第五十一話 熊千代
「後は神主の話なんだけど、その前に……あれは何だ?」
紺が指差した方向=神木の根元には、何だか変なのがいた。
「何ですかあれ?」
「子供だよね? 僕より小さい…」
「こっちを見ているな。近くの村の子供でもないだろう。何しろ姿が……」
木の根元の地面に立っているそれは、見た感じでは人間だった。枝葉の影の中、その姿が妙なまでにはっきりと視認できる。
彼は小さな八、九歳ぐらいの小さな子供の姿をしていた。彼は着用物を一切つけておらず、素っ裸であった。股の大事な部分さえ隠していない。
体色は全身が緑色である。肌も髪も全てが緑一色に染まっている。紺はこの世界に来てから様々な色の人間を見たが、こんな色は初めてだ。
それだけではない、彼の身体は黄色い上に、透けているのだ。色付きガラスのように、後ろの神木の幹が薄らと透けて見える。だが身体の色からして、以前出会った幽霊とは趣が異なる。
「あれって幽霊か?」
「いや、妙な魔力を感じる。おそらくあいつは……」
彼はゆっくりとこちらに近づいてきた。そして和やかな笑顔を向けながら、紺達の前で丁寧にお辞儀をした。
『初めましてみなさん。僕は熊千代といいます』
「「!!!!」」
「へえ、この樹と同じ名前か。この近くに住んでいるのか?」
少年=熊千代の名前に三人が一様に驚いた。一方の紺は、普通の子供に接するような落ち着いた態度で接する。
『いえ、僕はこの樹に宿っている木霊です。ようするにここの神社の御神体ですね』
「そうなのか、それは驚いた。でも私らまだ仕事が終わってなくてな、話があるならまた今度な」
そういって熊千代に手を振り、神社に帰ろうとする紺。
言葉と違って全く驚いていておらず、それどころか彼をスルーしようとする紺の落ち着きように、その場の全員が唖然とした。
『ちょっ、ちょっと待ってください! 僕から大事なお話があるんです! お願いですからいかないで!』
大慌てで去ろうとする紺を止めにかかる熊千代。その様子は例えるならば、自分を超有名だと自画自賛している著名人が、一般人から“あんた誰?”と言われる様に近いだろう。
「おいおい……この世界で最上級の神が、目の前に現れたんだぞ? もう少し何か反応したらどうだ?」
「うん? そうだな……お前、何かイベントアイテムとかくれるのか?」
『いえ、そういうのは……』
「じゃあ、何しに来たんだお前?」
何故か腰が低くなる熊千代。予想外の反応にペースを乱されたようだ。だがすぐに調子を取り戻し、改めて紺に話しかける。
『実は今日の依頼で、紺さん達を指名させたのは僕なんです。僕は本体であるこの樹から、あまり遠くにいけません。それでも紺さんと会って話がしたくて、神主様に無理を言ったんです』
何か訳ありの依頼では?と疑っていたが、こういうことだったようだ。しかし神様にまで、面会を求められるとは、いったい彼らの立場はどうなっているのだろうか?
「……さっき神主は、後から社殿に来いといってたが?」
『はい、それも僕がお願いしたんです。これから一緒に行きましょう』
一行はさっき仕留めた鉄鼠の死骸を引きずりながら、神社へと向かっていった。
「くっ、熊千代様! お待ちしておりました! 紺様達もどうかこちらに!」
社殿の前までやってくると、神職達が慌ただしく頭を下げて、社殿の中へと案内してくる。
本来神が人前に表すなど滅多にないこと、彼らの中には生まれて初めて熊千代の姿を見たものも多い。畏まるのも当然だろう。
社殿の中の、大きな部屋の中に一行は通された。大仏殿かと思えるほどの内部の広さである。紺が最初に日本で見た神社とは比べ物にならない。
熊千代は人払いを命じ、部屋には彼と紺達一行の五人だけとなった。
『いきなりこんなところに連れてきてすみません。でも新しい緑人が近くに来ていると聞いて、是非お会いしたかったんです』
何故か神様に敬語を言われている紺。元々誰にでも敬語を言う性格である可能性もあるが。しかし何やら聞きなれない単語が出てきた。
「なあ、緑人っていったい何だ?」
『? レイコさんから何も聞いてないんですか?』
唐突に女神レイコの名前が出てきた。だがある程度、事の推察をしていた一行はあまり驚かない。
だがその先の話を聞くのを、少しだけ恐れている状態だ。紺の方は話が見えずにいる中、浅葱が口を開いた。
「緑人というのは、女神レイコが猪神国を離れる時に言ったという“新しい女神”のことか」
『そうです。“女神”という言葉は、僕たちは使いませんけど』
ずっと一行が想定していたこと。紺もずっと前に緑天丸に指摘されていたが、今ひとつ釈然としていなかった話。それがここで明確に肯定された。
かつて人々から女神と呼ばれ尊敬を集めた、不老不死の純人の女=レイコ。彼女が猪神国を離れる時に、人々に言った言葉があった。
『私はいずれ、この岩木地以外の大陸と海も再生させようと思う。だけれどそれは一人の力では無理かもしれない。だからいずれこの国に、私と同じ力を持つものをもう一人、この地に連れてこようと思う。その時が来たとき、猪神国のみんなにはその人の成長の手助けをして欲しい』
これが実際にレイコが言ったとされている言葉だ。この話は長い間信じられてきたが、今では信じるものは少なくなった。
