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不死の女神  作者: 大麒麟
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第五十八話 赤い解放

「紺さんを返せ! この悪党!」

「噂では聞いてましたが、こんなに腐った人だったなんて……あなたは民衆の英雄だったんですよ! 絶対に許しません!」


 黄と躑躅が、蘇芳に武器を向けて強い怒号を浴びせる。躑躅の武器はいつもの魔導杖ではなく、さっき熊千代から貰った木刀だった。


「依頼主を裏切って、女神を誘拐とはな。ここまでいくと、もはや言い逃れはできないぞ! これを機に、貴様のこれまでの悪行を全部暴いてやる!」


 何やら浅葱が随分嬉しそうな様子で声を上げる。この蘇芳という鉄士、民衆の評判とは対照的に、貴族たちの間ではとてつもない悪評判だった。

 平民たちにはいい顔をして、貴族に対してはひどく横柄な態度。更には何かと言いがかりをつけて、多くの貴族から金を強請っていたという噂は、浅葱も聞き及んでいた。


「へえ…。確かにこの死体女が言えば、みんな信じるかもな~。あの土地神が助けに来たあたり、こいつが女神だってのは本当みたいだし。でもさあ、それだと裁かれるのは私だけじゃないぜ?」

「ほう……誰がいる?」


 あくまで余裕の態度を崩さない蘇芳に、浅葱が怪訝な表情を向ける。


「鉄士協会さ。こいつを誘拐するのは、協会の指名依頼だったんだぜ。もしこれで協会が潰れたら、あんたらも仕事なしだぜ?」

「それがなんだと言うんだ? 俺は別に鉄士でなくなっても構いはしないが?」


 あっさりした浅葱の回答に、蘇芳の余裕の表情が途端に崩れた。


「私もそうなっても構いません。友達も大切だし、協会の人たちが、あなたみたいな人ばかりだと言うなら、私たちがやっつけます!」

「協会だとかなんとか、そんな話知るもんか! 紺さんを傷つける奴は、誰だって僕の敵だ!」


 次々と武器を向ける一行。これに蘇芳は余裕から一転して、腹を立て始めた。


「ああ~~うっせえうっせえうっせえ! 何て苛つくガキどもだ! 上等だ! 全員皆殺しにしてやるよ」


 蘇芳は背負っていた紺を無造作に下ろし、即座に抜刀した。その場でしばし、三対一の睨み合いが始まる。

 最初に動き出したのは躑躅だった。彼女の頭の草の部分から、二本の蔓が生え始めた。それはどんどん伸び、イカの触腕のような姿になる。先端の部分は少し太く、しかも槍のように鋭い突起型となっていた。


(蔓の鞭か? そんなのすぐに斬り落としてやるよ!)


 その蔓が一気に動き出した。蘇芳は即座に構えたが、蔓が向かったのはこちらではなかった。向かったのは……


(えっ!?)


 グサッ!


「うぐっ!」「がっ!」


 躑躅の伸ばした蔓は、すぐ近くにいた味方=浅葱と黄の腹部に、その鋭い突起を捕鯨砲のように突き刺したのだ。躑躅の突然の攻撃に、一瞬苦悶の表情を向ける二人。


「……何してんだ?」


 首を傾げる蘇芳。仲間割れかとも思ったが、刺された二人は痛みを感じながらも、何故か平静の顔だ。

 そうしている間に、躑躅の体内から、この蔓を通り、二人の体に何かが送り込まれていく。それは注射器で薬を入れるかのように、どんどん二人の体内に注入されていった。

 その時二人の中で何かの変化が起きた。全身の筋肉・感覚・魔力・気、その全てが極限までに増大され覚醒する。


 二人は一度下を向いて俯き、そして突如顔を上げて声を出した。


「うがぁあああああああああああっ!」

「がぉおおおおおおおおおおおおっ!」


「……?」


 目の色が野獣のように変わり、何やら雄叫び声を上げはじめる、鬼人と龍人の若人達。この急変に蘇芳はちょっと引いた。

 二人は武器を構え直し、イノシシのように蘇芳に突進した。


「ぐっ!?」


 降りかかる二本の剣撃。それを一撃目は一歩引き下がって避け、二擊目を己の得物で受け止めた。炎の刀と鍔迫り合いを行う蘇芳。感じる力はさっき戦った時とは、まるで力具合が違った。

 強烈な剣擊の圧力に耐え切れず、蘇芳は吹き飛ばされるように後ろに数メートル引き下がった。危うく得物を弾き飛ばされるところだった。怯む蘇芳に二人は躊躇なく追撃を与える。


 二対一の剣戟が再度始まる。今朝の戦闘とは違い、今回は浅葱と黄が圧倒的優位だった。二本の剣撃を捌ききれず、どんどん後ろに追いやられる蘇芳。その顔に初めて焦りの表情が浮かんでいる。

 不意に背中に何かが接触したのを感じた。何かが当たったのかと思うと、蘇芳の向かっていた背後には、林の大木によって後退を阻まれていた。


「ひいっ!」


 逃げるように横に転がり落ちる蘇芳。浅葱の炎の剣技が、その大木を真っ黒にして切り倒す。逃げた拍子に転んでしまった蘇芳に、黄が追撃を与えた。


 ザクッ!


