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不死の女神  作者: 大麒麟
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第四十五話 幽霊

「くそっ、待て、貴様!」


 浅葱が林の中を、何かを追って走っていた。

 元々屈強な武士であり、紺の血で力を得た増強された浅葱の身体能力は、もはや怪物並みのレベルだ。だがその浅葱ですら、数時間に渡って追い続けているのに、それを一向に捕まえることができない。


 額に汗を垂らしながら、遥か向こうの木々の間に見えるそれを、強く睨みつけた。


「ミャア~」


 それは猫だった。魔女の使い魔にいそうな真っ黒な猫。外見の大部分は普通の猫だったが、一部分だけ普通でない所がある。それは尻尾だ。

 その猫の尻尾は、どういうことか二本あった。作り物などでなく、二本の尻尾両方がフリフリと動いている。


 浅葱が請け負った依頼は、ある家の猫探しだった。主に初心者の鉄士が受ける一般的な仕事だ。

 元々浅葱は鉄士としては新人である。だから一度ぐらい、こういう仕事はやっておくべきだと思って請け負ったのだが……


(くそっ! 誤魔化された!)


 依頼書には猫に関して、あまり詳しい情報は記載されていなかった。写真に映っている姿では、きっちり後ろの尻尾が見えない位置にある写真が使われていた。

 これは誰も普通の猫だと思うだろう。だが実際は違った。その猫は魔物化した猫である。しかもそれなりに強い力を持った、上位の霊猫であった。


 身体能力がずば抜けて高く、しかも幻影を生み出す魔法を使いこなし、浅葱を翻弄した。

 正面から戦うだけならば、簡単にしてこなせる自信がある。だが逃げる者を追いかけるとなると、大分訳が違ってくる。


 躑躅の話では、依頼料を低額で済ませるために、依頼書に重要な情報を故意に書かない依頼人もいるという。それに引っかかったようだ。


(あの依頼人、あとで覚えておけよ!)


 気がつくと追っていた猫の姿が消えていた。周りに気配は感じない。恐らく今まで見ていたものも幻影だったのだろう。完全におちょくられている。

 浅葱はいい加減、溜め込んだ怒りを抑えきれなくなった。


「もう容赦はしない……」


 腰のものを抜刀する浅葱。その刀身は火の魔法を纏って、林の中を赤く照らしている。

 刀身に火力を大量充填し、それを林の中で雑技団のように振り回した。いくつもの太刀筋から、いくつもの炎の刃が、四方八方に飛んだ。その直後、山の中の一部の林が、消滅した。


 大木・小木含めた何百本もの木々が、藁のように容易く斬り倒される。切り口から炎が出て、そして広がり、大量の巨大な炎の柱が地面に横たわる。

 あたり一体は瞬く間に、危険な山火事地帯と化した。


「出てこい猫! 出てこないと、この林ごと貴様を焼き殺す!」


 本気でやりかねない浅葱の怒声。その強大な魔力と殺気に圧せられたのか、依頼の者が姿を現した。


「ミャッ、ミャア……」


 プルプルと幼児のように震えながら、燃える倒木の合間に姿を現す猫。それを目撃すると、浅葱は即座に捕まえ、袋の中に押し込んだ。これで依頼のものは手に入った。だが……


「ああ、またやってしまった……」


 冷静になって周りを見ると、そこは酷い惨状だった。自分の手で起こした灼熱の大地。

 花月山の時と同じように、不得意な水魔法を使って、しばらくの間消火作業に没頭することになる。






 その日の夕方、一行は近隣の村にある一軒の蕎麦屋に集まっていた。


「今日もみなさん大成功のようですね。私の方は、猿を一匹ずつ捕まえて大変でしたけれど、結果皆さんに驚くほど喜ばれました」

「俺の方も一応成功したが……色々とストレスの溜まる仕事だった。依頼主には後で灸を据えてやろうにもあれではな・・・・・・」


 一行は店の中で、蕎麦を食べながら歓談していた。

 実は浅葱が掴まえた猫が、霊猫になったのはつい最近。最近の地脈の上昇が原因らしい。依頼主は最初それに気付いておらず、浅葱が捕まえてきて初めて知ったらしい。


「何ていうか今まで受けた仕事って、魔物討伐よりやりがいがあったな。変に血を見ずに済んだし」


 晴れやかな表情で喋る紺。この言葉は紛れもなく本心である。勘違いしないでほしいが、別に紺は、好き好んで暴力的な行為をしているわけではない。

 モンスターとの戦闘は、ゲームでは楽しかったが、現実ではそうではないと彼女は既に思い知っている。戦いは多少は面白みがあったが、血を見るのはそれほど気分のいいものではない。


