第五十三話 蘇芳
「仕事の話は、もう少し後だ。何やら面倒な仕事が、知らないところから舞い込んできたようだ」
翌日の朝になって、一行は次の依頼をどれにするか決めるため、一様に資格証を検索していた。だがあれこれ言っている間に、その話題は中断することになる。
感覚能力が大きく強化された彼らは、人の気配を敏感に感じ取ることができるようになった。
それは社殿からかなり遠い位置にいた。だがヌーのように、ぞろぞろと大群でやってくるそれに、気づかないはずがない。
「大変です! 軍隊がこちらに来ています!」
参道前で掃除中だった神職が、大慌てで社殿内にいた紺や神主達に報告してきた。これに社内は、災害が来たかのように混乱した。
「どういうことだ!? 神聖なこの地に軍勢など!? 我々は何か助けを呼んだ覚えなどないぞ!」
神主は閻魔のように怒り心頭だ。ここは宗教施設というだけでなく、世界環境の最重要地でもある。
絶対的な保護を約束されたこの神社に、用もないのに軍勢が訪れるなど、有ってはならないことのはずだ。
「いつかは来るとは思っていたが……ここまで派手にやってくれるとはな。またこの国の名誉が傷つけられてしまった……」
あまりの事態に頭が痛い浅葱。
「軍で攻めてきたってことは、こっちからやり返しても構わないよな?」
「まだ現状が判らないが……恐らく構わないだろうな。どんな理由であれ、これは完全に神域を侵す行為だ」
「とりあえず、こっちから行ってみませんか? 鎮守の森を傷つけられたら大変ですし」
神職達は心配してここから逃げるよう言ってきたが、一行は構わず社殿から出て参道を下っていった。
巨大な鳥居の外側には、祭りなどの日は大勢の参拝客が通ることになる、大道路のように大きな道がある。
その道に、実に大勢の兵士たちが、整列して立っていた。
「うわあ、いっぱいいるよ。しかも戦る気まんまん」
兵士たちは、これから合戦を始めるがごとく完全武装している。隊長クラスと思われるものは、鎧兜に身を包んだ見事な様相である。
彼らの先頭に立っている、指揮官ぽい人物は魔道師服を着ていた。また彼の隣には、明らかに兵士たちと違う身なりの女がいる。見た目は四十代ぐらいの鬼人だ。赤い浴衣姿に刀を差した姿は、紺から見ると、まさに流浪侍といった感じだ。
浅葱はこの二人の姿に覚えがあった。一人は大将軍の臙脂である。そしてその隣にいる一人は……
「あれは蘇芳か!?」
「あの人が!?」
名前だけは知っていたらしい躑躅が、その名に驚いた。
あの鬼人の女剣士は、国内有数の鋼級の鉄士なのである。本来犬猿の中であるはずの武士と鉄士が、今ここで並んで立っているのだ。
「武士が鉄士を雇うとは、随分落ちぶれたな! 臙脂将軍!」
明確な侮蔑の意思を込めて、浅葱が臙脂含めた全兵に声を上げた。臙脂もその他の兵士たちも、これには答えようとはしない。
臙脂一人が前に出て、その場で片足をついて膝まずいた。手に持った魔道杖も、同時に地面に置いている。
「お初お目に申します紺様。私は猪神王国大将軍の臙脂と申します。かつて女神レイコと交わした盟約により、あなた様の保護と教育のため、今ここにお迎えにあがりました」
恭しく、最大の敬意を以て、紺にかつてのレイコとの約束事を口にし、誘いの言葉をかけた。その言葉には、僅かな恐怖と、嘘偽りのない尊崇の意思があった。
「別にいらない。お前ら全員帰れ」
だがその意思を、紺はバッサリと断った。予想できた言葉な上に、元より政治事に巻き込まれるような所に行くつもりなどない。
「いらないと言われましても困ります。これはレイコ様のご意思なのです。紺様がお気に召さないようなものは、絶対にお見せしません。陛下にもきちんと私が説き伏せます。どうか我々を信用してください!」
「信用しろって言われても、説得力ねえよ。こんな完全武装の軍隊で、道を塞いでおいて。しかもご丁寧に、鋼級の鉄士まで雇ってさ」
実際のこの現状と、臙脂の言葉は矛盾している。普通は尊崇している相手に、武器を持って取り囲んだりはしない。
この歓待は臙脂も好きでやったわけではない。蘇芳のことも、自分たちの成果を疑った桔梗が、無理矢理よこしたのだ。
「これは我々の本意ではありませんでした。我々にも止むをやまれぬ事情が……」
「いい加減しろよ、お前ら!」
突然浅葱が話に割って入ってくる。その表情には明らかな怒気が含まれていた。
「こいつが帰れと言ったんだから、おとなしく引き下がれ! 女々しいぞ! 女神の存在は、王よりも格上の存在だと、この国の法律で定められている。ならば貴様らは陛下の命令よりも、紺の命令を優先すべきではないのか!?」
王より格上。大層な話だが、事実である。猪神国で新王家が生まれたとき、彼らは女神の存在を異様なほど祭り上げた。これは新女神の話も、関係していると言われている。
民衆の噂通り、新王家はそのうち、自分たちが新しい女神だと名乗って、自らの権威を高めるつもりだったのかもしれない。
「それは……」
何か言おうとして何も言い返せない臙脂。彼も、彼についてきている兵達も、全員が自分たちの行動に正当性がないと判っているのだ。
どう話に収拾をつけるのか悩んだとき、今までずっと黙っていた人物が、唐突に口を開いた。
