第五十九話 黒月
紺達一行が王国軍と一悶着起こした翌日の昼。王都・猪神京にある猪神王宮。国王の住居・政務・守護をまとめて担う重要な建物である。
高い塀に囲まれて、内部には多くの建物・庭園があり、中央には日本の城公園のような場所である。中央には大仏殿のような、巨大な王居がある。
その王宮だが、今日はずいぶん内部が賑やかだった。警護をしている武士・兵士が、いつもの数倍、おおよそ一万人はいる。彼らは皆鎧兜に身を包んで完全武装状態だ。
各地の建物には、持久戦に持ちこたえての兵糧が運び込まれている。まるでこれから戦争を始めるような光景だ。
だが陣形は、城攻めに備えるものとは、どうも様子が違うようだ。塀の近くにいる兵は少なく、部隊は中央に行くほど高密度に設置されているのだ。
最中央の王宮には、おおよそ二千の大部隊が、建物を取り囲んでいる。彼らの目線は王宮の周囲ではなく、王宮そのものに向けられて、皆緊迫した面持ちだった。
これは戦争というよりも、まるで今にも逃げ出しそうな猛獣を、檻の外から監視しているようだ。
王宮に配置された部隊を指揮している臙脂は、王居近く建物に設置された緊急対策本部にて、通信機を通して誰かと話している。
『……駄目です。あらゆる手を使って、全都民に呼びかけましたが、避難の準備を始めているのは一割程度しかいません』
「概要は全部伝えたんだろう!? 何故だ!?」
『伝えましたが、信用してくれるものが少なすぎて……。多くの都民が、“ふざけたことを言って、皆を街から追い出そうとしている! いったい何を企んでいる!”と非難の声を上げておりまして……。しかも鉄士協会が、女神出現の根拠は一切ないと表明していて……』
臙脂の焦った顔が、途端に怒りの表情に一変する。
「馬鹿な!? 紺様のことは、奴らも情報を掴んでいるはずだ! 何か企んでいるのは、そっちじゃないのか!? くそっ! とにかく、引き続き避難を呼びかけろ! もしこちらに何か起こったら、力ずくでも街から追い出せ! 反乱が起こってしまっても、この際構わん!」
臙脂は通信を切り、頭を抱え始めた。今王宮内で起こっていることは、最初から予想したことではなかった。だが都民のこの反応は、全く考えもつかなかった。
(……まいった。王居にいる“あれ”が私らでも倒せる相手だといいのだが。下手をすれば私らも、この猪神京の住民も……全員殺される)
切迫した事態に頭を抱える臙脂。この事態を何とかできそうな人物は、今朝にでもこの猪神京に到着する予定だった。だがそれは、何者かに誘拐されて消息不明。
状況から言って、あの蘇芳という鉄士が最有力容疑者だが、明確な証拠がない。もし鉄士協会に問い合わせれば、協会はこれを口実に再度政府を非難し、国民に同情を呼びかけるだろう。
そんな時、本部内で別の通信機から、各地の様子を聞き取っていた武士が、大慌てで臙脂に報告した。
「大変です、臙脂様! 近隣各地の町村の駐在憲兵からの報告で、洋竜が一頭、この猪神京に向かっています!」
この言葉に、本部内の者たちがどよめいた。竜とは霊獣の一種で、この世界では神聖な動物として大切に扱われている。だがその全てが人間に友好的な訳ではない。
特に洋竜は、本来この世界にはいない種類の竜であり、警戒が必要な相手である。しかも最近になって、東の地方にて、洋竜が人を襲う事件が起こっている。そのすぐ後には 辺境の小国がそれとは別の洋竜に滅ぼされた。
本部の者達がざわざわ騒ぎ出す。ただでさえ王宮内が大変なのに、外部からも敵が現れたのでは?という不安感を持つ者が半数。残りの半数は、ある事実を知っているがために、その洋竜に期待を寄せる者たちだ。臙脂もその一人だった。
「その洋竜の体色はどうだった? 黒い竜ではなかったか?」
「え? ええ、そういう報告です」
この時臙脂は全てを悟った。
「王居前に、着陸地を開けろ! お迎えするんだ!」
空の上を一頭の黒い洋竜が、飛行機のように物凄い速さで飛んでいる。そしてその風圧を物ともせず、平然とその黒竜の背に乗っている、三人の若者たち。
隠すまでもなく、竜変化をした紺と、彼女の仲間達である。
昨日の戦闘の後、一時間ほどして紺は蘇った。身体が光の粒子化して、切り離された頭と胴体がくっつき混じり合い、身体が元の姿に再構築されて生き返った。
蘇った後、紺は例の通り更なる力を身につけていた。しかも紺に取って、ずっと望んでいた新たな特殊能力を身につけていた。
これまでの技と違って、その能力は少し扱いが難しかった。それでこの力を上手く使えるよう、半日以上特訓を重ねて、ようやく形になる技を身につけた。
実のところその技を使えば、自分が乗り物になって飛ぶ必要はない。だけれど今向かう先にいる敵に、それを最初から見せびらかしたくて、この黒竜になって飛んでいる。
またこの後、紺は再度仲間たちに血を与えた。結果予想通り、全員パワーアップした。
これはかなりどうでもいい話であるが、復活して数時間後に、あまり会いたくない方からの伝達が来ていた。
熊千代神社の境内で、新技の実験中に、ピピピピッ!と機械音声が紺の懐から鳴った。紺の資格証の着信音だ。
