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不死の女神  作者: 大麒麟
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第六十二話 門

 ザルソバの背に乗った一行は、空を航空機のように高速で飛んでいく。ザルソバは四本の足を、水中を泳ぐように動かし、空中をグングン前進する。

 みんな戦いを終えて、緊張が解けた後。遊覧飛行のように周りの風景を楽しんでいたが、やがて浅葱が口を開いた。


「お前、今どっちに向かってるんだ? 熊千代神社はこっちではないだろう?」


 紺がザルソバに命じて進ませている方向は、一応拠点にしていた熊千代神社とは、全く別方向だった。


「ああ、六王国の方に向かってる」


 紺が口にしたのは、彼女が最初にこの世界に舞い降りた国の名だった。


「えっ? それじゃあ緑天店に帰るんですか?」

「いや、そっちには用がないんだ。前に熊千代が言ってた“門”のことでな……」


 門。レイコが手軽に異世界移動できるように作ったという存在。名前からしてワープホールのようなものだろう。最初それは、手がかりなしでは、見つけようがないと思っていた。


 だが先日、臙脂の召喚獣に殺されて、紺は彼の召喚魔法を体得した。

 しかも臙脂本人の魔法を、遥かに上回る力を持っているのだ。それだけでなく、空間の力の流れという物を、感覚的に読み取れるようになったのだ。


 紺が心を研ぎ澄ませて、空間の力の流れを読み取った。そうしたら遥か東の方角、六王国の方に、強い空間の歪みがあることに気づいたのだ。


「それが門だと? まあ、確かに他に探すあてはないだろうが……」

「お前ら、物語にあった女神降臨の話覚えてるか?」


 もちろん皆覚えている。だがそれは全て物語の創作であることが判っているのだ。


「空から舞い降りたって話ですよね? でも紺さんの読んだ本や、浅葱さんの話では、それは作り話だって聞きましたよ? 僕が授業で習ったのは、嘘だったって……」

「ああ。その話の出元は、デタラメだったかもしれないけどさ。嘘から出たまこと、てやつか? 案外当たってるかもしれないぜ」

「「??」」


 いまいち話が見えない一同。紺は昔を懐かしむように、こう言った。


「何せ私自身が、空から落ちてこの世界から来たからな……」





 長距離の旅は実に短時間で終わった。恐らく列車を使うよりも、手早く簡単な旅立ったろう。一行はいつのまにか、六王国の領内に到着してしまった。


 領内に入ってから、目的地を通り過ぎないよう、少し速度をセーブする。深い森の上を進み、やがて見覚えのある、あの大きな河川が見えてきた。

 少しの間、その河の上を走っていく。やがて、浅葱が何かに気づいた。


「本当だ。確かに妙な力の流れを感じるぞ」


 空間系の魔法を使えない浅葱も、ここまで接近すれば、やはり判るようだ。黄と躑躅は未だに判らないようだが。

 やがて河の上のある一点で、紺はザルソバを停止させた。そして方向転換させて、再び走らせる。その方向は、雲と青空が広がる、上空の方角だった。


「わわっ!?」「上ですか!?」


 一行は、ザルソバから落ちないように、しっかり背中にしがみつく。

 ザルソバはどんどん上へ向かって飛んでいく。それはやがて上空千メートルを超えて、肌寒い風が吹き付けてきた。ザルソバはそれでも、主人の命令に従って、上に進んでいく。


「あれって!?」


 やがて魔法の使えない黄も、“それ”に気がついた。真上に見える青い海のような世界に、一点だけ円形に歪んでいる部分があるところを。


「突っ込むぞ!」


 ザルソバは迷わずその歪みに直進していった。やがてそこへの距離は零になり、その歪みに衝突した。


 その直後……紺・黄・躑躅・浅葱・ザルソバの四人と一匹は、この世界から消えた。





 気がついたら世界が変わっていた。

 人生論や時代変化の比喩によく使われる言葉だが、今回に限っては比喩ではなかった。上空千八百メートルの世界から、一転して一行は土と石畳で覆われた、大地に降り立っていたのだ。


 彼らの周りには、林・社殿・社務所といった見覚えのある風景がある。そこは神社の境内のど真ん中だった。

 岩木地にある神社と、全く同じ文化様式の神社。だがそこは岩木地ではなかった。この場所を知っているのは、一行のなかでは紺のみ。そして紺にとって、全ての始まりとなった場所。


