アライグマ妻
各村からの報告を待つアライグマ町長は、とてつもない緊張状態にあった。カバ商人の話では野良人間は獣を襲っているかもしれない・・・・万が一、死者が出るようなことがあれば、この地域の問題ではなく、首都にも報告を送らなければならない。それに、これから盛大に行う予定であった自身の引退セレモニーどころではなくなってしまうかもしれないからである。
「セレモニーは何としてもやらなければ・・・・」
彼がそこまでセレモニーにこだわるのは理由があった。彼のアライグマ妻は、すでに1年以上前からセレモニーのためのドレスを作成し、セレモニーの前後にも多くのイベントを計画していた! それだけならば、すべてを中止すればいいだけの事であるが、何よりも彼を悩ませているのは、そのアライグマ妻が怖かったことである!
「バタッ」
ノックもなしに町長室のドアが、激しく開かれた! 町長は待ちに待った報告が来たかと思い安心して顔をあげたが、彼の顔はすぐにしかめっ面になった。
そこに立っていたのは彼の怖い怖い妻であった。
「あなた!」
アライグマ妻の声はかなり尖っていた・・・・町長はそれを聞いた瞬間に胃が痛くなった・・・・
「聞きましたわよ!」
やっぱり妻はもう聞いてしまったんだと町長の胃はさらにキリキリと痛くなった!
「大丈夫だよ! ハニー、すでに各村に状況確認に向かわせているから・・・・」
町長はアライグマであったが、かなりの猫なで声で応えた。
「そんなことは、どうでもいいんですよ! セレモニーは大丈夫ですか? イベントも来月から始まりますのよ・・・・」
アライグマ妻は1時間にわたって、いかに自分がセレモニー等の準備に力を入れて頑張ってきたかを夫に力説した! 町長はそんな妻の言葉を文句ひとつも言わずに作り笑顔で聞き続けた! なぜなら、彼はこれまでの経験で知っていたからである! 一言でも文句を言おうものなら、妻の小言は3倍以上になって帰ってくるからであった。
彼はある意味、強靭な精神力で、この1時間を乗り切った。
そんなアライグマ妻の小言もひと段落着いたころ、再び町長室のドアが勢いよく開かれた!
「町長! 大変です!」
疲れ切っていたアライグマ町長は、この報告を受けて、さらに胃がキリキリと痛くなったのであった。
「ぜ、全員か・・・・本当に・・・・い、生き残りは・・・・ない・・・・か・・・・」
アライグマ町長はディア達が訪れた村の報告を聞いて絶句した・・・・
町長室で激しく町長を攻め立てていたアライグマ妻も、この報告には顔を青くして、町長にそれ以上セレモニーの事を話すことはなくなった・・・・
「他の村は、他の村はどうなんだ?」
町長は思い出したように報告に来た職員に問いただした!
「は、はい。今のところ、他の村から、このような報告はありません!」
職員は焦っている町長を見て、あえて落ち着いてゆっくりと話をした。
「そ、そうか」
町長はひとまず安心したような表情を浮かべた。
「町の主だったものを集めよ! それに各村から戻て来たもの達もだ!」
町長は職員の対応が功を奏したのか、落ち着きを取り戻し的確に指示を出した。職員は町長の指示ですぐに町長室を飛び出していった。
町長室に取り残された町長とその妻は、しばし呆然とした。
「ハニー、そういうわけだ・・・・残念だが、セレモニーは中止だね・・・・」
町長は優しく妻の肩を抱いた。
「は、はい・・・・」
アライグマ妻は元気なく応えた! 獣1人が死んだというくらいの報告ならアライグマ妻も、なんとかセレモニーをという話をしたかもしれない・・・・しかし村人全員惨殺という話を聞いた後に、さすがにそんなことをいう気にはならなかったようである。