「ギャァアアアアアアアア!?」


 黄の全力全開の一撃は、蘇芳の右脚の脛の辺りに命中した。

 強靭な肉体ゆえに切断までは至らなかったが、銀朱が所持していた大業物の刀が、彼女の足の皮と肉を切り裂き、骨と神経を半分近くまで斬り込んだ。


 痛みに涙を浮かべながら、相手を見上げると、浅葱がこちらに向けて剣を振り下ろす態勢に入っていた。

 だがその剣はすぐには振られない。時間を置きながら、刀身の炎の力がどんどん増強されていくのが判る。必殺剣の為の力を溜めているのだ。


「ギャァ!?」


 さっき攻撃を受けた右脛から、再度凄まじい痛みを覚え、悲鳴を上げる蘇芳。足元を見ると、黄が脛骨にめり込ませていた刀を、一気に引き抜いたところだった。

 自身の血で染まったその刀を、今度はこちらに向けて振った。蘇芳の身体にではない。倒れながらも右手に持っていた刀にだ。


 カキン!


 一連の事態で武器を握る手が弱っていた蘇芳。そのせいで黄の未熟な剣技に、あっさりと刀を弾き飛ばされてしまう。


 蘇芳の手から弾かれた刀が、ブンブンとブーメランのように回転しながら飛ぶ。軌道の先にあった、幹の太さが30cm程の樹が、豆腐のように簡単に一刀両断された。

 そして更にその先にあった大木に、刀身全体が埋まるほどに、深々と突き刺さった。あの刀の斬れ味は、どれほど恐ろしいものだったのだろう?


「わっ、判った! 私の負けだ!」


 足と武器をやられて、勝算はないと即座に判断した蘇芳。両手を挙げて降参のポーズを取る。だが相手はそれを許してはくれなかった。


「グガァアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 浅葱の武器の刀身には、限界以上の火力をついていた。もう元の武器の姿が判らないほどの、獄炎に包まれている。

 そしてまるで獣のような雄叫びを上げながら、抵抗の術がない蘇芳に、全力で刀を振り下ろした。


「ひゃあっ!」


 子供のような泣き顔を見せながら、その獄炎の刃の接近を見届ける蘇芳。そして全てが終わった。


 ザジュアアアアアアアアアアッ!


 斬れる音と焼ける音が同時に発せられる、奇妙な音が鳴り響いた。蘇芳の身体は、頭の天辺から、尻の先まで、横向きに一刀両断された。

 その姿は“斬る”というより“割る”と言った方がいいかもしれない。


 野菜のように真っ二つにされた蘇芳の身体からは、一滴の血も流れ出なかった。切断面が血管もろとも焼かれてしまったからだ。

 その焼け跡は、以前海坊主を斬った時とは比べ物にならない。まるで漫画によくある失敗料理のように、見事に真っ黒に焦げているのだ。


「があっ! があっ! があっ!」


 足元の蘇芳の亡骸を見下ろす、半ば正気を失った状態の浅葱。


「……浅葱さん?」


 最初は同じ状態だった黄は、蘇芳の末路を見て若干落ち着きを取り戻し始めた。

 声をかけられ、顔を上げる浅葱。そして周りの光景を見て、一瞬のうちに意識が覚醒した。浅葱の視界に入ったのは、さっきの必殺剣の余波で生まれた飛び火が、近くの藪の葉っぱに引火して、燃え広がり始めた光景だった。


