第五十話 鉄鼠
翌日、紺達一行は熊千代神社にやってきた。
猪神王国をはじめこの世界の国のほとんどは、それぞれの土地の精霊や、龍などの霊獣を神として崇めており、日本の八百万信仰に近い。彼ら土地神は、この世界の地脈を支える重要な存在でもある。
その中でもこの熊千代神社は、数ある宗教施設の中でも、とりわけ重要に扱われている。
何しろここで祀られている神は、地脈を支える土地神の中でも大柱。最上級レベルの神だからだ。以前会った甚五郎とは、比べものにならないぐらいの力を持っている。
やや平らな山林の中、段差の低い長い階段の奥に、高さ二十メートルはある大きな鳥居と、城のように大きな社殿がある。
だがここにきて、最初にその大きさに驚くものは少ないだろう。何故ならそれよりもっとすごいものが、ここからでも見えるからだ。
(相変わらず、あれはブロッコリーにしか見えないな……)
そこから少し離れたところに見えるのは、とてつもなく巨大な樹木・熊千代の樹だ。
幹の太さは約五十メートル、枝葉も含めた高さはおよそ二百数十メートル。高層ビル並みの大きさの樹木だ。地球で最大の樹の高さは百メートルというから、これの異常さがよく判る。
その大きすぎる樹体を支えるためか、樹の高さに対比して、幹が異様に太い。そして枝葉は大きく広く、そして大量に生い茂っており、全体の形はドーム状になっている。
その姿は紺が比喩したように、巨大なブロッコリーに見える。別の言い方をするなら、緑色の巨大キノコだ。
この大神木には、かつて女神レイコから力を与えられた木霊が宿っているという。
木霊とは植物の精霊をさす。それが巨大で強大な力を宿す肉体から、大量の魔力と気を生成し、根元からこの大地に力を注ぎ込んでいるというのだ。
紺達が階段を上がり、鳥居をくぐると、社殿の前に今回の依頼主であるここの神主が待っていた。
彼の周りにも数人の神職の者たちがいる。身なりはこれまた恒例通り、日本の神職者と変わりない。こっちの世界では、魔道士がよく着ているようなデザインである。
「お初お目に申します紺様。儂が今回のご依頼を出したもので……」
何やらえらくかしこまった口調の神主。よく見ると彼の表情が震えている。周りにいる他の者達も、同様に自分たちを見て震えているように見える。
(私らって、こんな反応をされるほど恐れられているのか?)
黄達が言っていた有名ぶりが少し気にかかる。だがよく見ると、彼の反応は恐怖とは微妙に違うような気がする。
それでは何なのかと言っても、本人に聞くしかないが。
「今ここの御神体である熊千代の樹を、鉄鼠という獣が齧って傷つけているんです。強い力を持つ霊樹なので、その力が目当てなのでしょう。こういう輩が時々出てくるのです。それが現れるたびに、憲兵に駆除を依頼していまして、今回はあなたがたにそれをお願いしたいと思い、あの依頼書を出した次第です」
口早に仕事内容を説明する神主。そういう依頼なら、自分たちを指名する意図は何なのかと聞こうと思ったが。
「……お仕事が終わりましたら、どうかここの社殿にお越し下さい。少し……いえとても大事な話があるので…」
相手の方から何やら意味ありげな言葉が出てきた。恐らくそっちが本題なのだろう。昨日の輩といい、少し警戒すべきかもしれないが、もう依頼は受けてしまっている。
そそくさと逃げるように社殿へ入っていく神職者達。何があるのか知らないが、詳しい話はその時に聞けばいいだろうと、全員が頷いた。
例の場所にたどり着いた。周囲は林に取り囲まれている中、とてつもなく巨大な樹の根元の場所は、傘のように広がる枝葉のせいで、少し薄暗い。
草はあまり生えておらず、茶色い土が剥き出しになっている。
低い位置の幹や根の部分には、確かに新しい傷がある。ビーバーのような動物に齧られたあとのように見える。しかし幹そのものがあまり大きいため、倒木に至るほどではないだろう。
その場所には今到着した紺たち以外には、誰もいなかった。
「その鉄鼠ってのは、いつ出てくるんだ?」
「どうだろうな。依頼主は何の説明もしなかったわけだが」
ただ退治しろとだけ言って、それ以上の説明はしてくれなかった神主。緊張して話すのを忘れていたのだろうか?
