第七十一話 葉王と龍王
「はあっ!?」
これが本当なら、想像を絶しすぎる来客だ。だが総帥は信用せず、続けて追い返すよう命じた。何故今更三賢者なのか? 奴らはもう二百年も失踪していて、生死すら怪しい奴らだ。
声は収まったが、突然扉が勢いよく開け放たれた。
「おっおおおおおお前は!?」
扉の向こうから姿を現した、二人の人物に総帥は全身がひっくり返るほど驚き慌てふためいた。
「初めまして、あなたが総帥ですね?」
その二人は、葉人と龍人の二人の若者=緑天丸と海松だった。
かつて猪神王国を統率していた、三賢者の内の二人、葉王と龍王の名を関する者。それが、かつて紺が六王国で出会った、不審人物な二人の正体であった。
レイコとは違い、この二人に関しては、民衆の間でも史実通りの姿が伝えられていた。歴史書・教科書でも、ちゃんと緑天丸と海松御本人の写真が掲載されている。
この二人は元々顔立ちが整った美男・美女である。物語や演劇の主役にしても、遜色ない外見なのだ。そのためレイコのように、見栄をつけるために史実を捻じ曲げる必要がなかったわけである。
ただし名前の方は改竄されており、それぞれに見栄をつけたかっこよさげな名前が、本名として伝えられている。
しかも出展されている本によって、名前が違っていたりする。海松という二文字だけの短い名前や、緑天丸などという男みたいな名前は、英雄ぽい格好良さがないため改竄されたと思われる。
そんなことがあって、この二人は世間では名は明かせても、姿は隠さなければいけないという不便な生活をすることなった。
これを紺が聞いたら、だからといって、あんな怪しい仮装はないだろうと突っ込んだだろうが・・・・・・
この二人が朱雀京本部に訪問した時も、役員達は一目で二人が三賢者だと気がついた。
容貌を似せた偽物ではと疑う者もいたが、二人の自身の中にある莫大な魔力を放出すると、皆あっさりと信用した。
「こっ、これは賢者様方……いったい私にどのようなご用向きで……」
恐怖に震えながら、二人に礼儀をつけた言葉をかける総帥。二人はその姿に侮蔑の視線を向けている。
「あんたに聞きたいことがあってね。ああ、お前は何も喋んなくていい、頭の中を勝手に見るから」
緑天丸の頭から、二本の動く蔓が生えてきた。それは蛇のように自在に動いて、総帥へと近づいてくる。
その姿は、躑躅がよく使っている技と似ていたが、先端には膨らみや口などは一切ついていない。
「……!?」
危機的なものを感じた総帥は、その場から駆け出した。窓の方へと走りに、部屋から逃げ出そうとする。だが生憎それは無駄なあがきだった。
緑天丸の蔓は如意棒のように伸び、簡単に総帥のところまで追いついた。そして総帥の頭に、ロープのように雁字搦めに絡みついた。
「ぐぁああああああああああっ!?」
締め付けられる頭の痛みに、総帥が苦悶の声を上げる。手で蔓をほどこうとするが、それは鋼鉄の鎖のように頑丈で、老人の力ではビクともしない。
その蔓は、ただ彼を拘束するためのものではなかった。頭に接触した部分の蔓から、少量の魔力が注がれ、そして吸い取られ、彼の頭から何かが読み取られていく。
緑天丸は、総帥を拘束しながら、目を閉じて無言で蔓を操っている。その姿は暗算か何かを懸命にしているかのようだ。
一分ほどして、総帥は解放された。蔓が一瞬でほどかれ、巻尺のようにスルスルと力店丸の頭の方へと消えていく。
「ひいっ、ひいっ!」
凄まじい頭痛に苦しみながらも、総帥は窓に手をかけて、再度逃走を試みる。
「何をしているんです? 僕は退室を許可していませんよ!?」
「ぐがっ!?」
そんな総帥の背中を、海松が蹴りつける。だいぶ手加減して撃ったようだが、それでもその身体能力による一撃は凄まじい。
総帥は蛙のような声を上げながら、嘔吐物を吐き出した。
ビクビクと痙攣しながら失神する総帥。何かの計算を終えた緑天丸が、目を開けてその様子を見下ろした。
「必要な記憶は全部読み取ったぞ。何というかすごいな、この総帥。こいつ一人だけで、よくこれだけの悪事を働けたもんだ」
「そうですか……。他の幹部達の悪事も、バラしたかったですけれど恐らくもう死んでいるでしょうね。実に残念です」
緑天丸が行ったのは、記憶の読み取り。人の記憶を覗き見するだけでなく、それを映像にして映し出すことも出来る大技だ。だが本来ならば、相手が了承の意思を見せなければ、できない技である。
だが緑天丸の絶大な魔力を用いれば、この程度の相手なら、強制的に記憶を掘り起こすことは可能である。
「早速ここの放送室にいきますよ。この男の悪事を、全都民の耳に向けて、全て公表してしまいましょう」
鶯から聞き出したところ、レイコの目的は鉄士協会総本部の壊滅。だがその目的はとうに消えてしまっている。
でもその残り香はある。それを先に自分たちで捕まえておこうと思ったのだ。
「明かすのは放送だけでか? たった一回の放送で、民衆が信用するものか?」
「大丈夫ですよ。この世界の民は、脳味噌の足りないアホばかりですから。多分僕らが、タヌキは卵から生まれるといえば、皆疑わずに簡単に信じると思うよ」
民衆への愛情を全く感じさせない、かつての英雄のお言葉。海松の表情には、明確な大衆への侮蔑心が見える。
