第五十五話 斬首
これは何かの魔法だろうか? そう思考した紺に、大きな隙を作ってしまった。
首の目下にあるゲイランの首なし胴体が、デュラハンのように動き出したのだ。そして間近にいる紺の腹に、さっきのお返しと言わんばかりの蹴りを与えた。
「げえっ!?」
全く想定していなかった奇襲に、紺は大きく動転して攻撃をまともに受けてしまう。
動き出したのは胴体だけではなかった。浮遊していたゲイランの首が、見下ろしている紺めがけて、カワセミの狩りの様に、物凄い速度で急降下した。
「ぐあぁああっ!」
ゲイランの空飛ぶ生首が、大口を開けて、紺の右肩に噛み付いた。
肩に走る痛みに、紺が悶絶する。彼女の歯の硬さと、顎の力は凄まじかった。その力は、ククリナイフの攻撃よりも強烈かもしれない。
ガリッ!
犬のように噛み付いていたゲイランの首が、紺の体から離れた。攻撃を中止したわけではない。ゲイランの歯が、紺の肩の肉を食いちぎったのだ。
ゲイランの口に、紺の服と肉の破片が咥えられている。かなりの量の肉を持っていかれた紺の体は、内部にある肩の骨が外部から見えている。
屍人の女王の生首が胴体に戻っていく。そしてコケシのように、生首と胴体の切断面がピッタリとくっつき、接合された。
「うぐ…ごきゅん! さあ、もう一回行きますか?」
(・・・・・・あっ! 食った。私の肉・・・・・・)
ゲイランは食いちぎった紺の肉を飲み込んだ後、紺に向かって飛び蹴りを加える。紺は痛みのせいで、避けることも受けることもできずに、その攻撃を受けて仰向けに倒れ込んだ。
ゲイランはすぐに追撃を加えず、その場から走り出して、落とした二本のククリナイフを拾い上げる。そしてそのククリナイフの刀身に、自らの力を注ぎ込んだ。
ずっと純粋な剣術で戦っていたゲイランだが、魔法が全く使えないわけではない。常時、攻撃に魔法強化を加え続けることはできないが、こういう必殺の一撃のためにチャージすることはできる。
刀身が、黒と紫が入り混じったような色で発光した。闇属性の攻撃魔法を纏っているのだ。刃の周囲に、黒い闇のオーラが煙のように渦巻いている。
必殺の攻撃態勢を整えたゲイランは、再度突撃した。紺は刀を構えて防護の姿勢をとる。
ゲイランの最初の攻撃は、力を溜めたククリナイフの一撃ではなかった。右足によるストレートキックだ。
「ぐうっ!」
右肩の肉を取られた紺は、利き腕に力があまり入らない。そのため攻撃を受け止めきれず、刀を弾かれてしまった。
一方のゲイランは、素足で真剣の刃を蹴ったせいで、足の裏が裂けて血が滴り落ちている。だがゲイランはそれを全く気に止めない。屍人である彼女には、普通の傷や痛みなど大したことがないのだ。
そして取っておいた必殺の一撃を、ようやく放った。ククリ二刀が、ハサミのように交差して、紺の首を襲う。
ザシュッ!
今度は紺の首が、空中を舞った。
「「「!!!!」」」
この瞬間、その場のほぼ全員が動転した。ただ一人、蘇芳だけが紺の敗北を見て、せせら笑っている。
紺の首は、ゲイランと違って空中を飛んだりはしなかった。本来のあるべき形で地面に落ち、胴体はその場でうつ伏せに倒れ落ちる。
「……やってしまった…」
臙脂はこれを見て、とてつもない罪悪感を背負うことになった。不老不死の女神は、殺されても数時間で蘇る。だがそれでも自分が、彼女を死に追いやった不敬は覆されない。
召喚獣が好戦的だったなどと、言い訳にもならないだろう。
「やっちゃったけど、いいんだよね? この人、不死身なんだし……」
ゲイラン本人も、やってしまってから、少しばかり気まずいものを感じ取ったようだ。この問いに、臙脂は無言で頷いた。
「ギャハハハハハハハッ! やったなあ、臙脂将軍! これでお前は女神に手をかけた、最大最悪の大罪人だ! さあて、後はこいつらを始末して終わりにしますか!」
蘇芳は見下ろすような態度で臙脂を褒める。そして直後に、皆と同様に事態に動転していた浅葱達に剣撃を叩きつけた。
ガキン!
