落としている。
その表情には、いつもの余裕ある微笑みは欠片もなかった。
「すまない、リリア。・・・こんな、愛のない政略結婚を押し付けてしまって」
絞り出すようなその言葉には、後悔が滲んでいる。
王家の身勝手な都合で、リリアを自分の婚約者として縛り付けるのだ。
ましてや陰謀が渦巻く王宮。皇后や第二王子の動向次第では、彼女をさらなる危険にさらす可能性だってある。
しかし、リリアの反応はアルフレッドの予想を裏切るものだった。
「そうですか・・・。でもアルフレッド様、私、実はそこまで嫌ではないんです」
「え・・・?」
「アルフレッド様には、これまで何度も助けていただきました。私は、あなたの誠実さを信じています。たとえ政略結婚であっても・・・これから二人で、穏やかな関係を築いていければと思っているんです」
リリアは頬を赤らめふわりと微笑んだ。
それは慈悲深い聖女のようでもあり、同時に、無自覚に男の心を掻き乱す魔性のようでもあった。
その言葉を聞いた瞬間、アルフレッドの顔が、耐えきれないとばかりに歪んだ。
「・・・ずるいな、君は」
「アルフレッド様?」
「君がそんな風に笑うから・・・。君を不幸に陥れたはずのこの状況を、私は・・・不謹慎にも『嬉しい』と感じてしまうんだ」
その笑顔と言葉は、自分への好意の現れなのだろうか。自分と同じように、彼女もこの婚約を喜んでくれているのか――。
利用するつもりで近づいたはずなのに、今では彼女の隣にいられる正当な理由を得られたことに、救いを感じている自分。
初めて経験するもどかしい感情に、アルフレッドの心は激しく振り回されていた。
彼は一度目を閉じ、込み上げる熱情を押し殺すと、リリアの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「・・・これからよろしく、リリア。君を、私の生涯をかけて守り抜くと誓おう」
「はい。・・・あ、でもアルフレッド様」
決意に満ちたアルフレッドの言葉に、リリアは何かを思い出したように人差し指を立てた。
「もし、将来的にどなたか本当に好きな方ができたのでしたら、遠慮なく教えてくださいね? その時は私、身を引く準備はできていますから!」
「・・・・・」
リリアの、あまりにも”現実的で物分かりの良い”提案に、アルフレッドの思考が一瞬止まった。
「・・・身を引く、だと?」
「はい! 政略結婚ですから、心までは縛りたくありませんもの」
さらりとそう言ってのけるリリア。
彼女の中では、自分はあくまで『魔法を教えてくれる便利な婚約者』という認識なのだろうか。
(・・・私はそんな予定など欠片もないが、君の方はどうなんだ?)
愛し愛される結婚を夢見ていた彼女のことだ。
もしかすると、いつか好きな人ができたと自分に婚約破棄を突き付けてくる可能性だってある。
アルフレッドは、面のような微笑みを張り付けながらも、内心では焦燥に駆られていた。
自分以外の誰かを、彼女がそのような目で見つめる可能性を考えただけで、胸の奥が凍りつくような不快感に襲われる。
(私以外の男に、その笑顔を向けることなど・・・私が許すと思っているのか?)
「リリア。・・・残念ながら、君にその準備をさせる機会は、一生来ないと思うよ」
アルフレッドは、少しだけ重い響きを含んだ声でそう告げると、逃がさないようにリリアの手をそっと、けれど逃げられないほど強く握り締めるのだった。




