第四十四話 平穏
大間町の事件から二十日程経った。あの後紺達は、あの仕事で報酬を受け取った町=黒石町の宿に拠点を置いた。
あまり規模の大きい町ではないが、“熊千代の樹”と呼ばれる、とてつもなく巨大な御神木があることで有名な町である。
鉄士になった直後の依頼で、三回連続で大事件に巻き込まれた一行。
何やら良くない運勢があるようで、当分の間魔物討伐などの戦闘系の依頼を受けないことを、全員一致で決定した。昇格を狙うにしても、相応のゆとりは欲しいところだ。
ちなみに決定した後すぐに、戦力増強のため、一行は紺から新たな血を提供された。銀朱の戦いで再びパワーアップした紺。その血を飲んだ面々は、着実に強くなった。
それは今の紺が血をばらまけば、前以上の驚異を振りまく恐れがあるということをも意味するのだが。
その後は特に大きなトラブルはなく、穏便に依頼をこなしていく生活を送るようになった。
黄はそんな仕事の合間を見て、浅葱に剣の稽古をして貰っている。黄には“気”という力の素質が創られたようで、そっち方面の鍛錬も受けている。
尤も穏便というのは彼らのレベルの認識であって、黒石町民からすれば騒動・珍事の連続だったのだが……
町の中の道を、一人の少年が走り抜ける。背中には依頼で請け負った配達物の袋を背負っている。
それは明らかに少年の体より大きく、それを無理やり背中に乗せて持ち上げているのだ。あれほどの荷物どれほどの重さがあるのだろう?
だが少年=黄はその重さをものともしない。それを軽々と持ち上げ、あろうことか素早く走っているのだ。その速さはおよそ時速五十km。馬よりも優れた運搬力だ。
途中で道が曲がった。最短距離の方向には一軒の家が立ちはだかっている。普通なら曲がり道を通って、遠回りにこの家を越えなければならない。だが黄はそうしなかった。
「はっ!」
一声上げると、その家の庭先直前の真ん前で、地面を蹴ってカエルのように飛び跳ねた。その直後、黄の身体は鳥が飛び立ったのごとく、空中で浮き上がった。
二階建ての高さの家を、重い荷物を背負ったまま、障害物競走のハードルのように飛び越える。そして何事もなく、家の向こうの道の真ん中に着地した。
黄は別に魔法など使っていない。純粋な身体能力のみで、このジャンプ力を発揮したのだ。
着地点の近くにいた通行人が、突然空から降ってきた黄の姿に驚き入る。
「すいませんでした!」
ちなみに彼は、もし着地点で人にぶつかった場合のことは考えていない。町の中で走る彼の姿を見かけるようになってから、町民は家の影の位置には、十分気をつけるようになった。
優れた身体能力で、運搬仕事を主に任せられるようになった黄。依頼を受けたのは紺で、黄はその代理という形での参加だ。
色々目立つ仕事の仕方だが、一行の起こす変事の中では、これはまだおとなしい方だった。
ある町外れの一角に、一つの屋敷のような建物がある。木造の大型の和風建築で、かなり年期が経っている。かつては多屋として使われていたが、老朽化に伴い解体することが決定していた。
そこに一人の少女=紺が、鉄士の仕事で向かっていた。
「では解体作業を頼むけど……本当に一人でできるのか?」
「ああ、大丈夫だ」
古ぼけてはいるが、この建物には霊素材による強化部品で、骨組みなど未だかなり頑丈な部分がある。本当なら数人がかりで解体する作業だ。
だが紺は一人でできると息巻いている。
依頼主はてっきり、強力な魔法か何かで破壊するのだと思っていた。
だからこそ爆風などの被害が、他所に出ないように厳しく注意したが、それすら紺は問題ないと言う。
解体作業が始まった。紺は建物の前で魔法を使ってみせる。だがそれは依頼主が想像していたものとは、大分違っていた。
紺の全身が光に包まれた。やがてそれは巨大化し、形を変えていく。そして光が晴れるとそこには、変身魔法で黒竜となった紺の姿があった。
「りゅっ、竜~~!?」
生まれて初めて見る竜の姿に、依頼主は仰天した。
黒竜=紺は、そんな依頼主を気にかけず、大きく息を吸い込んだ。紺の体内で、大量の空気と共に、強い火の魔法力が充填・増幅していく。そしてそれを大息と共に一気に吐き出した。
ズゴォオオオオオオオオオオッ!