「くあっ!」
不意を打たれた浅葱は、蘇芳の刀に、自らの得物を弾かれてしまう。さらに攻撃を仕掛けた所を、黄が浅葱を庇う形で、その剣撃を受け止めた。
「おらおらお~ら♪」
次々と繰り出される剣舞。黄一人ではそれを捌ききれず、彼も刀を叩き落とされてしまった。
「やっやめろ!」
臙脂の制止も聞かず、無防備になった二人に、蘇芳は剣撃を振った。
「どげっ!?」
だが声を上げたのは、二人ではなかった。横から暴走者のように突進してきた何かが、蘇芳を弾き飛ばした。その力は凄まじく、屈強な鋼級鉄士である蘇芳に痛手を与え、かなりの距離を吹き飛ばした。
「くそが! 誰だ!?」
十mほど地面を転がった蘇芳は、すぐに起き上がる。そして怒りの感情を発しながら、自分を吹き飛ばした相手を視認した。
「あっ、あの方は……」
臙脂がそれに、驚愕の目を向けた。後ろにいる兵士たちも、これに動揺している。
「「熊千代さん!?」」「熊千代様!?」
浅葱達が揃って、その場に現れた人物の名を呼ぶ。それは木刀を持った、一人の半透明ボディの少年=熊千代だった。臙脂が驚くのも当然だ。
女神の次は、この世界の最高神が現れたのだ。どこまで恐れ多いものに直面するのか……
『お前たち、自分らが何をしたか判っているのか!?』
幼い顔に堪えきれない怒りを放って、臙脂達を睨みつける。弁明のしようがない彼らは、何を言うべきか当惑した。
「うっせえな! てめえ、よくもやってくれたな!」
当惑していない者も中にはいた。蘇芳だ。彼女は自分を木刀で殴ってくれた相手に、即座に仕返しに出た。神である熊千代に、何の迷いもなく斬りかかった。
『貴様!』
それを己の得物で受け止める熊千代。そしてその場で始まる剣戟。木刀と真剣の勝負は、何故か互角だった。
彼が使っている武器は、彼自身の本体=熊千代の樹の枝を研ぎ出し、優れた職人が丹精込めて加工した、霊木の神剣。それは蘇芳の大業物の刀を受け止めても、傷一つつかない。
「やめないか蘇芳! その方を誰だと思っている!?」
「うっせえな! 外野は黙っていろ!」
蘇芳も今自分が戦っているのが誰なのか、既に判っていた。だが彼女にとって、そんなこと知ったこっちゃない。
目の前に気に入らない奴が現れたら、こちらの好きなように全て斬る。相手が子供だろうが聖人だろうが神様だろうが関係ない。今まで彼女はずっとそうしてきた。その度に協会に頼んで殺人をもみ消してもらったり、他人に罪を被せたりしてきたのだ。
殺人すら自由にできる鋼級鉄士という身分に、彼女は最大限に人生を謳歌していたのだ。
「あの馬鹿が! ゲイラン、あいつを止めろ!」
「はいさ!」
ゲイランがククリナイフを構えて、蘇芳に飛びかかった。蘇芳はその場で飛び跳ねて、ゲイランの突撃を回避した。
「汚ねえ死人風情が、私の邪魔をする気か!」
「ああ、そうだよ!」
今度はゲイランと蘇芳の剣戟が始まった。戦闘を中断させられた熊千代は、浅葱達に駆け寄った。
『今のうちに逃げましょう! 僕が逃げ道を案内します!』
「!? でも紺さんが!」
黄がその言葉に異を唱えた。紺の死体は、軍勢の目の前に置き去りにされたままだ。ここで逃げれば、彼女は確実に政府の手に落ちる。
『大丈夫です、あの人は不死身です! それに桔梗があの人から力を得ることは、絶対に出来ません!』
「そうなのか?」
『そうです! 皆さんが生き延びなければ、それこそ本当の意味であの人に迷惑をかけてしまいます。とにかく僕についてきてください!』
浅葱達が落とした武器を拾い上げ、熊千代に付いて森の中を走る。鉄士と屍人の戟音が音が響く中、その姿は木々の影の中に消えていった。




