第六十五話 最後の強化
社殿の中で、レイコが全てを話し終えたとき、外はすっかり暗くなっていた。
紺は未だに顔を引きつらせ、黄と躑躅は意外すぎるレイコの実像に唖然とし、浅葱は何やら難しそうな顔をしている。
最初に言葉を放ったのは紺だった。
「……とりあえず、あと百発ぐらい殴らせろ!」
「多いよ。半分ぐらいにまけて」
「わかった」
言われたとおり、紺はその場で、レイコに五十発の拳打を浴びせた。魔力を溜め込んだ必殺パンチを50発である。
無抵抗の相手に、拳を血で濡らしながら、次々と殴りつける姿は、ほとんど児童虐待・暴力犯罪である。だがこれを、本人も了承している場合はどうなるのだろうか?
他の三人は、この様を止めればいいのかどうか、判別ができない。一応相手は自分たちの国の最高位者なのだが……。
彼らはただ事態を見守るしかなかった。やがて、紺の制裁が終わった。
五十六回殴られ続け、レイコの顔は血みどろで肉も骨も砕けて原型を留めていない。
確実に死んでいる。それから待つこと数時間、緑色の光と共にレイコは復活した。
「うぉおおおおおおおおっ!?」
社殿の中にあったテレビで、レイコの持っていたBDアニメを見ふけっていた紺。
あれだけ顔を砕いたのに蘇ったレイコに過剰に驚いている。ちなみに他の三人はさして驚いていない。この中で緑人の再生場面を目撃したことがないのは、紺一人であっただけに。
多少はびびったものの、紺はすぐに自分を落ち着かせて、再度会話を始めた。
「そんでさっきの話の続きだけどさ・・・・・・。私が向こうに飛ばされてから今日まで、あんたは一体何してたんだ? 向こうでは全然出てくる気配がなかったけど?」
向こうの世界では、土地神達ですら居場所が判らず、完全に音信不通だった。
こっそりこちらを監視していたようにも見えない。何しろさっき、紺がこの世界に戻ってきたのを、大分驚いていた風だった。
「漫画とかアニメとかゲームとかしてた……」
「「はあっ?」」
一瞬ふざけているのかと思ったが、実際この女は、ここに来る直前までアニメを見ていた。
「いやさあ……。緑光石を作ったり、継承者を選抜したりしてる間に、手をつけてないのがすごく増えちゃってさ。それでそれを一気読みしてたの……。ああ、よかったら紺にもそれ、全部買ってあげようか?」
「「…………」」
紺は怒りを通り越して呆れてしまった。まあ、この手の作品を見たがる感情は、紺自身も判らなくもないところがあったのだが。
紺とは違って浅葱の方は、最初の紺と同じく、相手を殴りつけたい衝動を覚えていた。
「ああ、勿論それしかしてなかった訳じゃないよ? こっちから紺の周りのフォローとかを色々と……。まあとりあえず。いきなり巻き込んじゃってごめんね!」
頭を下げて本気で謝ってくるレイコ。あの解釈の仕方には、本人も後から多少なり後悔したらしい。だが少し謎の発言があった。
「フォロー?」
「猪市の上層部に手を回して、紺の学校には休学扱いにしといたよ。一応家族にも事情は話したし」
「事情を? 話は通じたのか?」
異世界に行ってきたなんて、そんな話、どうやって信じさせるのか?
「私の魔法と牡丹鍋を見せたら、結構すんなり信じたよ」
レイコは隣にいる一頭の子イノシシに目を向ける。少し違和感のある話だ。魔法はともかく、こんな見た目普通の動物を見せて、何の証拠になるのだろう?