「う~ん、でも全部まとめて言うの? これ全部細かく喋ったら、一日掛かるかもしんないんだけど……」
「だったら定期的に休憩時間を入れればいいだけでしょう? さっさといきましょう。そうだ、判りやすいように記憶映像も、テレビに映しましょう」
しばらくして、朱雀京都内各地にある街道映像機に、二百年ぶりに三賢者が素顔を現し、人々を驚愕させた。
そしてその口から放たれた言葉に、更なる震撼を呼び起こすことになる。
猪神京は火の手はますます広がっていた。もし逃げ遅れている住人がいるとしたら、もう助かる見込みはほとんどない。
燃え広がる炎に焼かれるか、煙に覆われて窒息するか、不憫な運命しか存在しない。
その黒煙で視界が悪くなった都市の中を、一騎の戦士が駆け抜けていた。ザルソバに乗った紺である。
彼女は都内に入ってから地上に降り、そして中心に近い位置に行ってから、ザルソバを止めた。すぐ近くには、あの大鬼がいる。彼女に向けて地上戦を仕掛ける気だ。
「おい桔梗! 私はここにいるぞ! 勝負しろ!」
魔法で拡大させた声で、大鬼を挑発する紺。その声は充分大鬼も届き、相手は今のいる方向へと振り返る。
「グガァアアアアアアアアッ!」
目の前にいる紺、というより彼女が跨がっている乗馬に、大鬼は威嚇の声を上げた。
見るからに強そうな魔物が目の前にいる。それだけで彼女は相手に敵意を示した。
大鬼の角が雷撃の色を纏う。その両角の先端の中心に、電撃が放電管のように放たれて、一個の雷撃を形成していく。
雷撃が生み出されている間、紺はさっき手に入れたばかりの新刀の柄に手をかけ、そこに己の力を注ぎ込む。
それと同じくして、騎乗しているザルソバも力を溜め始めた。彼のイッカクのように立派な角が、白い聖なる光を纏い始めた。
「ガァ!」
大鬼の雷球から、極太の雷撃光線が放たれた。それは凄まじい速さで、紺とザルソバに向けて飛んでいく。
紺は構えを取っているが、攻撃を行おうとはしなかった。その代わり、ザルソバの角が、聖なる光の力を、一気に解放した。
ドゥン!
通常の落雷の音とはだいぶ違う、空爆でも行われたかのような爆発音が鳴る。全く避けようとはしなかった紺とザルソバは、雷撃を正面からまともに受けた。
雷鳴と雷光の後、大量の煙が着弾点に巻き上がる。だがそれはこれまでとはどうも違う。煙の量も、地形の破壊具合も、これまでよりもずっと小さい。
やがて煙の中から、無傷の二人の姿が現れた。二人の周りには、球状の光の結界で守られていた。それがあの雷撃を完全に防いだのだ。
「グォオオオッ!」
相手がまだ生きていると理解した大鬼は、再度雷撃を放とうと、角に力を送り込んだ。だがその前に紺が、力を溜めに溜めまくった刀を、野球のフルスィングのように大きく振った。
横向きに発射された斬撃が、大鬼に向かって飛んでいく。その白い光の飛刃は、軌道を進むごとに巨大化して、ビルすら斬り倒せそうなレベルにまでなった。
それは魔法の力によって、放たれたものではなかった。以前蘇芳が使った技、己の生命力をエネルギーとして放出する、気功の技である。
ザギン!
気の刃は、大鬼の二本の角に命中した。鋼より頑丈な両角が、大根のように切り落とされ、地面に落ちていく。纏っていた電力は、あっというまに空気中に放射されて消えていく。
角が短くなってしまった鬼の姿は、少しだけかっこ悪くなってしまった。
「確かにこの刀、強いんだな」
あの時鶯に渡された時には、この刀の性能はいまいち判らなかった。だが今なら判る。今の気功攻撃の時の、力の増幅率・斬撃力は、確実に以前使っていた刀より上だ。
「グギャァアアアアアアアッ!」
己の最強の武器を破壊されてしまった大鬼。だが彼女の戦意は消えなかった。そもそも今の彼女に、退却するという発想は微塵もない。
巨大な足を踏み込み、紺達に向かって走り出す。そしてその足で、紺達を踏みつぶそうとする。だがその攻撃は簡単によけられてしまった。
踏み潰される瞬間、ザルソバが横に動く。すぐ脇の地面が踏み潰されて、地震が起きたかのように大地が揺れた。
大鬼の身体はあまりに大きい。そのためその動きは、等身大の者から見れば、スローモーション映像を見ているかのように、ゆっくりとした動作になっている。
歩幅が大きい分、走る速度は相当なものだが、遠くからでも動きがよく見えるその巨体から、逃げおおせるのはそれほど難しくない。
回避行動をザルソバに任せている間に、紺は次なる攻撃を開始した。紺の刀がまた気の光を纏う。
今度は刃を飛ばすのではなく、刀身そのものを巨大化させた。以前九十九神を両断したのと、同じ系統の技である。
紺は目の前にある、大鬼の足めがけて刀を振った。刃が飛ばないならその攻撃は空振りに終わるはずだが、刀身は振られると同時に、元の十倍以上の長さに伸び、振り終えると同時に元の長さに戻る。
そしてその刃の軌道上にあった大鬼の足は、その刃が通り抜けた。伸びる斬撃によって、大鬼の右足が付け根の部分から、伐採樹のように斬り倒された。
「ガァアアアアアアア!」
足を失ったことで、大鬼はバランスを崩して、その巨体を地面に倒していく。ズドン!とさっきの踏み潰し攻撃と同じぐらい、大地が揺れた。