「いかん! また山火事になる!」

「「また?」」


 大慌てで浅葱は消火活動を始めた。幸い今回は、森の植物たちに大層な被害は出なかった。




 消火活動を終えた後、一同は蘇芳が投げ捨てた、紺の入った遺体袋に駆け寄った。袋にくくりつけるように、紺の刀が入った袋もついている。


「これは大層な高級品で縛り付けたものだ……」


 遺体袋を縛り上げている金属の鎖は、相当なレベルの霊素材が使われた最上級品である。これは最上級の魔物を捕らえる時に使われるものだ。並みの武器ではビクともしない。


「とにかく外します! 紺さん、今出します!」


 黄が鎖を手にかけ、己の腕力で引きちぎって見せようと試みる。


「んぐぅーーーー!」


 全身全霊の力を込めて、鎖を引っ張るが、当の鎖はビクともしない。黄はそれでも諦めず、ずっと力を入れ続けた。

 鎖との格闘は二分にも及んだが、一向に引きちぎれる気配がない。


「……もうよせ」

「いやです! ぶぼっ!?」


 浅葱は無言で黄の顔に張り手を食らわせた。驚きとともに、黄はうっかり鎖から手を離してしまった。その反動で海老のような体勢で、後ろにひっくり返る。


「何するんですか!?」

「手を見ろ。血が出てるぞ」


 両掌を見やると、力の入れすぎで手の皮が少し剥がれて、出血を起こしているの見えた。


「無駄に時間を費やすより、もっと効率の良い方法を探せ。そうだな例えば……いや待てよ!?」


 何か閃いたのか?と黄と躑躅が注目する。


「もしこの状態のまま、こいつが復活したらどうなるのか興味が……」


 途中まで言わずに発言を止めた。何だか黄の方から、憤怒の感情と視線が感じ取れたからだ。


「……まあいい。とにかく素手では効率が悪い。ここは今手にした俺の武器を試すとするか」


 浅葱がその場で抜刀する。よく見ると彼女の持っている刀が、いつもの物と違うことに気づいた。


「浅葱さん、その刀は?」

「蘇芳が持っていた得物だ。さっき拾って頂いた」


 今朝の戦闘も含めて、蘇芳と刃を交えた浅葱の刀は、大分刃が傷んでいる。一方の蘇芳の武器の刀身は、全くの無傷だった。双方の武器の性能差がはっきりと判る。


 あの蘇芳という女、最初は捕まえる予定だったが、勢い余って殺してしまい、この刀は持ち主を亡くしてしまった。

 そのため、今の自分の得物にちょうどいいと、今さっき自分がぶっ殺した女の得物を頂いたのだ。


 浅葱の剣が、再び炎の魔法を纏った。何となしに今まで使っていた刀よりも、炎の刃が研ぎ澄まされているように見える。

 刀の火力は、さっき蘇芳を斬った時ほどではないが、かなり強力に力を溜め込んでいく。


「ちょっと浅葱さん!? そんなことしたら紺さんまで!」

「大丈夫だ。こいつは不死身だ。まあ、もしかしたら生き返るのが遅れるかもしれないがな」


 黄がどよめく中、浅葱の刀が鎖を遺体袋ごと焼き切らんばかりに、振り下ろされようとしている。


「ちょっと待ってください! 私にやらせてください!」

「!?」


 突然の躑躅の言葉に、浅葱が振り下ろすのを緊急停止させた。少し焦り顔で制止をかけた躑躅に、二人の目が向く。


「何か案でもあるのか?」

「はい。うまくいくかどうか判らないんですけど。前に紺さんから、もう一回血を貰ったとき、色々と新しい技をついたと言いましたよね?」

「ああ。さっきの薬物強化とは別の技か?」

「はい、とにかくやらせてください!」


 浅葱の刀の炎が、蝋燭の火のようにあっさりと掻き消えた。そして紺の側から離れ、躑躅に場所を譲る。


金酸液きんさんえき!」


 躑躅の頭からまた蔓が生えてきた。ただし今回は一本のみ。先端部分は前と同じく少し膨らんでいるが、あの鋭い突起はついていない。


 それは蛇のようにシュルシュルと動き、遺体袋の前に先端を近づける。鎖の上についたとき、先端が割れた。蔓の先っぽが花弁が開いたかのように、三つに分割して開いたのだ。

 割れた蔓はヒトデ型に開き、正面から見ると三本指の動物の手のように見える。その中心部に、ホースのように躑躅の体から伸びる、管の出口があった。


 その口から、何かが出てきた。怪しい色彩の黄色い液体だ。それが花にジョウロで水やりするがごとく、鎖に吹きかける。


 ジュワアアアアアアアアアアアァッ!


 肉を焼くような音と煙が、その場で発生した。液体に触れた瞬間、銀色に輝く金属の鎖が、その音と白い煙を発しながら、みるみる黒く変色していくのだ。

 躑躅が体内から出したこの液体は、某名作映画の宇宙生物と同じく、酸性の体液だったのだ。しかも対金属に飛び抜けて優れたタイプである。


 与えられた酸量は、少しだけだったが、それでもこの鎖の強度を、破壊可能なレベルまで弱めるには十分だった。やがて音も煙も消えたあとで、後には炭のように黒くなった鎖が残された。


「もう大丈夫だから。黄君お願い」

「はっ、はい!」


 黄はさっきと同じようにして、鎖に掴みかかる。さっきの力の入れすぎで、まだ手は痛いのだが、状況的に今なら大丈夫な気がしてきた。そしてグッと鎖を両側に引っ張ってみる。


 バキン!


 そんなに力を入れていないのに、さっきはあれほど苦戦させられた鎖が、藁のように簡単に引きちぎれた。


「やっ、やった!?」

「よし、出すぞ!」


 紺の拘束を解き放てたことに、大喜びの黄。即座に鎖を全て解き、遺体袋を引き裂いて中身を出した。


「「「!!!!」」」


 袋からゴロンと転がって出てきたのは、血に濡れた女の生首だった。ゲイランに斬られた紺の首と胴体は、一緒にこの袋の中に詰め込まれていた。


 鎖を解くのに夢中になっていた一行は、その中に何があるのかを、すっかり失念していた。

 そして不意打ちにそのスプラッタな場面を見せられた一行は、一瞬心臓が止まりそうになり、同時に絶叫を上げそうになるのを必死に堪える。


「…………何をしている? 大間町ではもっと多くの死体を見ただろうが!」

「そっ、そうですね。ううっ、うん!」


 浅葱の言葉は尤もだが、いきなり見せられてあまり気分のいいものではない。三人とも吐きそうな青い顔を浮かべながら、この死体をどこに運ぶか検討し始めた。


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