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不死の女神  作者: 大麒麟
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第七十二話 大人妖

 この戦いは、もはや勝負にすらならないほど、両者の実力差は圧倒的だった。このまま楽勝で終わるかと思われたが・・・・・・


「うん? これって・・・・・・」


 突然大鬼の身体に変調が訪れる。それは先日、レイコを撲殺した後に見た現象とよく似ていた。角や足など、大鬼の肉体の欠損した部分の傷口が、緑色に輝きだしたのだ。

 その光は見る見る大きくなり、欠損箇所から伸びるように拡大していく。そしてそれは一つの形をなした後、一気に光が消えた。


 光が消えた後には、光の塊があった部分に、何と失われた筈の肉体が復元していた。さっき斬り落とした足や角が、傷一つなくそこに存在している。

 復元された部分は、肌色がやや薄く、切断面の継ぎ目の所が見える。まるでロボットのパーツを取り替えたかのようだ。


(おい、どういうことだ!? 人妖に復活能力はないはずだろ!?)


 紺は念話で、レイコに呼びかける。他の仲間達も、彼女の千里眼を通じて一部始終を見ていたはずだ。


『うん、普通はないよ。でもこれは・・・・・・』


 紺の頭に響いてくる幼女の声は、やや困惑している。すると大鬼にまた変調が起こった。


「今度は何だ!?」


 大鬼の身体がまた一回り大きくなり、そして全身の姿形にも変化が起こる。


 口がワニのように裂け、顔の形は、鮫のように前に突き出した流線型になる。両目は肉食恐竜のように、突き出した顔の両側に移動した。肉体は過剰なほどに筋肉が発達し、肉達磨という形容がふさわしい肉体となった。全身の体毛が、髪の毛含めて全て抜け落ちた。


 頭に鬼人の角が残っていることを除けば、それはかつてレイコの故郷を滅ぼした大怪獣にそっくりである。

 前から面影はあったが、今は完全にそれと同じ姿である。


『大人妖だ! 緑光石でなくても生まれるなんて、驚きだ!』

「大人妖、なにそれ?」


 会話するまもなく、大怪獣=大人妖は、その巨大な拳をこちらに振り下ろしてくる。ザルソバが素早く反応して、横に大きく飛び跳ねてそれをよけた。


 ズドォオオオオオオオオオンッ!


 巨大な拳が石造りの歩道にめり込み、大地が地震のように振るえた。そのとてつもないパワーは、以前よりも力が確実に上がっていることを、紺は感覚的に理解する。


 大柄すぎる図体だが、動きも意外と素早く、次々と大人妖が追撃をかけてくる。その重すぎる一撃一撃を、どうにかよけながら紺はレイコと会話を続けた。


(おい、大人妖って何だ!?)

『昔私の世界を滅ぼした王がなったタイプだよ。あの桔梗って人、元々洗脳されていたせいで、かなり暴走しやすかったんだろうね』


 何か聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。


(洗脳? 国王は洗脳されてたのか?)

『うん、あの人は大分前から、薬を盛られて鉄士協会に操られていたんだ』


 それは初耳だ。それだと自分を襲ったのも洗脳なのだろうか? 意外な真相に、紺は微妙な心境に立たされた。


 大人妖の追撃は全く止む様子がない。地響きがすごすぎて、残っていた建物が、次々と砂の城のように崩れ落ちる。

 その重い攻撃の動きに、時々スキを見てこちらも攻撃するが、効果はあまり大きくないようだ。大技を与えれば倒せると思うが、力を溜め込むだけの時間を作れない。


(大人妖の倒し方は!?)

『知らない。前に見た奴は、戦わずに私は異世界に逃げたから・・・・・・』


 あの世界があの後、どうなったのかなど全く想像のしようがない。恐らくはあの世界の全ての生命を喰らい尽くしたのだろう。


(これってこの世界の滅亡の危機じゃないのか!? 攻略法が判らないなんて・・・・・・うん、待てよ?)


 紺は少し閃いた。といっても作戦と呼べるほど、細かい内容ではないが。


(前に言ったよな。最大限に進化した緑人は、死んで復活しても強くはならずに、少しの間弱くなるって。これって大人妖の場合でも同じか?)

『その可能性はあるね。実際やってみないと判らないけれど』


 こうなればやることは決まった。


「黄! 浅葱! 躑躅! 悪いけど、私に手を貸してくれ!」

『勿論です!』『判った!』『判りました!』


 一斉に勢いよく返事をした三人。韋駄天のような速さで、現場に駆けつけてきた。

 時間は僅か一分。このあまりの迅速さを見ると、かなり近場で見学していたのだろう。


「あいつをぶっ倒すための力を溜めたい! とりあえずあいつの足を止めるぞ!」


 見ると、大人妖の頭の角に電光が発生している。まさかさっきと同じ電撃攻撃をしてくるのだろうか?


