第五十四話 ゲイラン
「……お前はゾンビか?」
何となく正体が読めて、紺は彼女に質問した。
「ゾンビ? それって屍人のこと?」
「ああ、死体が勝手に歩く化物を、私の故郷ではそう呼ぶんだが……同じ意味で合ってるか?」
「うん、合ってるよ」
ゾンビ少女=ゲイランは、両腰のククリナイフを抜刀した。演舞劇のようにクルクル回転させたあと、一瞬で二刀流の構えをとって、紺と対峙した。紺も改めて風の日本刀を構え直した。
双方同時に足を踏み込み、紺とゲイランの刃が激突した。
「さあて、こっちもやりますか?」
様子を見ていた蘇芳が、再び浅葱たちに刃を向けた。本来彼女が受けた依頼は、紺の確保である。彼女らに戦いを仕掛ける必要性は、本当はない。
だが暴力欲求を求める彼女に、話は無駄だろう。
「痺花!」
躑躅が麻痺の花粉を吹きかけた。その花粉の嵐は、近くにいた浅葱と黄を、上手い具合によけて通り、まっすぐ蘇芳へと飛んだ。
蘇芳をそれを避けようとも防ごうともせず、正面から受けた。大量の花粉が蘇芳の身体の周りの空気を染め上げ、彼女はその花粉の混じった空気を吸い上げた。
「おお、すげえ毒だな。少しビリっときたよ」
だが蘇芳には、さほど大きな効果は出ていないようだった。長年に渡って鍛え上げたその肉体には、躑躅の作り出す毒も通らなかったのだ。
「躑躅は下がっていろ。この手の敵に、お前は不利すぎる。俺がやる!」
「僕も戦います!」
躑躅を後ろに下げて、浅葱が火の魔法剣を蘇芳に向ける。黄も紺からもらった刀と、覚えたての剣術で、蘇芳と対峙した。
二対一の攻防が始まる。無数の剣戟による金属音が鳴り、火花が舞い散った。黄と浅葱はあまり上手くできているとは言えないが、それでも二人の攻撃を全て受け止めている蘇芳の剣術は相当なものだ。
「へえ、二人とも強いねえ。そんなに高能力なら、やっぱり黄金級か? あんたらのこと噂に聞かないけど」
「いや、まだ赤銅級だ。最近になって、少しずるい手で力を得たのでね」
何十合という剣戟の後、双方が一旦距離を取る。
浅葱が炎の刃を放ち、それを蘇芳が全てなぎ払った。その隙を突いて黄が、敵に突進した。だが黄の攻撃はたやすく受け止められ、刃を交えた状態のまま足を上げ、彼の腹に蹴りを食らわした。
「ぐうっ!」
サッカーボールのように吹き飛ばされる黄。超人的な脚力で吹き飛ばされた小柄な身体は、二十m以上飛び、地面をバウンドしながら近くの樹に激突した。
「そっちの坊主もなかなかだが、経験がたりないなあ~」
相変わらず馬鹿にした口調の蘇芳。黄はすぐに立ち上がり、浅葱と共に再び激突した。
紺とゲイランとの戦いも拮抗していた。ゲイランの剣術は、蘇芳と同じく魔法を纏わない純粋な身体能力で繰り出されるものだった。
だがその強さは蘇芳より上で、紺とほぼ互角、いや僅かだがゲイランが押している。
「りゃあ!」
風を纏った大振りの一撃。ゲイランはその小柄な身体を、体操選手のような軽やか動きでジャンプし、攻撃をよけた。
そして空中でヨーヨーのように回転しながら落下し、二本のククリナイフを紺に振り下ろす。
「ちいっ!」
紺はギリギリで、それを受け止めることができた。全身に力を込め、ゲイランの刃を相手ごと弾き飛ばす。
ゲイランは数m後退したが、すぐに体勢を立て直して再突撃した。ゲイランが繰り出す二本の鎌のような刃。紺の攻撃と比べると威力は低いのだが、かなりの速度で、俊敏に繰り出されるそれに、紺はだいぶ苦戦させられていた。
既に二発ほどくらっており、左肩と腹の部分に、浅い切り傷が付いている。
「紺様、お願いです! 我々と一緒に来てください! この国の権威を取り戻すには、あなたの力が必要なんです!」
ゲイランの召喚者である臙脂が、戦闘中に紺に向かって叫んだ。
「そんなの知るか! そっちがどうだか知らないけど、こっちにはお前らを助けてやる義理なんてないんだよ! …てうおぉ!?」
紺が臙脂に向かって叫んだ瞬間に、ゲイランの刃が紺に向かって飛んだ。隙をつかれた攻撃をかわしきれず、紺の顔に細い傷がついた。
「てめえら、随分汚い手を使うじゃないか! 大した武士だな!」