「とりあえず……隠れて待ってみませんか? 人がいるうちは出てこないのかもしれませんし」
躑躅の提案に全員が頷いた。
「どこに隠れるんだ? 木の枝の上か? 一応人は乗れそうだけど」
「穴を掘って、そこに隠れましょう。隠し戸は私が作ります」
「そんじゃ早速掘るか。どの辺りがいい?」
早速穴掘りを始める紺。位置は根元からだいぶ離れた場所。そこは枝葉に日光が遮られておらず、短い草が生え揃っている。
紺は道具など一切使わず、素手で土を掻き出し始めた。手や衣服が土で汚れてもお構いなし。常人離れした力で行われた穴掘り作業は、あっという間に終わった。
人間一人以上が入れるほどの大きさの、ボウルのように丸い穴が見事に出来上がった。
その中に試しに浅葱が入り込む。そして躑躅が頭から大量の蔓を生やした。
何十本もの蔓が、蜘蛛の巣のような形に絡み合う。それは更に複雑化し、編み物のように器用に編みこまれ、一つの形をなしていく。やがてそれは大きなコインのような、薄い円盤状の物体となった。
それをマンホールの蓋のように、浅葱が入り込んだ穴の上を塞ぎ込んだ。
大きさも穴の大きさにぴったりと合っている。地表に出る表の部分には、蔓から短い葉っぱが無数に生えており、地面に生える芝生とよく似ている。
これは上手い具合にカモフラージュできているかもしれない。
蓋を少し開けて、外の様子を見る。視界は小さいが、こちらから木の根元部分はきちんと見えている。
「どんな感じですか?」
「ああ、ちゃんと見えている。これはいけそうだ」
「よし、じゃあ残りも掘るか!」
やがて熊千代の樹の東西南北に、四つの隠れ穴が掘られた。とてつもないハイスピードで作業は終わり、一行は一人ずつその穴に篭って、敵の襲来を監視することにした。
「最初に言っておくが、敵が出たからといって、すぐに攻撃するのはやめろ。特に攻撃魔法は厳禁だ。誤って神木に傷をつけたら一大事だ」
穴に入る前に、浅葱はそう強く警告してきた。
「まあ確かにそうだな」
「特に火とかはダメですね。神木どころか、この辺を山火事にしてしまいかねませんし」
「!!? ……そっ、そうだ。だから紺、あの竜の力は使わないようにな……」
“火”“山火事”という言葉に、妙に過剰な反応をする浅葱。
ともかく敵が出てきたら、足で追いかけて捕まえるという、単純な方法をとらざるを得ないことになった。
長ければ夕方頃まで監視を続けるつもりだった。そのつもりもあって、皆穴の中に昼飯用のおにぎりを持ち込んでいる。
排泄に関しては……特に提案はなかった。その時が来たら、皆独自の判断で行動するのだろう。
だが目的の相手は意外と早く現れた。隠れて僅か十分ほどして、樹の周囲の林から、ガサガサと草木をかき分ける音が聞こえた。
(もう来たか! なんて運がいいんだ)
やがて林の中から、それが現れる。
それは超大型のネズミだった。地球にはカピバラという齧歯類が、最大のネズミなどと言われているが、これはその比ではない。その大きさは人間よりもずっと大きい、牛ほどの体格はある。
外見はこれといった特徴はなく、ごく普通のドブネズミを大きくしただけの姿だ。それを可愛いと見るか、気持ち悪いと見るかは、人によって異なるだろうが、少なくともアメリカの人気キャラクターのネズミのような愛嬌さはない。
その巨大ネズミ=鉄鼠は、ノソノソとイノシシのような歩調で、熊千代の樹に近づいていく。その姿が視界に入っていない一行も、優れた感覚能力で、その気配を察知した。
草むらを抜けて、もうすぐ枝葉の影に覆われた地面に着こうとする瞬間、鉄鼠の姿が地面に沈んだ!?
ズボッ!
「ヂュー!?」
「「!!??」」
敵の気配がおかしな動きをしたことに、全員が動揺した。今鉄鼠がいるのは、黄が入っている隠れ穴の中である。
標的が早めに現れて幸運かと思いきや、その標的が不運にも黄のいる穴の蓋の上を歩いてしまったのだ。偽装重視で作られた蓋は、鉄鼠ほどの重さを支え切れるほどの強度はない。
その重みで壊れて、上に乗った本人を落とし穴のように、隠れ穴の中に落とした。
「なあっ!?」
「ヂュウ!?」
穴の中で、汚れだらけのネズミの腹の下敷きになる黄。
少し臭のする毛皮が、顔に布団のように被さり息苦しさを感じた。鉄鼠はすぐに穴から這い出そうと、上へと起き上がる。
「させない!」
腹の毛皮が、上に動いて顔から離れたことに気づいた黄は、即座に眼前の腹めがけてアッパーカットを食らわした。
「ヂュウゥウウウウ!?」
人間のボクサーとは比べ物にならない威力と、鉄のように硬い拳で殴られた痛みに、鉄鼠が激痛で悶えた。
敵が怯んだ隙に、黄は腹の下から横にそれ、鉄鼠の背中に上がり、その毛むくじゃらの太い首に手をかけた。
この狭い状態では、背中の刀は使いづらい。黄がとった手は絞め技だった。
「うりゃぁああああああっ!」
「!!!!」
鉄鼠の首を、両手いっぱいに抱きつくように掴み、渾身の力で締めつける。その細い腕からどうやってあれほどの力が出るのか、鉄鼠は息が出来ず声も出せず悶絶した。
ゴキッ!
首から硬い音が聞こえてきた。鉄鼠の骨がへし折れたのだ。
それに気づいた黄が腕を放すと、鉄鼠は人形のようにその場で倒れ落ちた。口から大量の液体を流し、それは完全に絶命していた。
鉄鼠の上に乗っかっている黄の周りには、穴を取り囲むように仲間達が立っていた。異変に気づいて駆けつけた彼らは、黄がネズミの首にしがみついた辺りで到着していたのだ。
「やりました紺さん! 敵をやっつけました」
「……ああっ、よくやった」
紺に対して、依頼成功を喜んで喋る黄。少し予定と違ったが、これでこっちの仕事は終わった。




