第四十七話 蜘蛛
その男はかつて王都で、三代前から続く名のある商家の当主だった。
料理関係の霊素材を取り扱う商会を経営しており、相応に裕福な生活を送っていた。だがある日、その生活はあっというまに破壊された。
仕事を終えて家でくつろいでいる所、突然の一人の鉄士が、己の家に訪問してきた。
しかも驚いたことに、その鉄士は今国中で評判の若手の鉄士・蘇芳であった。僅か二十歳で、黄金級にまで昇進した凄腕である。
彼は大慌てで彼女を歓迎した。蘇芳の名は、王都にいる者なら知らぬはずがない。息子も彼女の活躍談に熱中しているのだ。
話を聞けば、以前の仕事で取り逃がした魔物が、この家に隠れ潜んだ可能性があるというのだ。とんでもない話に男は驚愕した。黄金級鉄士ですら、取り逃がすような魔物が、自分の家の中にいるというのだから。
彼は言われるがままに、蘇芳に家の中を自由に探索する許可を与えた。
そして一日ほどかかって探索は終わった。結果はもうこの家にはいないという。恐らく蘇芳の追撃に気づいて、すぐに逃げ出したのだろうと。
彼はこれに大いに安堵した。そして自分の危機に、即座に駆けつけてくれた蘇芳に、存分な礼をした。これで全て良かった。そう思っていた。
翌日、彼の家を大勢の鉄士たちが囲い込んだ。男は訳も分からず拘束され、協会に連れ込まれる。
そこで聞かされた言葉は、彼を愕然させた。先日、蘇芳が自分の家を探索したところ、商会が行っていた数々の汚職行為の証拠が出てきたというのだ。
突きつけられる証拠とされた書類を見ても、彼は全く訳が判らなかった。どれもこれも全く見に覚えのないものだからだ。
彼は当然全てを否定したが、協会はそれを聞き入れず、彼に罰則を与えた。彼の所有する土地・資金・商会権を始めとした、全ての財産を没収する。その七割を協会が承り、残りの三割を彼の不正を暴いた功労者・蘇芳が受け取るというのだ。
ここまでいけば、彼は全てを理解した。嵌められたのだと。今まで貴族の戯言だと信じ込んでいた、協会の汚れた本性を、彼は身を以て知らされた。
彼は憲兵隊に助けを求めた。今まで全く信用していなかった、政府組織に頼る以外に、手は残されていなかった。
憲兵はすぐに動いてくれた。蘇芳が提示した証拠書類は、どれも疑わしいと主張し、協会に彼の裁定のやり直しを要求した。
互いにぶつかり合う協会と憲兵組織。だがその対決を終わらせたのは、双方の組織のどちらでもなかった。
憲兵隊が協会に抗議したことが、世間に報道されると、多くの民衆たちが憲兵隊を非難した。
“政府のクズどもが、また何かを陰謀を目論み始めた!”“汚職商人をかばい立てて、蘇芳様にあらぬ罪を着せて追い込もうとしている!”と皆口々に彼と憲兵隊を責め立てた。
民衆は無条件で、鉄士の側が正しいと信じ込んでいた。政府が何かしている=陰謀を目論んでいるに違いない! などと勧善懲悪の物語に毒されているにも程がある。
だが彼にこれを責める権限はなかっただろう。彼自身も少し前まで、その民衆たちと同じような考えを持っていたからだ。
本来犯罪者が捕まれば、即座に憲兵隊に引き渡され、裁判所で裁定が決められるのが、国の法律で定まっている。
その法を無視して、鉄士協会が勝手に裁定を決めてしまう。そして誰もそれを非難しない。むしろ国に任せるよりも、公正な裁定が行われるだろうと、誰もが信じている。これが国の現状なのだ。
協会と憲兵隊の議論が長引くとともに、民衆の非難行動も過激化していく。やがて暴徒と化した民衆が、彼の家を襲撃した。
彼の家族は悪党の身内として皆殺しにされた。そして彼自身もまた、護送中に乱入した来た、正義を口にする民衆に射殺されることになる。
これらの事件を起こした人々は、一切罪に問われなかった。憲兵隊はすぐに取り締まろうとしたが、鉄士協会が武力にまかせた圧力をかけてきたのだ。
大衆全てを味方した協会の妨害に、憲兵隊は退かざるをえなかったのだ。
彼はこの世を呪った。自分を嵌めた鉄士協会を。そして自分を極悪人と決めつけた民衆たちを。彼の魂は、その強い恨みという未練によって、この世にしがみつき続ける。
やがて彼は、ある一つの奇妙な機械に遭遇することになる。
パイパーに連れ立って一行は林の中を歩いていく。パイパーの真後ろには、浅葱が刀を構えて、パイパーを監視している。
もしこの依頼が、この死霊の罠だった可能性が少しでもある限り、十分な警戒が必要なのだ。