 その後いくつか談笑しながら、一行は宿に戻っていった。







 それから何日かした夜に、一つの部屋で紺と黄が各々の布団で眠っている。

 相変わらず男女同室に、この宿を選んだ最初の日に、黄はとうとう反論した。早速布団の中に潜り込んだ紺に対して


「もうこの寝床のやりかたを変えてください! お願いします!」


 それに対して紺の返答は


「う~~ん? なんだ、一人だと怖いのか? じゃあ一緒に寝るか?」


 そういって布団の中の右脇に移動し、毛布をまくり上げて黄が入れる分のスペースを作ってあげた。別にからかっているわけではなく、本人は至って相手を気づかって言っている。

 子供扱いにも程がある!と黄は叫びたかったが、そこまでは言い出せず、結果今まで通りの部屋割りになった。



 和風だが、ガラス窓だけ洋風ぽい客室。その部屋に来客が現れた。

 本来こんな時間に来訪など、失礼かつ迷惑なものだ。だがもっとおかしいのは、その客が現れた場所。彼はドアからではなく、外の窓の向こう側から現れたのだ。


 コンコン!


 外からゆっくりと窓を叩く音が聞こえる。ここは二階であり、しかもベランダなどはない。どうやって外から手を出しているのだろうか?


「「ZZZZZZZZZ………」」


 不審な音が経っても、紺と黄は全く起きる気配はない。これが熟練の戦士だったならば、物音や気配で即座に起き上がれたかもしれない。

 だがこの二人は突然変な力を得た以外では、実質普通の子供なのだ。


 ガチャ!


 二人が起きる気配がないのを感じたのか、訪問者は窓ガラスの鍵を勝手に開けた。本来ならば外側からは開かないはずの鍵をだ。

 窓が勝手に開け放たれ、訪問者は部屋の中に上がり込む。その途端部屋の空気が変わった。やけに禍々しい気が流入し、室温が一気に二度ぐらい下がった気がする。


 星月の光に差し込んだ薄暗い部屋の中に現れたその訪問者は、一人の純人の女性だった。

 白い和服を着た五十歳ぐらいの女性である。紺とは違い、金髪で白人系ぽい容貌だ。それだけならば、とても珍しい純人種がいる、というだけで済む話である。


 だが彼女は違う。何と彼女の身体はうっすらと透けていた。彼女の体の向こう側から、向こう側の景色が僅かに目視できる。

 これは誰が見ても間違うことがない。彼女は肉体を持たない霊体である。ただし精霊などの神聖な存在ではない。死してなおこの世にしがみついている存在・死霊である。


 彼女は紺の眠っている所まで歩を進める。そして彼女の耳元に囁き始めた。


『起きてくださいませ。紺様、あなたにお願いしたいことがございます』

「ZZZ………んあ?」


 この言葉に反応して、ようやく紺は目を覚ました。そして首を曲げ、眠った態勢のまま、声の主のほうに顔を向ける。

 紺の視界に、薄暗い部屋の中に存在する、幽霊の青白い顔が映し出される。寝起きざまにこんなものを見せつけられたら、大抵の人はどう思うだろうか? 作者だったら即座に絶叫して失神できる。


「……………何だ幽霊か? 祟るんだったら他をあたってくれ……」


 特に取り乱したりせずそう即答し、目を閉じて再び眠りつこうとする紺。


『待ってください! 祟りに来たんじゃないんです。どうか起きてくださいませ。お願いしたいことがあるので』


 幽霊は布団を軽く叩いて、どうにか紺を起こそうとする。だが一向に目を開けてくれない。やむを得ず幽霊は、紺の耳元に己の冷たい死者の指を突っ込んだ。


「ぎえっ!? 冷たっ!」


 即座に起き上がる紺。耳に冷水でも入れられるような感触は結構堪えたようだ。そして不機嫌な表情で、幽霊に向き合った。


「何だよあんた? 依頼なら協会を通してくれよ」

『それが出来ないのでこうしてきたのです。私は死霊ですので……』

「うん? まあ、それもそうだな」


 あっさり納得してくれた。無言で起き上がり、隣りで眠っている黄の布団に向かう。


「おい黄、依頼客が来た。悪いが起きてくれ」

「ううん……依頼?」


 こんな夜更けに起こして悪いと思いながらも、紺は黄を起こす。

 起き上がった少年は、眠そうな目で紺を見つめた。紺は後ろ指差すと、黄もそっちに目を向ける。その途端、彼の眠気は一瞬で吹っ飛んだ。


「ゆゆゆゆっ幽霊!? うわぁあああ………ぶべらっ!?」


 突然視界に現れた幽霊に対する恐怖の絶叫の直後に、肉体的な痛みの悲鳴が上がる。紺が彼の顔を思いっきりぶん殴ったのだ。


「静かにしろ。こんな夜中に他の客の迷惑だ!」


 できる限り小さな声でそう怒鳴る。この世界でも幽霊というのは、人々に恐怖を煽る存在だ。

 この世界に来る前の紺ならば、今の黄と同じ反応をしただろう。自分は人として大事な部分を、とうに失ってしまったのだと、紺はしみじみ思った。


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