仲間との通信以外では、初めての外部からの着信である。誰だろうと思ってそれを受け取ると。
『こちら鉄士協会総本部。渡辺 紺に命令する。至急総本部に来られよ! これは依頼ではない、勅命だ! もし従わなかったり、刃向かったりしたら、鉄士資格剥奪もあると思え!』
最初から脅しをかけた、とんだ命令である。大方、昨日の蘇芳からの連絡が途絶えて、焦ったのだろう。
「断る! クビにしたければクビにしろ!」
その場で通信を切ると思いきや、資格証ごと握りつぶしてしまった。粉々になった破片が石垣の地面に落ちる。これでは二度と修復はできないだろう。
「ちょうどいいです。私もやります」
「俺もやる。面白そうだ」
紺の行動を見た浅葱と躑躅は、紺と同じように、自分の資格証を破壊してしまった。
実質、政府と協会両方を敵に回した状況だが、それに不安を感じるものは一人もいなかった。何の気兼ねもなく、その場で紺達一行は、練習の続きを始めた。
「猪神京が見えてきたな……」
広がる森と、多くの街道が見える風景の向こうに、巨大な都市圏が見え始めた。それは遠くから見ても、以前来た青龍京より大きいことが判る。
「猪神京ですか……。私も生まれて初めて来ますが、まさかこんな形になるとは思いませんでした」
「大丈夫だ。これからこの国は大きく変わる。そうすれば俺たちも、気兼ねなくいつでも来れるさ」
「そうしたら僕、また紺さんと一緒に街回りがしたい!」
『うん? 二人でか? ああ、いいぞ。これからの戦いで、街が燃えなければな……』
望遠鏡の倍率を徐々に上げているかのように、都市の姿が近づいて大きく見えてくる。全員が決戦に備えて、武器に手をかけた。
やがて都内に入る。てっきり王国兵からの砲撃があると思ったが、そんなことはなく、難なく都内の上空に侵入できた。うっかり王宮を通り過ぎてしまわないよう、都内上空では大幅に減速させる。
『敵軍は王宮の中か? あっ! イベント来た!』
「あれは王国軍じゃない。誰かが鉄士協会に緊急依頼したな」
王宮に向かう空路の横から、何かが空から接近してくる。それはカラスのように、全身真っ黒な鳥だった。しかも近づいてくると、それは普通の鳥の大きさではないことが判り、しかも上に誰かが乗っている。
「あたしは黄金級鉄士の黒月だ! そこの葉人のチビ以外のお前らの命と、その竜の身体を頂くぜ!」
相当腕に自信があるのか、こちらに薙刀を構えて、堂々と名乗りを上げてくる、三十代ほどの鬼人の女鉄士=黒月。すかさず浅葱が声を上げる。
「誰の依頼だか知らないが、明確な被害・及び危険の可能性が確認されないのに、竜を攻撃するのは違法だぞ!」
竜に乗って空を移動する人間というは、歴史上珍しいが、いないわけではない。
軍からの警告が無かった以上、都市の上空を飛んだからといって、犯罪行為には該当されないはずである。もちろん人が住んでいる所を通るからには、本来は自主規制すべきことではあるが。
「うるせえ! あたしが狩られろって言ってんだから、おとなしく死にな!」
彼女が薙刀を構え、スケボーのような体勢で乗っている黒鳥を、一気に加速させた。これに浅葱が対応した。
「どうしようもない馬鹿だ。俺にやらせろ」
腰の者に手をつけて、居合の姿勢を取る。すると浅葱の身体を炎が渦巻いた。それは竜巻のように、彼女の全身を覆い、その火力が推進力になっているのか、浅葱の身体がゆっくりと黒龍の背中から離れ、宙に浮く。
その姿は、某願いを叶える竜玉作品の、宇宙戦士の飛び方に似ていた。
炎の竜巻が吹き荒れて、浅葱の身体が真正面から突っ込んでくる、黒月の方へと飛んだ。
(速い!?)
見切るのは不可能と瞬時に判断した黒月は、薙刀を構え直し、防護の姿勢を取った。瞬く間に浅葱が、黒月の間合いに入り、瞬時に刀を鞘から引き抜いた。
ガキン!
黒月が盾替わりにしていた薙刀の柄が、浅葱の居合斬りで叩き飛ばされる。結構な業物だったようで、柄を切断されるには至らなかった。
だが居合の剣圧に、黒月の身体能力が耐え切れず、得物を手から弾き飛ばされてしまう。
さらにその衝撃が元で、黒月の身体が黒鳥の背中から叩き飛ばされる。
「うわぁああっ!? こっ、来い!」
黒鳥が即座にそちらに飛んで、主人の救出に向かった。黒月は足元を落下する地面の方向に向ける。そして黒鳥は、自分の背中にその足元が着くように、彼女の真下についた。
結果、見事なコンビネーションで黒月は黒鳥の背中に再着地した。
「ようし! あっ……」
喜んだのも束の間、浅葱は既に、彼女の目の前にまで接近していた。
刀を差し戻したようで、さっきと同じ居合の姿勢だ。そして再度、素早い抜刀を行った。一方の黒月は、さっきと違って身を守る武器を、何も持っていなかった。
炎の刃に、黒月の首が焼き切られた。斬首されて二つに分裂した黒月の亡骸が、街の家の屋根に落ちる。
そしてそこから転がり落ちて、事態を傍観していた野次馬たちのいる、大通りに落下した。
「うわぁあああっ、死体が落ちてきた!」
野次馬達が騒ぎ、主人を失った黒鳥は、明後日の方向へと飛び去っていった。