「させん!」


 浅葱が大振りに剣を振り、巨大な炎の刃を飛ばした。それは軌道中にどんどん拡大しながら、敵の角に命中する。


 バヂィ!


 角に貯まっていた電力が、その攻撃で暴発を起こしたかのように消滅した。だが大人妖本体にダメージはない。

 この攻撃で、大人妖は浅葱の方に顔を向ける。そして彼女を踏み潰そうというのか、自らの大足を上げた。


「はぁ!」


 次に動いたのは黄だった。以前ゴーストクリエートの足を斬り倒した一撃を遙かに凌ぐ、巨大な剣撃を放つ。

 眩しい光を纏って、元の十倍以上に伸びた刀身が、接近する大人妖の足を斬りつけた。


「ガァアアアッ!」


 足は切断までには至らなかったが、足首の部分に深い切り傷がつき、大量の血が噴出する。元の身体が大きいので、その出血量は半端ない。


「いきます!」


 次に動いたのは躑躅。彼女は大人妖から大分距離をとった、数百メートル先で待機していた。

 頭から四本の触手が伸びる。それはジャックの豆の木のごとく、数百メートル先の敵の元へと高速で伸びていく。

 その先は大鬼の足首、さっき黄がつけた傷の所だ。


 ザク!


 触手の先端の突起が、その傷に四本同時に刺し込まれる。そこは頑強な皮膚も、筋肉の壁もない、敵の身体の最も脆い部分だ。

 故に簡単に突起がその肉体に深く刺さる。


 もちろんこんな攻撃が大したダメージになるはずもない。肝心なのは、その先にあった。

 躑躅の身体から、その触手を通して、大量の毒液が大人妖の体内に、注射器のように注入されていった。


「ギギッ!?」

 それに気付いたのか否か、大人妖は大慌てで足を振り動かし、触手をちぎり落とした。そして躑躅に目を向けたと同時に、浅葱・黄・紺が三人同時に斬りかかってくる。


 熾烈な4対1の攻防が繰り返される。浅葱と黄のどちらかが、敵に手傷を負わせると、その度に躑躅が毒をそこに盛っていく。

 その攻撃は微々たるものだったが、やはり繰り返されると効いてくるようで、敵の動きは徐々に鈍くなっていた。


 それを察知すると、紺は大分後ろに下がって、その刀身に必殺技のエネルギーを込め始めた。


「盛った毒は、すぐに自己治癒で解毒されてしまいます! 急いでください!」


 躑躅が紺に向けてそう叫ぶ。大人妖はそんな紺を攻撃しようとするが、残りの三人が彼を足止めする。一時的に動きが弱った大人妖は、しばらくの間は三人でも足止めができるレベルになっていた。


