第六十話 韓紅
そんな騒ぎが起きている大通りに、死体など目もくれずに姿を現すものがいた。身長二mはありそうな、巨漢の龍人の侍だ。状況から言って彼もまた、腕利きの鉄士だろう。
彼は腰に差した得物を引き抜いた。刃渡り90cmの大太刀だが、この体躯の彼ならば、難なく腰に差すことができた。
彼の刀は、紺と同じ緑色の光と風を纏っていた。どうやら風の魔法の使い手のようだ。
そして上空でホバリング中の黒竜=紺目掛けて、一気に刀を振った。空を斬る剣撃から、標的目掛けて風の刃が飛ぶ。
それは軌道を進むうちに、空気中で拡大・巨大化していき、最後には竜の巨体さえ、両断できそうな巨大な刃になった。
『痛っ!』
その大刃を食らった紺が、虫に刺されたような痛みを感じた。なおも男の風の刃は飛び続け、かなりの確率で命中していく。だがそれに、紺を墜落させるような威力はなかった。
飛行中の紺は、その巨体を浮き上がらせるために、浮遊魔法で身体を大幅に軽くしている。
体積に比べて体が軽くなると、その分外部からの衝撃が、全身に伝わりやすい。そのため飛行中の者は、陸上にいる時と比べて、防御力が低下する。
その分を差し引いても、紺と男の実力は圧倒的で、風の刃は紺にほとんどダメージを与えていない。
『あれどうしよう? このまま無視して出発するってのもありだけど……』
「しかし放っておくと、追撃されて面倒になりかねん。潰せるものは潰しておいたほうがいい」
黒月を仕留めた浅葱が、戻ってくるなりそう答える。
『なら火を一発撃つか? 街や人が大勢巻き添えになるけど、それは協会側の責任ということにすれば……』
「待ってください! 僕が黙らせてきます!」
黄がそう言って、紺の背中から飛び降りた。高さ数十メートルからの、紐なしジャンプ。だがそんなことは問題ではなかった。黄の肉体は、着地の衝撃に苦もなく耐えて、男の目の前に立つ。
この様子を見て男は、相手がただの子供ではないと悟る。だがだからといって、目の前の子供が、自分の相手になるとまでは思わなかった。
「小僧、なかなか鍛えているようだが、だからといって過信はしないことだ。俺の狙いはあの洋竜の上にいる女神のみ、貴様には用はない」
「お前!?」
どうやら敵は、相手が女神だと判っての上で、攻撃を加えていたらしい。さすがにあの竜が、女神本人とまでは思っていないようだが。
さっきの黒月という鉄士は、言動からして躑躅を紺だと思っていたのかもしれない。紺が葉人のフリをしていたことは、協会総本部も知っているのだろう。
「ふざけるな! 紺さんを傷つけようとする奴を、僕は絶対に許さないぞ! お前は僕が倒す!」
「……馬鹿なガキだ」
男は風の刀を、黄目掛けて振り下ろした。黄も振り下ろされる刀身目掛けて、自身の刀を振り上げた。倍以上の体格差がある、両者の剣撃が激突した。
硬い金属音と共に、一本の刀が空中に舞った。
「馬鹿な!?」
得物を叩き飛ばされたのは、男の方だった。油断していたとは言え、目の前の小さな子供が、自身の豪腕を弾き返した事実を、即座に理解できなかった。
「やぁああああああああっ!」
刀を弾かれた姿勢のまま、放心状態の男に、黄が追撃をかけた。渾身を奮って、男の体に刺突を与える。
黄の手に、グチュリ!と肉を刺す感触が走った。黄の長刀は男の心臓を、焼き鳥のように串刺しにしていた。
「…が…?」
何も判らぬままに、男は意識を失い、その場で倒れ込んだ。これを見て自分の殺人行為に、やや嫌悪感を覚えた黄だが、同時に紺の役に立てたと高揚した。
周りの野次馬が、困惑した顔で見つめる中、黄の頭上の天空から、何か紐のようなものが舞い降りてきた。
「これは? ああ、躑躅さんありがとうございます」
それは頭上でホバリング中の黒竜から、下に伸びてきたロープのように太く頑丈な、一本の蔓植物であった。
黄はそれを両手で掴む。すると蔓は一気に引き上げられ、黄は井戸の鶴瓶のように上空へと引き上げられる。
ちなみに名を名乗る機会もなく死んだ、今の男の名は韓紅。白銀級鉄士である。