レイコが去ってから四百年が経過しても、それらしき人物は未だに現れない。猪神王国政府の信頼低迷もあって、やがて「これは王室が作ったでっち上げ。そのうち王族の誰かを新しい女神だと言い張って、権威の拡大を目論んでいる」という虚言論が、人々の間で有力視されている。
だがこの国で一番偉大な神の一人が、この言葉を肯定し、そして今ここにいる紺がそれその人だと言っているのだ。
そしてその言葉を信用するに値する力を、紺の仲間たち全員が、彼女からもらっているのだ。
「紺さんって、やっぱりすごい人だったんですね。鋼級鉄士よりすごいかも……」
「そういう比較で済まされる問題じゃない。恐らくこの世界の王や神々よりも格上の存在だ!」
「ぼっ僕って、そんなとんでもない人と……」
推察はしていたとはいえ、話を聞かされて改めて事の凄さに驚く。だが当の本人は、あまり動揺しない。というより話の大きさをあまり実感できていない風だ。
幼い頃からレイコの偉大さを教えられて育ってきた者と違い、彼女は無関係の国から来た異世界人だ。感想が違うのは当然かもしれない。
「ていうか何で私がそんなのになったんだ? 私はレイコに会ったことなんてないし、なんか知らないうちに、いつのまにかこの世界に飛ばされたんだけど?」
『そうなんですか? すいません。少し詳しい話を頂けますか? 僕たちが知っているのと、何か食い違いがあるかもしれません』
紺はそこで全てを話した。元の世界でウリ坊を追いかけたら、いつのまに神社の中に入ったこと。
そこでお参りしたら、唐突にこの世界に飛ばされたこと。この世界で死ぬたびに、謎のパワーアップを遂げたことなどを……
『当人に説明も承諾もなしに決めてしまったんですか……。何ていうか勝手な……』
呆れるように嘆くように、深い溜息を吐く熊千代。この経路は全く想像していなかったようだ。
「ああ、全く迷惑な話だ。……しかしその言い草だと、最初から私にそういう力があったわけじゃないんだな?」
『はい。新しい緑人を生み出すには、緑光石という石を、人の肉体と魂に融合させる必要があるんです。レイコさんと、この大陸にいる僕たち上位の精霊や霊獣が、二年かけて作った究極の霊素材です』
また新しい単語が出た。緑人といい、何故“緑”という色名がつくのだろう。
『この力を得た人は、死んでも緑色の光とともに蘇るから、そう呼ばれるそうです』
熊千代がきちんとそのへんの説明もしてくれた。しかし蘇る時の光景など、紺自身は見たことがない。仲間たちの方を見ると、全員が頷いていた。その通りらしい。
『それを作るために、僕たち全員が長い間、そっちの力に使い続けました。その間、この世界の地脈に手を付けなかったせいで、岩木地に流れる魔力と気が、少しの間低くなってしまいました』
「では最近になって、急に力が回復したのは……」
『仕事が全部終わったからです。力の低下に気づいて、慌てて供給をしたら、行き過ぎて魔物の数を増やしてしまいましたけど……』
ずっと不思議に思われていた、この世界に起きた変動の正体はそれだったらしい。
「ていうか何で私が選ばれたんだ? そんな大層な物、そうそう作れるもんじゃないだろうに」
『素質があったからじゃないんですか? 緑光石を取り込めば、誰でも同じように力を得られるわけじゃないんです』
「別に私は魔法の素質とか全然ないぞ?」
『そういう問題じゃないんです。血筋とか、生まれながらの肉体的な素質は、全く意味がないんです』
緑光石の力を受け入れられる素養条件。それは強い心の持っていること・精神力である。
素の肉体の強さは、一切意味を持たない。強大な力を受け入れたとき、それを制御し得る強い心がいるのだ。
これはただ単に意思が強ければいいというものでもない。それももちろん必要だが、それと同時に常に安定した自我を保てることが必要なのだ。簡単に力に溺れるような、揺らぎやすい心ではダメなのだ。
どんなに意思や自我が強くても、そこに貪欲・憎悪などといった邪念や狂気が混ざっていると、素質が大幅に減点される。
もし素質の低いものが、この緑光石を取り込んでしまうとどうなるか。空気を入れすぎた風船のように身体が破裂するか、人妖という怪物に成り果てるかのどちらかである。
この話を聞いた紺は、どことなく納得し難い気持ちになった。
「私ってそんなに心の強い人間か? 自分ではそんなふうに思ったことないけれど」
『まあ、そういうのって本人では判りにくいものですよ。少なくとも「自分は絶対できる!」と言い張る自信家は駄目な時が多いですし。それに邪念や狂気が無いからといって、その人が人格者とは限らないんです』
「……そうなのか?」
己はそんな持ち上げられるような器だったのだろうか? 紺自身は宇宙人に寄生されたかのような、不気味な印象しか無かったのだが……
やはり釈然としない。自分にそんなものに選ばれる力があるなどと・・・・・・
「私以外に適格者はいなかったのかな?」
『いたと思いますよ。緑光石に取り込める人間は、十代・二十代が適格で、割合は八十人に一人だそうです』
「八十人!? 多いな!」
それは個々人の当選確率としては低い倍率だが、神や英雄になりえる人間の素質としては、あまりに高い当選率である。
紺の通っている学校だけでも、四人も適格者がいることになる。世界全土だと、どれだけ膨大な数の候補者がいるだろう。何とも選定の緩い神選びである。




