第五十二話 臙脂
その上で紺は、自分が選ばれた理由がますます判らなくなった。ましてや自分はこの世界の人間ではないというのに。
「まあその条件だと、力と権威に執着している現王家は無理だろうな。それで紺に力を与えた後、レイコ様はどこにおられるんだ?」
その浅葱の質問は、紺も聞きたいところだった。事を起こした張本人らしき人物は、未だに自分たちの前に姿を現していない。ただ紺を空から放り出して、ほとんど放置されているようにしか思えない。
この質問に、熊千代は首を横に振った。
『それは僕にも判りません。石が完成してから、レイコさんは一度も僕たちと連絡を取っていないんです』
当人の消息は不明。どこか遠くで紺のことを監視しているのだろうか? そもそも何故、新しい緑人に異世界人を選んだのか? この世界にはそれほど人材に恵まれなかったのか?
色々疑問に思うことが多いが、紺は自分にとって一番大事な事をまず質問することにした。
「私は元の世界に帰れるのか?」
『ええ、帰れると思いますよ』
あっさりと肯定された。帰れると。
『レイコさんは、僕たちの知らない魔法を使って、別の世界に渡る力を持ってました。場所は僕も知らないんですけど、手軽に世界移動ができるようにする“門”をどこかに作ったそうです。それで時々、異世界へ旅行に行っていました』
「……レイコ様はやはり異世界人なのか?」
『はい、そうみたいですよ』
以前紺が見た、図書館の本に書かれていた説は正しかったようだ。
「てことは、まずレイコってやつを見つけ出さなきゃいけないわけか……。まあどのみちたっぷり仕返ししてやるつもりだったし、ちょうどいいか」
「穏便にしてくださいね。一応この世界で一番偉い人ですから」
躑躅も含めて、全員が紺の言葉に微妙な表情だ。熊千代のほうは、自身が何かしたわけではないのに、紺に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
『何か色々とごめんなさい……。お詫びになるかはわかりませんが、もちろん紺さんが希望すればの話ですが……今後はこの神社でみなさんのお世話をさせてください』
「まあ、宿代が浮くならいいけど……」
この日から一行は、黒石町の宿から、この熊千代神社に拠点を移すことになった。
紺達が熊千代に出会った翌日のこと。
猪神王国の王都にて、この世界最大の都市=猪神京。猪神王室・猪神王国軍総本部・鉄士協会総本部もそこに存在している。
街の光景は、青龍京の規模を更に面積を広くし、かつさらに大型の建築物が水増しされたような都市である。
そこに設置されている猪神王国軍中央本部。その一室、大畳の大広間の会議室で、軍の幹部らが揃って座っている。
その中心で今日の招集の意図を報告するのは、猪神王国の大将軍にして、この世界最強の魔道士と呼ばれる男=津軽 臙脂という男である。
身長は170cmほどで、将軍たちの中では小柄な方だ。年齢は四十~五十代の龍人の男性である。彼は少々思い悩んだような表情で、皆に言葉を伝える。
「桔梗陛下からの直々のご命令だ。現在黒石町で活動している鉄士・紺を捕獲し、ここ猪神京に連行しろ、と。手段は一切問わない。その影響による他所の被害も黙認するし、紺本人も殺しても構わない。死体を固く拘束して、ここに輸送しろと……」
これに軍幹部たちがざわついた。レイコが予言したと言われる“新しい女神”に関しては、既に皆知っている。下の武士・兵士たちの間でも、かなり大きな噂になっている。
「何だその命令は!? レイコ様がこの国に命じたのは、その方の保護と後見だぞ! 暴力で拘束するなど、もはや女神への冒涜だ!」
「しかも周囲への被害も認めるなどと! これが知られれば、どれほどの非難を受けると思う! 報道機関はこれを理由に、また政府をこき下ろすぞ!」
「先代・先々代のご尽力で、民との信頼が確実に深まっていったというのに。これでは全て台無しだ! 陛下は何を考えている! 臙脂、お前はこの命令に従うつもりか!?」
命令への不服が、そのまま臙脂への罵声へと変わっていく。臙脂は、どうにか落ち着きを保ちながら言葉を続ける。
「先日に紺様に送り込まれた使者から、未だに連絡が来ない。おそらく紺に殺害されたと思われる。陛下はこの件に関して、紺という人物はとてつもなく凶暴かつ危険な人物に違いないとして、確保に手段を問う必要はないと……」
「そんな馬鹿なことがあるか!」
「仮にそうだとしても、相応の理由があったに決まっている! どうせ陛下から、力ずくでも連れてこいとでも言われているんだろう!?」
臙脂は何も言えなかった。最後の幹部の言葉は、紛れもない真実である。議論は獣の唸り合いのように行われた。
あくまでも王室への忠義を口にする臙脂。最終的には、臙脂一人が全責任をもって、紺を説得するという形で話が収まることになる。
他の腕利きの将軍達は、一切協力しないと宣言した。結束があまりに欠けた状態で、翌日に黒石町地区目掛けて出兵が行われることになる。
熊千代から真実を告げられた翌日。この日は鉄士の仕事は休みとなった。昨日いろいろあったため、どうにも意欲が出ないと、最初に紺が提案した。
ここ一月近くの間、ほとんど休みを取っていなかったこともあって、反論なく休暇が成立した。
躑躅は今、近くの山林を見学に行っている。何でも近くの村の山林に、とても可愛い猿がいて、また会いに行きたいとのこと。
黄は浅葱から、剣術を教わっている。黄は最近刀を指すようになって、ゴーストクリエートとの戦闘には活躍したが、まだまだ剣の腕は未熟だ。そのためまだ浅葱が教えているのだ。紺も一緒にやらないか?と誘われたが、面倒なので止めておいた。
紺は昨日鉄鼠を仕留めた、熊千代の樹までやってきた。
(あいつ、今日はいるかな?)