やがて彼女の指し示す目的地に到着した。
「ここは・・・・・・」
唖然とする浅葱。広い林の中で、一カ所だけ草木が全く生えておらず、炭だらけの地面で丸坊主になっているところがあったのだ。
そこは以前、浅葱が猫を追いかけたときに、魔法で焼き払った場所に違いはなかった。
『装置を移動させたときに、ちょうどいい場所を見つけたので、ここに置いておいたんです。この場所、恐らく何かの戦闘の後だと思うのですが・・・・・・』
その平らな空間に、彼女の言うような装置らしき物はなかった。だが何だか変なのはいた。
それの形は、象ほどの大きさはありそうな、巨大な蜘蛛だった。巨大な身体に、八本の二関節の足がそれぞれ生えている。
ただし全身を覆う表皮は、本物の蜘蛛と違い、一目で金属だと分かるメタリックな外装になっている。胴体は本物の蜘蛛のように、腹部と胴体に別れておらず、卵を平たくしたような形状だ。
そして身体の上の部分には、赤いガラスのような装甲で覆われている。その僅かな透明度の装甲の向こう側に、ゴチャゴチャと組み合わさった、無数の機械の部品が目視できた。
この奇妙な物体は、まさにクモ型ロボット怪獣という呼び方が似合いそうだ。そのクモロボットは、足を折り曲げて、身体の下を地面につけて休眠中のようだ。
(昔テレビで見た地球のロボットにも、あれに似たようなのがあったな。しかしあれはいったい何なんだ?)
色々と気になることはあるが、今は目的の装置・ゴーストクリエートだ。
「それでその装置は何処にあるんだ?」
『あれです』
「はい?」
パイパーが指さした方向には、あのクモロボットが置かれていた。あれが装置?
「・・・・・・失礼だが、俺にはあれは何かの機械人形にしか見えないんだが?」
「あれって機械なの? 魔物じゃないの?」
浅葱と黄が、口々に疑問を口にする。想像していたのとは、全く違う外見に皆戸惑っていた。
『はい、あれでいいんです。運搬を楽にさせるために、自動歩行機能がついてるんです。装置が生み出すエネルギーは強大ですから、足を取り付けて、それを動かすぐらいのことは簡単なんです』
「はあ、そうですか。まあこれを壊せば一件落着なんだな?」
『はい。でも気をつけてください。下手に刺激を与えると、装置に攻撃されますから』
「装置に攻撃? 幽霊じゃなくて? あ・・・・・・」
突如クモロボット=ゴーストクリエートの様子が変わった。
突然ガチャリ!とラジオをスイッチを入れるような音が聞こえると、足が稼働し始めた。八本の足が中央の胴体を支え、胴体が宙に浮き始める。
「おいおい、何事だ!?」
『どうやらこちらの会話を聞いて、敵意を持ち始めたようですね。実はこれを人に頼もうとしたのは、これが理由なんです。私達ではあれを倒すの無理ですから。しかも今はまだ装置の安全装置で、過剰な動きを押さえられていますが、いつそれが破られて近隣に集落を襲撃するか判りません。ですから私も大急ぎで対策を考えていまして、紺様の所にもあんな急な訪問をすることになったのですが』
ロボットにしか見えない霊媒装置=ゴーストクリエートは、足をガチャガチャ動かしながら歩行し、こちらに近づいてきた。
「ガガガッ・・・・・・オマエタチナニモノダ?」
壊れたラジオのような、妙な語音の言葉で問いかけ始めた。おそらくこれが、この装置に取り憑いた死霊だろう。
赤いガラス版装甲の前部分に、一つ目妖怪のように丸い光が発生している。これが目だろうか?
「私は渡辺紺、鉄士だ」
『あっ!?』
正直に自分の身分を応えた紺に、パイパーが何やらまずいことが起こったかのような反応を示す。
すると今までぎこちなかった装置の動きが、突然素早くなった。足の一本を振り上げ、その鎌のような鋭い先端を、紺に向かって振り下ろした。
(うおっ!?)
紺は即座に飛び退いて、その攻撃をかわす。紺がさっきまで立っていた場所に、足の先端がツルハシのように深く突き刺さった。
「ギギギッ・・・・・・テッシ、コロス!」
電動歯ブラシのように全身がブルブル震えたと思ったら、前方二本の足を使って、次々と紺達に攻撃を加え始めた。
『どうやら今の会話が刺激になって、安全装置が完全に効かなくなったようです』
「鉄士に恨みがあったって事か? たくしばらく魔物狩りはしない予定だったのに!」
襲い来るゴーストクリエート。紺達はやむをえなしの戦闘をさせられることになった。