「それは!?」
そのつもりは無かったのだが、結果的に卑怯な攻撃をすることになり、臙脂は動揺した。それにはゲイランも反応した。
「ああ、ごめん。ちょっと待つから、話をしてもいいよ」
ククリナイフの乱撃を中止し、臙脂に手を向けて、会話を催促してきた。だが紺は彼に話すことなどなかった。
「いや、別にいい。馬鹿はもうほっといて、こっちは続けるぞ!」
「そうだね。空気読まずに話しかける馬鹿は、無視しよう♪」
「…………」
双方から馬鹿と言われ、臙脂はそれ以上何も言えず、押し黙る。
再び始める剣戟、素早さで押すゲイランと、力で受け止める紺。少しずつ紺が後退していく。ゲイランはククリ二刀を十字型に交差して、紺の正面に斬りかかる。
紺はそれを風の刀身で受け止め、その場で鍔迫り合いに持ち込んだ。ゲイランの顔が、自分の顔のすぐ近くにある。紺にとっては、この体勢はチャンスだった。
「はあっ!」
目線数十cmの距離にある、ゲイランの目を睨んで、紺の目が魔法の光を放つ。石化眼だ。
「!!?」
至近距離でその光を見てしまったゲイランの身体が、一時硬直した。屍人相手に聞くかどうか不安だったが、相手の動きを止めることぐらいは出来たようだ。
紺はこの隙に一気に攻撃を仕掛けた。石化眼に魔力を回した結果、魔法剣の力は低下しているが、すぐに魔力を補充して剣に力を込める。
「たりゃあ!」
紺の刀が、ゲイランのククリナイフを弾き飛ばした。そしてがら空きになった身体に、手加減なしで剣撃を与える。
ザシュッ!
渾身の力で振り下ろされた風の刀が、ゲイラインの左胸を切り裂いた。血色悪い肌が割れて、そこから血が飛び散る。死体であるためか、出血量は普通より少ない。
その後も数発に渡って剣撃を与えていく。最初に与えた渾身の一撃と比べると、傷口は浅いが、着実にゲイランの肉体に攻撃を与えていく。
「あわわわっ!」
得物を弾かれて、更に相手の攻撃を何発も受けて、ゲイランは慌てている。石化眼による麻痺は既に解けていた。
彼女は攻撃を受け続けて怯んではいるものの、あまり痛みを感じているようには見えない。しかも身体の傷が、最初に受けたところから順に、少しずつ小さくなっている。
常識ではありえない速度で、彼女の傷が治癒しているのだ。
(やっぱりゾンビは少し勝手が違うか。こういう時は火か光の属性なんだけど……私の技は竜への変身しかないな……)
ここで大きな竜が火炎放射を放ったりしたら、鎮守の森を始めとした、この辺一帯が山火事になりかねない。
攻撃の息が切れて、剣戟の嵐に隙ができる。ゲイランはその一瞬のうちに、そこから走り出し、落とした武器を拾おうとした。だが素早く体勢を整えた紺が、ゲイランの前に立ち塞がった。
「りゃあ!」
全力を込めて、ゲイランの腹を上向きに蹴り上げた。ゲイランの身体が宙を舞い、近くの大木に叩きつけられて、人形のように地面に転がっていく。
ゲイランが立ち上がろうと動く最中、紺は刀身に大量の魔力を注ぎ込んだ。必殺攻撃の準備だ。
ゲイランが片足を上げたところで走り出した。そして横向きに刃を振った。狙った箇所は彼女の首の部分だ。
「かっ!?」
ゲイランの首が、ワインの抜栓のように空を飛んだ。頭と胴体が切り離され、切断面から滴ほどの量の血が飛び跳ねる。
(やった!)
ゲイランを斬首した紺は、勝利を確信した。彼女がずっと前に見た映画では、ゾンビは頭が弱点だった。
確か首の骨を折られただけで、倒された場面があったのを覚えている。ようするに脳が神経を通して、身体に意識を伝達するのを、不可能にすればいいのだ。
だが目の前の現実は、映画とは大分異なっていた。
打ち首にされたゲイランの頭が、空中を一時舞ったが、そのまま重力に従って落下したりはしなかったのだ。頭が空中のある一点で、そこで鳥のホバリングのように空中静止したのだ。
「へっ?」
この現象に唖然とする紺。切断されたゲイランの首が、紺の目上で風船のように浮いている。
そしてこちらを、面白そうな顔で見詰めている。日本の古い怪談にありそうな、あまりにホラーな光景だ。