先日、熊千代といろんな話をした。主に紺の世界はどんななのかと、そういったものだ。
列車など似たような技術が、お互いにたくさんあるので、話す内容に困った。とりあえずこの世界ではあまり発達していない航空技術や、首都に建てられた高さ数百メートルの塔の話などを話してみた。これが意外と受けがよく、黄達もしきりに聞いてきた。
そんなこんなで夜がふけて、朝になった。紺は就寝になってから、ふと思ったことがあった。
それをまた熊千代に聞いてみたかったのだ。内容は皆の前では言いにくいことで、休日を提案したのは少しその辺の事情もあった。
精霊や霊獣は本来滅多に人前に現れない。神と呼ばれるほどの者となると、尚更だという。果たして二日連続で姿を現してくれるだろうか……?
『紺さん、おはようございます!』
何の問題もなかった。傍についたら、えらくあっさりと姿を現す岩木地最高神の一人。
「おう、おはよう。いきなりでなんだけどさ……少しこっちの話に付き合ってくれない?」
『ええ、いいですよ♪』
楽しそうに紺の側についてくる熊千代。黄のこともあって大分慣れたものの、こういう純粋な好意の態度というのは、いまいち相手にしづらい。
二人は近くに置いてある、ベンチのような椅子に隣り合って座った。時々樹を見学に来る人もいるため、こういうものも置いてあるのだ。
「お前さ……今みたいに喋れるぐらいの知能を持ってから、どのぐらい経つ?」
『…? レイコさんから力を貰ってすぐですから、四百年は経ちますね』
熊千代は世界的に有名な大樹であるが、レイコが手を出す前までは、何の変哲もないただの小木だったという。
「四百歳か。そんだけ長生きして、お前今どんな感じなんだ? 気が狂いそうになったりしないのか?」
『それは紺さんの将来の事を考えての質問ですか?』
「私だけじゃない。私の仲間たち全員の問題だよ。レイコがお前らや三賢者に与えた不老不死の力って、ようするに自分の血をやったんだろ?」
鉄士になるため六王国を出発する直前に、緑天丸に言われた黄に関する話。その意味を旅に出てから、少しずつ紺は判ってきた。
熊千代はしばらく真面目な顔で沈黙した。そして十秒ほどしてから口を開く。
『僕のことは参考にできるかどうか判らないです。精霊に関する精神医学が、人間と同じなのかも判らないし……。ただここでずっと役目を果たすのが、僕の存在意義だと思っていれば、時間の流れなんて気にしないです』
「退屈になったりしないのか? 本とかそういう趣味は?」
『ないですね。歳をとったからとかそういうのじゃなくて、最初から興味ありませんでしたし』
「そいつはつまらない生き方だな」
元の世界では、紺はアニメやゲームにのめり込んでいた。本来ならば生きていくのに必要ない存在だが、今の時代そういうのに触れない若者はあまりに珍しい。
「最初お前の話を聞いたとき、すごい得したなって思ったんだ。これなら元の世界に戻って、百年先のアニメも見られるって。でもよく考えてみたら、百年先の私に、そういうのを楽しめる欲求があるのかな?って」
『う~ん、どうなんでしょう?』
人間の欲望は時間とともに枯れ果てるという。フィクションに深く触れたからこそ、思うこともある。不老不死を題材にした作品では、大概そいつはろくでもない末路を迎えるものだ。
「前にあった龍人の爺さんは、いつまでも強い頃の自分でいたくて、変なものに手を出してたよ。人間は皆あんなふうになるのか?」
『ああ、銀朱将軍の話は聞いてます。あの人のことは、あまり参考にしないほうがいいですよ。あの人は、栄光に縋る事でしか自分を保てない、とても心の弱い人ですから。だから人妖にもなってしまった……』
「私やあいつらはそうならないのか?」
『紺さんたちは、そういうのに縋って生きてますか? 多分ですけど、僕は大丈夫だと思います。レイコさんに選ばれた人ですし。多分千年生きても大丈夫です!』
会って一日しか経っていないのに、何故か確信的に言ってくれる。
「まあ、深く考えるのは、レイコに会ってからにするか……」
レイコが人間であるのは確かなようだ。元が何歳なのかは謎だが、最低でも現在は四百歳以上になっているはずだ。
彼女は今どんな感じなのだろうか? 心が枯れ果てて廃人状態なのか? だが新しい石を作っているぐらいだから、そういうことはあるまい。
この日、紺はどこにもいかず、森林浴という名の山中の昼寝で、一日を過ごすことなった。