 皆が呆然とする中、紺は歓喜に震え、両手を挙げて叫んだ。


「おっしゃぁあああああああああああああっ! 帰ったぞぉおおおおおおおおおおっ!」


 そこは紺が日本を離れる最後にいた場所。猪神社だったのだ。林の木々で見えないが、この神社の周囲には、猪神王国にはない様式の建物が、無数に立ち並んでいるのだ。

 季節は夏をとっくに過ぎ、空気が寒くなり始める秋の季節になっていた。時刻は向こうの世界よりちょっと進んでいるようで、空に浮かぶ太陽が、赤くなって下降中である。


 彼らの頭上には、目では見えないが、入った時と同じ、円形の空間の穴がある。

 そう、これこそが熊千代が言っていた門に違いない。元の世界への帰り道は、入口と同じ場所にあったのだ。あまりに単純な真相に、今まで全く思いつかなかった。


「……ここが紺さんの世界?」

「ここは神社のようだが、何を祭っている神社だ?」


 異世界に来たという実感が、未だに湧かない仲間たち。

 そうしている内に、紺の叫び声に反応したのか、目の前の社殿の内部から「うわわっ!」と、誰かの声が聞こえた。


 その声を聞いた紺が、喜びから一転、鬼のような憤怒の表情を見せる。


「そこかぁああああああっ!」


 ザルソバから下馬し、社殿の方へと突撃する紺。賽銭箱をハードルのように飛び越え、閉じられていた社殿の扉を、ぶち壊さんばかりの力で開け放った。

 そこで紺はついに見た。自分がずっと探し求めていたものを……


「や、やあ紺。久しぶり……」


 社殿の中にいた、紺にとって面識のない人物が、若干怯えながらも、こちらに向けて喋った。


 社殿内部はどうなっているかというと、そこには宗教施設には似つかわしくない物が設置されていた。

 木製の床の上に、大きな家庭用テレビがあったのだ。見た感じからして、かなり価格が高そうな、大型ハイビジョンテレビだ。


 それは現在電源がついていて、画面には高画質のアニメの映像が流れている。

 そのアニメのキャラクターに、紺は見覚えがあった。紺の記憶では、そのアニメは、まだ三話ぐらいまでしか進んでいなかった。だが画面に映っているシーンは、見たこともない場面だ。

 それが録画かBDかは不明だが、恐らく紺が向こうの世界にいる間に、話数が進んでしまったのだろう。

 そう思うと、紺の怒りは更に炎上していった。


 そのアニメを社殿内で、体育座りで鑑賞していた人物は、見た目十歳ぐらいの子供だった。

 人種は純人。肌色や顔の造形からして、日本人と同じ黄色人種だろう。その子の傍らには、一匹の幼いイノシシが座っている。


 身長は目算で130cmほど。服装は半袖の青いパーカーと、灰色の半ズボン。この季節としては、随分と薄着である。髪の毛は短く整えられていて、中性的な顔立ちをしている。

 一見すると、とても性別の判断がつきにくい外見だが、紺にはすぐに判った。この子供に面識はないが、その顔自体には覚えがあった。それは青龍京の図書館の本に掲載されていた写真と同じ顔である。

 そして先ほど放たれた声にも、聞き覚えがある。隣にいるウリ坊に至っては、直にこの目で見たこともあった。


 以前浅葱が甚五郎から聞いた『いくつかの世界で戸籍を作って、屋敷を持っていたりもしたそうだ』という言葉。そして不自然に真新しいこの謎の神社。

 紺の中では、既に結論が出ていた。


 その子供は、どうすればいいのか判断しきれず、紺を怯え顔で見つめている。

 そんな子供の様子に、紺は一度ニッコリと笑った。そして拳を握り締め、一気に表情を崩して、その方向に拳を移動させた。


「レイコォオオオオオオオオオオッ! 歯ぁあ、食いしばれえぇえええええええ!」


 紺の拳が、砲弾のように速く力強く放たれ、それがその子供=レイコの顔面にナイスショットした。


「がぶぅううううううううっ!」


 パンチを放った紺の右腕の肘が曲がり、拳の方向が真上に折り曲げられてアッパーカットの形となる。


 レイコの小さな体が、その衝撃によって真上へと吹き飛ばされた。そのまま神社の天井に激突し、屋根を突き破って外へと飛び出した。

 レイコは鼻血を撒き散らしながら、当たりを刺された黒ひげ危機一髪のごとく、高々と空を優雅に舞い上がった。


「誰だあの子供?」

「楽しそうに飛んでますねえ~」


 外から社殿の様子を見ていた浅葱たちは、突然天井からロケットのように発射された謎の人物を見て、そう口にした。


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