黄を回収したあと、紺達一行は再び王宮に出発しようとした。だが二人の鉄士の相手で時間を取っている間に、また別の敵がこちらにやってきたようだ。今度の相手は一人ではない。
周囲の建物の屋上に、魔道士と思われる鉄士達が次々と現れて、こちらに対空攻撃の準備を完了したところだったのだ。
「撃てえ!」
ひと組の一団だったらしく、リーダーの指示と共に、上空の黒竜めがけて一斉に魔法攻撃が放たれた。
火炎弾・電光・風刃・光矢、多種多様な魔法が、逆向きの雨となって、黒竜に襲いかかる。黒竜の巨体は的として当てやすく、それは次々と命中していった。
『チクチク痒いな。今度はどうするか?』
それはさっきの二人より、遥かに格下の者の攻撃だった。だが相手は複数。彼ら全てを火の息吹で空襲すれば、間違いなくここら一帯を火の海にするだろう。
「今度は私がやります!」
大火災になっても、別にいいかと思い始めたとき、言葉を発したのは躑躅だった。
立ち上がり、頭の植物に力を込め始める。躑躅の頭から、一輪のヒマワリのような、大きく立派な花が咲いた。それは猛スピードで成長したかと思うと、一瞬で枯れてしまった。あまりに速い植物の一生だ。
枯れた大きく丸い花から、生まれでた種子が零れ落ちる。いやこれは零れるというレベルではない。花から種子が、下に向かって高速で飛んでいるのだ。
ガガガガガガガガガガッ!
大量の種子が、機関銃の乱射のように、ものすごい威力で撒き散らされる。
それはただ適当に飛ばされているのではない。全ては下から対空攻撃を仕掛けている、魔道士達目掛けて発射されているのだ。
「がっ!?」「げっ!?」「ぎゅお!?」
鋼よりも硬い種子が、魔道士達の身体を次々と撃ち抜いていった。防護結界で防御したものもいたが、その結界は僅か数発の種子弾丸で、皿のように簡単に破壊されてしまった。
建物の屋上にいた魔道士達が、バタバタと倒れて、あっというまに全滅してしまった。
彼らの他に、こちらを攻撃するものの姿はない。
『よし、雑魚戦終了! さっさとラスボスの所まで行くぞ!』
「はい!」「おう!」「いきましょう!」
長らくホバリングしていた黒竜が、今度こそ王宮めがけて再出発した。
王宮はすぐに見えてきた。日本の皇居並みに巨大な場所なので、探すのに迷う必要もない。鷹のように優れた黒竜の視力が、そこに大量にいる兵士達の姿を視認する。
『どうやら、向こうも待ち構えてたみたいだな! ようし、一気にぶち壊す』
「いや、ちょっと待て。何か様子がおかしい」
「僕もちょっと変だと思う。お願いです、すぐに撃たないで」
同じく強化された視覚能力で、王宮の様子を観察していた浅葱と黄が、紺の攻撃態勢に待ったをかける。
「あれはどう見ても、外部からの敵に備える布陣じゃないぞ。兵の配置もそうだが、城壁の周りにいる砲兵たちの向きが、全く逆だ」
王宮の各部に、対空攻撃に優れた大砲や魔法兵が配置されているが、彼らの向きは、王宮の中央、王居の方に向いている。
つまり王が住んでいるはずの場所に、砲口を向けているのだ。これでは王宮を守っているというより、王宮を攻撃する準備をしているように見える。
やがて城壁を超えて、王宮の内部に入る。兵達は頭上の黒竜の姿に注目はしているものの、誰一人攻撃してこようとはしなかった。
この黒竜が、敵である紺であることぐらい、政府は知っているはずなのだが。
『何なんだいったい?』
王居の前に出ると、その馬鹿みたいに広い庭園の中に、大勢の兵士が輪のような陣営を組んで立っている。
その中央の開けた部分には、一人の武士が、こちらに向けて手で何かサインを送っている。
「何してるの、あの人?」
「さあ? 攻撃の合図にも見えませんね……」
黄と躑躅が揃って首を傾げる。そのサインの意味は、紺にも通じなかった。だがその動きは、いつかテレビで見た、ヘリポートの着陸の手信号のように見えた。
「着陸許可が出ているぞ。しかも何故か歓迎されている……」
『はあ?』
あの手信号の意味は、浅葱には通じたらしい。何か良く判らないが、指示された通りに兵達が開けている円形の着陸地に舞い降りた。