 やがて紺の刀に十分すぎるほどのエネルギーが伝わった。


「おっしゃあ、みんな下がれ!」


 言われて三人は一斉にその場から逃げ出した。それと同時に、紺は一気に敵の元へ走り出す。


 そして距離百メートルの位置で、溜めまくった一撃を全放出した。


「はあっ!」


 気合一閃。紺は自分より背の高い大人妖の前で、力一杯に刀を振り下ろした。

 振り下ろした瞬間、光り輝く刀身が如意棒のように一気に伸びた。長さ数十メートルにまで伸びた気功の刃が、正面にいる巨人を盛大に斬り付けた。


 これはさっき足を斬ったのと同じ技。振り方も、あの足つき多屋を一刀両断した技と、ほとんど同じ型だ。

 それは大人妖の筋肉の塊のような巨体を、リンゴのように真っ二つにする。大量の血が滝のように流れ落ち、二つに分かれた敵の肉体が、でかい音を立てて倒れ落ちた。


 だがすぐにまたあの変調が起きる。斬りたおされた二つの身体が、緑色の光の粒子に分解されていった。

 それらはシャボン玉の群れのように空中で漂うと、一箇所に集中して合体していった。


 そこから先は、さっきの復活と全く同じ。どんどん元の巨人の輪郭になった巨体が、光が消えると共に無傷で出現した。

 死から蘇った大人妖が、自分を殺した者達を、再び睨み返した。


「うっしゃあ、また殺せ!」

「「「はいっ!」」」


 睨むと同時にまた殺された。さっきよりも威力は劣るが、それでもかなりの威力の紺の必殺剣。

 紺と同じ系統の技の、浅葱の炎の大斬撃。黄の光の大斬撃。巨大な種子を高速で飛ばす、躑躅の砲弾攻撃。それらが一斉に大人妖の肉体を破壊し、再び死に至らしめる。


 それでもやはり復活する大人妖。紺は勢いを止めずに、再度必殺技を放って、何度でも敵を殺す。そんなサイクルが、六回ぐらい繰り返された・・・・・・


 死と再生を繰り返す度に、大人妖の身体はどんどん小さくなっていく。最初は三十メートルほどもあった身長が、今は半分になっていた。

 力も大分弱り、今なら浅葱達が一人でも倒せるレベルだ。


「グガァ、ガァアアアアッ!」


 それでも大人妖は戦いを止めようとしない。その攻撃を軽く避けながら、彼らは会話した。


「なあ、どんなに弱らせても、絶対に死なないんじゃキリがなくね?」

『それは大丈夫。人妖はどんなに強くなっても、完全な不死身になれないよ。多分後、二回ぐらい殺せば死ぬんじゃないの?』

「殺すのか・・・・・・。浅葱、止めろ!」


 浅葱が再び彼のクビを斬り落とそうと飛びかかっていたが、紺の言葉に驚きバックステップで攻撃を中止する。


「何だ? とどめは自分でやりたいってことか?」

「うん、ちょっと違う」


 突進してきた大人妖を、紺はその足下を刀で突き刺した。だがその後は、今まで様子が違った。


「ガガッ、ガァアア!?」


 今まではどんなに斬られても、勢いを止めなかった敵。だがそれが今、足を刺された途端、一気に大人しくなった。

 大人しくなるというより、具合が悪くなって立ち止まったといった感じだ。


 刺されていない右足を地面につき、フラフラと力が弱っている風の大人妖。紺が何かをしたのかと思うと、実に意外なことをしていた。


(奴の生体エネルギーを吸い取っているのか?)


 足に突き刺した刀身から、採血注射器のように、紺は大人妖の生命力を吸い取っていた。

 元々レイコが体得していた、ドレインタイプの魔法である。だが紺は、吸い取った力を自分の物にする気はないようで、吸収した力はどんどん紺の身体から放出されて大気中に消えていく。


 大人妖の身体がどんどん縮んでいく。それと同時に化け物じみていた身体が、どんどん人のそれに近づいていった。

 裂けた口は治癒し、過剰な筋肉達磨の肉体はどんどん細くなっていく。やがてそれが等身大まで縮んだときは、完全に人の姿になっていた。


 15歳ぐらいの女性=猪神桔梗の本来の姿・・・・・・よりも大分若い頃の姿に戻ったのだ。しかも鬼人の特徴である角が無くなっている。


 足下に刺していた刀身が引き抜かれる。足の傷は一瞬の内に消えてしまった。それが彼女の見せた、最後の強化治癒能力であった。

 この様子を見ていた仲間達が、やや困惑したが、すぐに納得したような表情を見せる。


「陛下を人間に戻して救ったのか? お前らしくないな」

「まあ、たまにはあるさ」


 紺は周囲の都市を見渡した。桔梗が起こした火災は、当然の如くまだ続いている。


「街の方もどうにかしておくか。生きている奴がいるかは知らないけど……」


 止めを終えた後、紺は己の刀を空に向けた。旗のように掲げられた刀身が、気の光とは少し違う感じの白光に包まれる。するとその光が一気に伸び、空に向けて白い光線を発射する。


 空は、まばらに白雲が浮いている晴れ模様。だがその空の一点を、紺の光線が撃ち抜いたとき、そこを中心にして空が曇り始めた。

 突然何もない青空の空間から、消火器を撒き散らしたかのように、大量の雲がどこからともなく姿を現す。それはどんどん広がり厚くなっていき、やがて黒雲となって猪神京の上空を覆い尽くした。


 雲の影で太陽が遮られ、薄暗くなった都内。最も地上の部分は、燃え盛る炎で明るく照らされていた。だがそれもやがてかき消されることになる。


 ザァアアアアアアアア!


 黒雲を根源として雨が降ってきた。最初は小雨程度だが、徐々に強くなっていき、やがては台風並みの大雨になった。

 大量の水分が都内に巻かれたことで、拡大していた火災の威力が弱まっていく。やがて街の火災は完全に収まり、そして雨が収まれば、憲兵達も生存者の救出がしやすくなるだろう。


 紺はこの雨が十分後に止まるよう調整して、魔法を撃ち終えた刀を納刀した。


「これでもう、やることが全部無くなっちゃったな……。そろそろ家に帰るか」


 紺は桔梗を抱えて、ザルソバに乗り込んだ。彼女はまだ、これで完全に治ったかは判らない。後でレイコに直に診察させるために、一行は彼女を連れて、猪神京を出た。


 一時は世界が滅ぶかと思われるほどの、大人妖の脅威は、こうして夢のようにあっさりと終わりを告げることになる・・・・・・


 ザルソバを走らせ、猪神京から去っていく紺達。彼女にとってこの時、長い異世界旅行が終わった時だった。


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