第六十八話 女神の裁き
それぞれの車両から、その通信命令が発せられる。鉄士達は、ますます困惑した。
「戦闘準備? 俺達全員にか?」
「たった二匹に、ちょっとおおげさすぎないか? 先頭の奴らだけで、やっつければいいだろ?」
命令なので、皆戸惑いながらも次々と下車していく。後続の車両にいた鉄士達は、アリの大群のように移動し、その魔物が出たという先頭の方へと近づいていく。
そしてそこにいる姿に、全員が驚愕した。
「おい、あれ麒麟じゃないのか!?」
「やばいだろ、あれ! 私たち全員でかかっても勝てる相手なの!?」
「隣にいる、でかいイノシシは何だ!? あんな魔物見たこともないぞ!」
車両団に立ちふさがったのは、ザルソバと牡丹鍋に乗馬した、紺一行とレイコだった。鉄士達は一様に、あれに乗っている女子供は何者かと、騒ぎ立てる。
レイコが牡丹鍋から飛び降りて、鉄士達にゆっくりと近づいてくる。背中に刀を差した、見慣れない異国の服を着た子供の姿に、鉄士達はますます困惑した。
レイコは息を大きく吸い、彼らに向かって叫んだ。
『私は君らが女神と読んでいる存在、レイコだ! 君らがしようとしていることは、完全に過去の盟約に背く行動。すぐに依頼を放棄して立ち去りなさい!』
恐らく何かの魔法を使っているのだろう。レイコの発した声は、メガホンのように空気中によく響いた。それは鉄士の大軍全員の耳に、よく届いただろう。
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
その場は一時、夜のような静寂に包まれた。唐突なとんでも発言に、皆が固まっている。
やがて数十秒後。その大型街道を中心に、大地を揺るがすほどの笑い声が木霊した。
「ぎゃはははっははははっははははははははははっ! 今何て言った!? このガキ!?」
「女神だとよお!? 馬鹿見てい! ぶはははっ!」
「イノシシに乗ってりゃあ、誰でも女神になれるとでも思ってるのかあっ? 最近のお子様は想像力豊かだなあっ!」
「ぶひひひひひっ! やばい、まじやばい! 腹がよじれて死んじまう! ぶははははっ!」
落語会場など目じゃないほどの爆笑の嵐。もう誰が何を言ってるのかすら、ほとんど聞き取れない。
突然謎の生物に乗って現れた人物に、皆が緊迫していた中で発せられた言葉。それによって一気に緊張の糸が切れ、それが反動になって皆が大受けしてしまったのだ。
誰一人目の前の人物が、この世界が長く尊んできた、女神レイコ本人だと信じる者は誰一人いなかった。
「お前ら旅芸人かあ? その麒麟もどきとイノシシ、よくできてるなあ。鉄士試験の時の偽物より、本物っぽいぜ~」
リーダー格の鉄士が、レイコを指差して、馬鹿にするような口調で、ザルソバと牡丹鍋を褒める。レイコは冷めた目線で、彼らの姿を見つめ続けている。
「……馬鹿どもが」
この様子に浅葱が、怒りや呆れを通り越して、彼らに哀れみの感情を抱いてしまった。
もしこの場に、浅葱のような貴族出の鉄士が一人でもいたならば、状況は少し変わっていたかもしれない。
貴族達は皆、一般人と違って、幼い頃から正しい教養を受けながら育ってきた。だからレイコの本当の姿や来歴を、きちんと知っている。
だが鉄士達は、ほとんどが平民の出である。平民たちはみな、演劇や本の売上に都合が良いように、好き勝手に改竄されたレイコ像を教えられて育ってきたのだ。
教科書に貼られた、絵に描いたような美人さんの写真を、レイコ本人の姿だと信じているのだ。
レイコはゆっくりと背中の得物を引き抜いた。爆笑冷めぬ鉄士達の多くは、その行動に気づかない。気づいた者もいたが、どうせ玩具だろうと、誰も気に止めなかった。
「………万雷砲」
レイコがゆっくりとそう唱え、その刀身に己の莫大な魔力を込め始める。
「がはははっ! ふうふう、もうこの辺にしようぜ。皆、さっさと仕事に戻るぞ! 車にもど…………はい?」
鉄士達が、ようやく落ち着いた時には、もう手遅れだった。
レイコの刀身が、青い稲妻の光を帯びている。その光の強さは、辺り一面を青一色に染めるほどだった。
やがて鋒から、ボールのような球形の青い雷球が形成された。一個のお団子を串で刺しているような形だが、これはそんな美味そうな物じゃない。
その雷球から感じ取れる、あまりに膨大な魔力を感じ取り、鉄士たちの笑いが一斉に止んだ。生まれてから今までに、一度も見たことがないような、強すぎる魔力。それを垂れ流しながら、こちらに向けてニコリと穏やか笑みを浮かべるレイコ。
この光景に鉄士達の感情は、笑いから恐怖へと、百八十度回転した。
「……まっ、待て。落ち着こうじゃないか? ひとまず話を……」
冷や汗を垂らしながら、対話を求めてくるリーダー格の鉄士。だがもうレイコは止める気はなかった。
「死にさらせえっ!」
ビガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
