第四十六話 パイパー
紺達の部屋に、別室に泊まっている浅葱と躑躅も集まった。就寝中に起こされて、だいぶ不機嫌な思いをしたが、死霊が訪ねてきたと聞いて目の色を変えた。
最初は死霊の魔物が襲撃したのかと身構えたが、こちらに仕事を依頼してきたと聞いて、何とも不可解な物を感じた。
部屋の中に四人の生者と一人の死者が向かい合っている。目の前の相手に、紺と浅葱は平然としているが、黄と躑躅は大分顔色が悪い。
『私の名はパイパーと言います。このような時間に急な来訪、本当に申し訳ありませんでした。ですが私は死霊であるために、昼間は力が弱くて人の目に見えないことが多く、見えたとしても容易に街中を移動できないため、このような形になってしまいました』
カタカナ語の名前とは珍しいが、重要なのはそこではない。彼女は幽霊という割には、えらく流暢に生者と変わらない振る舞いで喋る。
浅葱は学校で習った死霊の特徴とは異なっているのに、大きく疑問を感じた。
「お前はただの死霊じゃないな。何故そんなに意思がはっきりしている? 別に神霊と呼べるほど高位の霊に見えないが……」
通常霊体は、肉体が滅ぶと自動的に霊界に昇天していく。一部この世に強い未練を残した者が、無理矢理この世にしがみつくことがある。それが死霊だ。
この世界では、地脈を流れる強い魔力のおかげで、この世に滞在するほとんどの霊体が実体化してしまう。その姿は、夜ならば霊感のない者の目にもはっきりと見え、物に触れることもできる。紺の故郷の霊とは、大分趣が違う。
そして死霊は強い感情に心を支配されており、正気を保っているものなどまずいない。生前の恨みに呑まれ、仇と他人の区別がつかず人を見境なく襲ったりするのが、典型的な死霊だ。
そのため死霊は一般で魔物の一種として、人々から恐れられている。
だがこのパイパーという死霊は、どうもそれとは違う。こんな感じにまともに会話できる死霊など、土地神になれるような強い魂を持った聖者の霊でなければありえない。
『私はかつて不老不死の研究をしておりました。どうすれば己をこの世に存在し続けることができるか? それを追究した結果、意思と記憶を保持したまま、霊体としてこの世に留まり続けるという方法を考えついたのです』
「死んでこの世に留まり続けるのを不老不死か? まあ、あながち間違ってもいないか……」
確かに霊体ならば歳も取らないし、物理的な力で死ぬことはまずない。死んでこの世に生き続けるという、何とも不思議な不老不死だ。
『ある装置を開発し、私はこの世界に六百年と存在し続けました』
「六百年? 女神降臨より前の時代か」
それは女神レイコがこの世に現れる前、旧世界の文明がまだ生きていた頃からだ。
『はい。当時のこの世界は、魔法はあまり発達していませんが、機械科学は現代よりも上です。それは霊界という神の領域にまで踏み込むまでに……。そして作られたのがゴーストクリエートという装置です』
聞きなれない語感の言葉に、紺以外の全員が不思議そうな顔をする。
「ごーすとくりえーと? それはカタカナ語か?」
「……英語だよ。あんたは和服っぽい服着てるけど、生まれはアメリカかヨーロッパか?」
今度はパイパーのほうが驚き、不思議そうな目で見てきた。
『これは珍しい単語を聞きました。その名前の国は、私が生きていた頃にはもうなくなっていましたから。しかもその後の戦争と地殻変動のせいで、大陸そのものも変わってしまいましたし』
「へえ……」
何だか興味が湧きそうで湧かないような、不思議な感覚。まあそのことで長話をするより、もっと重要なことがある。
「それで最初の、そのゴーストクリエートがどうしたんだ?」
『はい実は……』
事件が起きたのは今から十日ほど前のこと。その装置にパイパー以外の霊がとり憑いたのだという。
これまではそのようなことは無かったのだが、ここ最近の地脈の過剰な魔力増強が原因だという。それはかなり凶暴な死霊で、パイパーにも手出しできない。しかも日が経つごとに、装置のエネルギーを吸収して、力が強くなっているという。
『私は困り果てました。死霊であるため、鉄士にも憲兵にも助けを乞うこともできず。そんな時に、装置のおかしな魔力に気づいてやってきた屍人の女性が、私に助言をしてきたのです。黒石町にいる、紺という純人の鉄士ならば、私の頼みを聞いてくれるだろうと』
「はあ?」
パイパーの事情は判ったが、その後の自分に頼ってきた経緯が、全くの意味不明だ。
屍人というのは、紺の故郷で言うところのゾンビのことである。それが何故自分を紹介するのだ?
「私に屍人の知り合いなんていないんだけど? 何で私を指名するんだ?」
『さあ……彼女はそれだけしか言わなかったので。私も他に頼る者がいなかったので……』
何とも怪しい内容の依頼になってきた。だが見た感じでは、パイパーは嘘を言っていないように思える。
「その女は“ゲイラン”という名前ではないのか?」
“屍人の女性”というのに心当たりがあるのか、浅葱が問いかけてきた。パイパーに続き、またカタカナ語の名前である。
『いえ、彼女は名前も名乗らなかったので。ただ同じ死者同士ということで、私を助けたいとだけ……』
“屍人の女王”の異名を持つ、ゲイランという名前は、紺達はすでに知っていた。その名前は、猪神王国では結構有名なのだ。なんとなく経緯が読めてきた。
「まあいいや。それで私たちは何をすればいい? 報酬は?」
『ゴーストクリエート本体を破壊してくだされば良いです。報酬は、その破壊した装置の部品で頼めませんか? あれは霊素材ではありませんが、稀少な材質な多く使われていますので』
「ああそれでいいよ。その装置ってのも、ちょっと見てみたいし。でもいいのか? 壊しても」
彼女がその装置の力で、この世に存在していられるというなら、それを破壊すればあっというまに霊界に送還されてしまうはずである。
彼女は不老不死を求めて、あの装置に頼ったのではなかったのか?
『別にいいのです。正直もう頃合だと思っていましたから……』
「頃合? 死ぬ頃合てことか?」
『はい、もう飽きてしまったのです。生きるのに。かつての私はただ我武者羅に死から逃げ続けました。ですが今はもうそんな気持ちも枯れ果ててしまいました。成すべきことなど何もないのに、ただこの世に存在し続けるというのは、想像以上の苦痛でした』
ある意味納得できる理由だった。紺も、他の三人も頷く。
「まあそうだよな。長生きしすぎると、世の中のもの全部つまんなくなるんだろうし。不老不死なんて、そんないいもんじゃない」
前にあった銀朱という老人は、まだその辺が判っていない風だった。かつて三賢者が国を去る原因を作った者たちも、同様の愚者だったのだろう。
「俺もこの依頼を受けるのに異論はない。その死霊がそこから離れて、いつ人里を襲うか判らないしな。これは先に気づいたものが駆除すべきだろう。ただパイパー、お前は俺が傍で監視させてもらう。さすがに魔物をすぐに信用するわけにはいかないからな」
『ええ、構いません。よろしくお願いします』
紺たちは、パイパーという死霊に連れ立って、夜間に宿を後にした。