「少し話に入ってもらってもいいか?」
会話に浅葱が割って入ってきた。
「え? ああいいぞ」
紺のほうもこの後、何を言うべきか迷っていたので、難なく了承する。
「レイコ、あなたに三つほど聞きたい」
幼い頃から崇拝していた相手なのに、何故か呼び捨てにする浅葱。なんかもう色々と、どうでも良くなってきたのかもしれない。
「まず一つ目ですが、この街にそんな手回しをするということは、最初から紺を帰すつもりだったのか?」
「ええ、まあ。大陸の再生作業は、別にそう急ぐ話じゃないからね」
確かに寿命のない彼女からすれば、時期を急ぐ理由もない。紺が復学して卒業するまでの期間など、実に短いものだ。
「二つ目ですが、さっきの話を聞く限り、紺の不老不死は、俺たちにもかかっているのですか?」
「そうだよ。君たちも紺と同じように、死んでも生き返れる体質になってる」
この言葉に浅葱も、後ろで話を聞いていた黄と躑躅も、さして驚かなかった。女神の話が出てきてから、薄々気付いていたことだ。
ただ不老ということは、もうこれ以上肉体の成長はしないということ。その事実に、まだ成長途中だった少年と、背の低さを結構気にしていた少女=黄と躑躅は、かなり残念に思った。
「僕、ずっと子供のままなんだ……」
「私もずっと背が低いままか……。そうならなくても成長しなかった気もするからいいけど……」
「……何ていうか……すまん」
リアルピーターパンとなってしまった二人。改めて言われて罪悪感を覚える紺。
だが血を与えられなければ、元より命はなかったのだ。誰もそれを責めたりはしなかった。
「不老の力を消すことは、ちょっと今は無理だよ。まだその辺を本格的に研究したことがないし。でも不死を消すことはできるよ」
「不死は?」
それはつまり、緑人及び緑人の眷属は、死ぬことができるということだろうか?
「私が調べた限りだと、本人に生きる意欲が完全になくなれば、死んでも二度と生き返れなくなるみたい。この力って、基本的に人の心の強さと繋がってるからね。生きたくなくなるくらい心が枯れると、その力は無くなるんだ」
「お前はまだ枯れてないのか?」
「まだまだ大丈夫だよ。私って精神力にはすごく自信があるから♪」
紺の問いにレイコは元気よく答えた。確かにこの様子だと、後千年は生きられそうな気がする。
紺も、そのくらいの年月、心を支え続けられるかどうか、少しチャレンジ精神が沸いてきた。
「最後の質問ですが、あなたは紺を飛ばしてから、岩木地の様子を一度も見なかったのですか?」
「最初の辺りは、時々見てたよ。黄君の母親を助けた辺りまで。その後はまあ、別に大丈夫だろうと思って、ずっとこの街にいたよ」
「では政府と鉄士協会が、紺を力ずくで手中に入れようとしたことは知らないのですね?」
今まで楽観的な様子だったレイコは、この言葉を聞いて初めて表情を曇らせる。
「詳しく聞かせてくれる?」
それから時間が経ち、紺達は経緯を事細かにレイコに話した。レイコはさほど表情を変えなかったが、内から静かな怒りが感じ取れた。
「へえーーー、そんなことあったんだ。ごめんね紺。あの連中には君に対しては、怖がるか、媚を売るかどちらかしかないって見くびってたよ」
どこからか転移させたのか、レイコはいつのまにか、一本の日本刀を持っていた。
全長一メートル、刃渡りは恐らく70cm前後。標準サイズの刀だが、レイコは身体が小さいため、黄と同じように、大太刀のように背中に差している。
「今からあっちへ乗り込むのか?」
「うん。約束破ったお仕置きはしないとね。でもその前にやっておきたいことがあるんだ」
レイコは背の刀を、その場で抜刀した。
「紺、君は殺されるたびに強くなって、しかも自分を殺した相手の能力を手に入れてたね?」
「ああ、これはお前と同じじゃないのか?」
殺さる度に強くなるという話は、さっきのレイコの過去話にもあった。
だが殺人相手の力を取り込めるという話は一度も出てこなかった。レイコの扱う術は、全て自身の鍛錬で身につけたものだ。
「前者は同じだけど、後者はないよ。あんな力、私も計算外だった。多分こっちの世界の人間の体質の違いか、もしくは作るのに協力してもらった土地神の力のせいかは、私にも判らないけど。でもとりあえず、それで試したいことがあるんだ」
「何だ?」
するとレイコは、己の武器の切っ先を、突然紺に向けた。
「紺の再生強化は、あと一回で終わるよ。後はこれ以上強くならない。それどころか一度死ぬと、一時的に力が弱体化するようになる。二月ぐらいすれば元に戻るけど」
「特撮の再生怪人みたいだな」
「そうだね。そうなる前に“殺らせて”欲しいんだ♪ 何十もの系統の技を覚えた私に殺されれば、君の力はどうなるんだろうって……」
銀朱に殺されたときは、水魔法と海洋生物を操る力、二つの能力を同時に手にしていた。身につける能力は、一回につき一つとは限らないらしい。
それを踏まえて、目の前のレイコの手にかかるとどうなるのか? それは紺も興味を持った。
「よし、いいぞ。やってくれ」
「それじゃあ、いっきま~す♪」
この日、夜更けの神社の中で、一件の双方合意の殺人事件が発生した。