雷球から、何筋もの電光が放たれ、鉄士達目掛けて発射された。その様子は、某三つ首怪獣の引力光線のよう。
一度に十光は発せられる電光が、機関銃のように秒間数発に渡って発射されて、鉄士達の身体に落雷していく。
「ぎゃああああああああっ!」
「たっ助けてくれ!」
「こんなもの! ぶぎゃあ!」
雷に打たれ焼かれ、真っ黒な髑髏(漫画的感電表現ではない)に変えられていく鉄士達。その強すぎる電撃は、彼らの血と肉を一瞬で炭にし、欠片も残さず吹き飛ばした。
雷は一発につき、まとめて数人は仕留めている。一度直撃を受けた者の身体から、更に何筋もの電光が放射されて、近くにいる者に命中していっている。
防御魔法の結界で受け止めようとするものもいたが、電光はその結界を紙のようにあっさりと破り、相手を感電即死させた。
空を飛んで逃げようとしているものもいたが、それに気づいたレイコが、狙いをつけてまとめて撃ち落とした。
車に乗り込んで逃げようとする者もいたが、彼らは車ごと落雷を受けて、車両もろとも爆死した。
笑い声の嵐から一転して、阿鼻叫喚地獄のような悲鳴の嵐。走って遠くへ逃げようとしても、雷の速度を超えることができずに、皆次々と殺されていく。
意を決して、雷を避けながら、レイコに飛びかかっていく者もいた。だが彼らは電撃を避けきれず、敵の元に到着する前に落とされる。
「ふははははははっ! 見ろ! 人がゴミのようだあっ!」
何だか変なテンションになっている。楽しそうに笑い声を上げながら、大虐殺を続けるレイコ。
先に逃げるものを狙って、攻撃を続ける様子から、彼らを一人も逃す気はないようだ。街道の方を走っていく者は後にし、脇の小道や林に逃げ込もうとする者が、真っ先に殺されていく。
ほんの少しの間に、鉄士達の数は、最初の半分以下にまで減ってしまっている。レイコは先日、紺によって一度殺されて、力が弱まっているはずである。にも関わらずこのパワーだ。
電光を放ち続けるうちに、鋒にある雷球が、空気を抜かれた風船のように、徐々に縮んでいく。魔法の消費によって、鋒に溜め込んだ電力が減ってきているのだ。
最初はサッカーボール程もあった大きさの雷球が、やがてピンポン玉ぐらいになると、弾けるように消えた。
「ようし二発目いきま~す!」
まだ敵は残っている。レイコは再度、同じ技を撃とうと、鋒に雷の魔力を注ぎ込みだした。
「やめんかぁああああああああああっ!」
もう誰にも止められないかと思われたとき、意外なことに紺が動き出した。レイコの背中を思いっきり蹴飛ばして、攻撃を無理矢理やめさせる。
鋒に貯められた電力が、一瞬で空気中に掻き消えて、魔法は強制停止させられた。
雷撃の嵐は止んだが、誰も彼女に反撃しようとはしなかった。完全に戦意を失った鉄士達が、次々と逃げ去っていく。
これは完全に協会からの依頼放棄だが、こんな化物相手に立ち向かってまで、依頼をこなそうとする者は一人もいなかった。
後ろから蹴られて、うつ伏せ状態で倒れ込んだレイコ。刀を杖にしながら、ゆっくりと起き上がり、紺に顔を向ける。
「あははははっ、ごめんごめん。つい調子に乗りすぎちゃった♪ 止めてくれてありがとうね♪」
これもまた意外なことに怒っておらず、逆に紺に感謝するレイコ。頭をかいて、本当にすまなそうにして礼を言う。
「それにしても、紺が止めに来るなんて意外だね。敵に情けはかけないタイプだと思ってたけど?」
彼女の知識では、黄を人質にした賊に対して行ったことから、そういう人間なのだろうと認識していた。ゆえにこの行動は、レイコを僅かながらに驚かせた。
「ああ、私がむかついた相手ならな・・・・・・」
正直言うと、笑われたのがレイコではなく自分だったら、恐らくさっきのレイコと同じように、自らの手で皆殺しにしたような気がする。
なら何故止めたのかというと、紺はこう思う。人間というのは基本的に、自分事と他人事では感覚が違うと言うことだと。
鉄士の軍勢はもう殆んど姿を消し、その場には、大量の黒髑髏と肉炭・大破した輸送車両・紺達一行が残された。
車両団とは別に、街道を歩いていた旅人も複数いたが、この騒ぎに驚いて全員逃げてしまった。レイコの攻撃のコントロールは抜群で、彼らに巻き添えを受ける者は幸いいなかった。
一連のレイコの行動に、紺だけでなく、他の三人もかなり引いた……
「レイコ様って……ああいう人だったんだ……」
青ざめた顔で、黄がそう呟く。
「レイコのことを、学校ではどう習ってた?」
「すごく慈悲深くて、争いを好まない心の広いお方だと……」
「私のところもそう……」
黄にかけられた浅葱の問いかけに、隣にいた躑躅も一緒に答える。実にありきたりな聖女像である。だが浅葱は貴族の学校で、彼女がしてきたことを詳しく知っている。
「ならば覚えておけ。これが現実だ。あの人は気に入らない相手は、何のためらいもなく虫のように殺す人だ……」
すっかり静かになった街道。とりあえず用は済んだので、一行は再び猪神京目指して転移魔法を使う。一行の姿は、天狗のようにあっというまに、その場から消え去った。