「ああ、もう……うっせえなあ! 要するにこいつを殺して、死体を持ち帰ればいいだけだろうがよ!」
今まで傍観していた鉄士・蘇芳が、そう口にしたと同時に、抜刀していきなり紺に突進してきた。前にいる臙脂を通り越して、まっすぐ紺に刃を向ける。
「なっ!? 貴様!」
突然の事態に臙脂が混乱する最中に、蘇芳は自慢の業物で紺に斬りかかった。紺は即座に反応して、自らの刀でその一刃を受け止める。
跪いている臙脂の目の前で、両者の刃が衝突し、硬い金属音を鳴らす。
「ほお、やるねえ。さすがは女神さまだ。ギャハハハハハ!」
下卑た声で、次々と刀を振る蘇芳。
「・・・・・・あの刀は!?」
一方の臙脂は、紺の抜いた刀を見て何故か動揺している。それによって蘇芳の行動に、口を挟むタイミングを逃してしまう。
(うわあ、見るだけで苛つく奴だな……まあ傭兵てのは、普通はこういうもんなんだろうけど。しかし魔法を使っていないのに強いな)
紺の刀は風の魔力で威力強化しているが、蘇芳の刀は魔法等は一切かかっていない。
蘇芳は最上級鉄士だが、魔法は一切使えない。彼女の剣技は、鬼人の身体能力での威力と、長い修行によって得た“気”を使ったものだ。
十数合打ち合ったあと、蘇芳は後ろに飛び下がる。すると彼女の刀が、白く光りだした。その光からは魔力は感じ取れない。純粋な使い手の生命力が注ぎ込まれているのだ。
その光の剣をひと振りすると、光の飛刃が紺を襲った。
(気功波? 前に黄が使ってたのと似たようなやつかな? 最近よくあるよな。そういう魔法と見分けがつかない、戦士系キャラの必殺技って)
その攻撃を受け止めながら、紺はそう考えた。それ以上は深く思考せず、そのまま自身も突進して蘇芳と刃を交えた。
更に二〇合の剣戟が鳴る。最初は互角に見えたが、次第に蘇芳が押されていった。紺の魔法剣の威力は凄まじく、相手との戦闘経験の違いを差し引いても、紺のほうが実力は上だったのだ。
それに気づいた蘇芳は、再び後ろに飛び跳ねて、紺と距離を取った。誰が見ても彼女は押されっぱなしの劣勢だ。
だが蘇芳が次に攻撃を仕掛けたのは、紺のいる方向ではなかった。
「ああ、こりゃあ適わんなあ~。ということでこっちは臙脂さんに任せるわ。私はこっちを殺りますよ♪」
「何を!?」
蘇芳が攻撃の標的にしたのは、紺の後ろで成り行きを見ていた、浅葱・黄・躑躅の三人の仲間たちだった。
(こいつ!?)
これに気づいた浅葱が柄に手をかけ、反撃の手で構える。
「てめえ!」
だがその前に、紺の風の刃が蘇芳を弾き飛ばした。それは見事蘇芳の脇腹に命中した。風の刃に肌を切り裂かれ、葉っぱのように吹き飛ばされる蘇芳。
だが飛ばされた先で、難なく地面に着地してみせた。
「くそっ!」
直撃だったが、とてつもなく強靭な肉体を有しているおかげで、あまり深手を負っていない。怒気を込めて、臙脂に向かって叫んだ。
「臙脂! 何してやがる! ちゃんと仕事しないと、後で陛下にチクるぞ! 陛下の命令に背いて、獲物を見逃したってな! そうすりゃお前も部下も、全員打ち首かもな!」
臙脂がその言葉に苦虫を噛んだ。蘇芳が言ったことは、十分あり得ることだ。
「!! ……やむを得んか」
臙脂が地面に置いた杖を拾い上げた。そしてその場で自らの魔力を集中させた。フェンシングのようなポーズで前に突き出した杖の先端が、怪しく輝き出す。そこから黄色い光の輪が出現した。
フラフープのように細い光輪が、杖の先端を中心にして波紋のように広がって、大きくなっていく。
その輪の中は赤い壁で覆われていた。本来ならばその輪の中には、向こう側の景色が見えるはずである。だがそこには何か得体の知れない赤いもので塞がれていた。それは別の世界へと通じる、魔法の門だった。
その赤い壁から何かが這い出てきた。沼の中から人が這い出てきたかのように、赤壁からヌッと、人の手が出てくる。
それは手だけでなく、やがて全身が出てきた。この光景を見た紺は、あるホラー映画の光景を思い浮かべ、何かを少し期待する。
臙脂はこの国でただ一人、召喚魔法を完璧に使いこなせる人物である。そして今その技を行使したのだ。彼が異世界から呼び出した者、それは……
「屍人の女王。ゲイラン召喚!」
「ふわぁああい……」
それは眠たげに喋る、一人の少女だった。身長は150cmぐらい、紺より年下の十二~三歳ぐらいに見える。肌や顔立ちは、紺とおなじ黄色人種のようだ。
もったいぶって出てきくせに、何とも迫力の欠ける召喚獣である。
身体的特徴はなく、純人のように見える。髪は長く薄茶色で、全く手入れしてないのか汚れ乱れている。
服装は白い下着シャツと半ズボンだけで、あまりに軽装である。服も肌も汚れており、まるで浮浪者のようだ。顔立ちは整っていることから、ちゃんと身体の手入れと、身なりを整えていれば、かなりの美少女かもしれない。
腰の両側には、鞘に収められた二本のククリナイフが差されていた。某ゾンビ映画三作目のヒロインがしていたような装備だ。
パッと見ると、ただの人間の少女が武器を持って立っているようにしか見えない。
だがよく見ると、彼女の素肌の色が少しおかしいことに気づく。彼女の身体の肌色があまりに悪く、血色がほとんど感じられない。まるで死体が立っているようだ。
まあそもそも最初に臙脂が、この少女を屍人だと言っているのだが。