強大な赤い熱線が、紺の口から吐き出される。その姿はまるで怪獣映画を見ているようだ。
熱線は建物に直撃した後、周囲数十メートルに拡散し、一帯を活火山の火口のように真っ赤に染め上げる。一定範囲には炎が広がらないよう魔力調整してあるが、それでも溢れる出る熱気に、依頼主は全身が焼けるような感覚を覚えた。
数秒程して、解体作業は終わった。かつてそこにあった木造の建物は、もはや影も形もない。それどころか家が建っていた地面は、強すぎる熱が元で、瞬間的に溶解・蒸発してしまった。
建物の跡地には、幅八十メートル・深さ二十数メートルもの、中華鍋のように真っ黒なクレーターが出来上がっている。その場の空間は、未だ熱気が取れておらず、風景が歪んで見える。
紺は元の姿に戻って、腰を抜かしている依頼主に確認を取った。
「これで依頼達成だよな?」
「あっ、ああ……」
いくらなんでもやり過ぎ!という言葉は口に出来なった。依頼通りの報酬を、協会を通して払い、紺は仕事を終えて帰宅についた。
躑躅は黒石町の近くにある村で、動物捕獲の依頼を受けていた。
最近この辺一帯に住む猿が、村の中に入り込み、畑を荒らしたり、家の中に侵入して暴れまわる事件が起こっていた。
その中でもとりわけ凶暴な奴らを、捕まえて欲しいというのが依頼内容である。
「ここがその森ですか。しかし一番凶暴な奴と言われても……」
猿の群れが暮らしている山林の中で、躑躅はそう呟いた。
依頼主の村長は、その猿の具体的な特徴を教えてくれなかった。そもそも猿の個体を正確に識別するなど、最初から無理というものだ。
山林を見渡すと、ここからでも数匹の猿の姿が見える。彼らは人間の侵入を全く恐れず、躑躅の姿を動物園の客のように見学している。
人間の存在に慣れきった彼らは、人間から逃げるのも上手い。もしここで躑躅が捕まえようと走り出したら、木をつたって風のように消え去るだろう。
彼らが恐れないのは、大きな余裕の表れである。そしてそんな猿が、この山林に百匹以上いるのだ。
これに躑躅はどう対応するだろうか?
「しょうがない。全部捕まえちゃおう!」
出した結論はそれだった。躑躅の頭の上に、彼岸花のような花が咲いた。以前海坊主との戦闘に使ったのと同じ種類だ。
「痺花!」
花から大量の花粉が放出される。それは細菌兵器のように、あっという間に山林の中に広がった。
「おいおい……もう終わったって、どういうことだよ?」
村長を始めとした数人の村人が、躑躅のいる山林へと向かった。出発して僅か一時間も経たずに、彼女の通信機型の鉄士資格証から連絡が入った。「猿は全部捕まえた」と。
怪訝に思いながらそこに向かっていくと、そこには何ともはや、形容し難い光景があった。
「どれが依頼の猿なのか判らないので、全部捕まえておきました♪」
幼い姿の笑顔を、にこやかに向ける躑躅。その側にあるのは……山積みにされた毛むくじゃらの塊だった。
「おいおいおいおいおいおいっ!?」
その塊は、猿のような形をしていた。村人は最初、猿のぬいぐるみを積み上げたのかと思った。
だがよく見ると、人形のように動かない猿の形をした物体の中に、ピクピクと痙攣している者がいる。こいつらは生きている!?
「麻痺の魔法を使って、この山の猿を全部麻痺硬直させておきました。そんで一匹ずつ拾って、ここに集めておいたんです。ああ、もちろん他の動物たちは大丈夫ですよ。猿にしか効かないよう調整した毒を使いましたから。それでどうでしょう? ここに依頼の猿はいるでしょうか?」
いつもなら殺しも流血も嫌いな躑躅。だが逆に死者や流血がなければ、それ以外のことはどうということもない。
百匹以上の猿が、虫の息の状態で、ゴミ山のように道端に積まれた光景。これを見て村人たちは思った。
((ひっ、ひでえ……))
今まで憎たらしかった猿達だが、村人達はここにきて初めて同情の気持ちを抱いた。
その後、様々な協議をした上で、猿たちは全て山に返されることが決まった。どれが件の猿なのか判らないし、必要以上の動物駆除は国の法律で禁じられている。
躑躅の仕事は、一応成功ということにされた。猿達は全て無事に山に戻ったが、その後彼らが村を荒らすようなことはなくなった。
山の中でたまに出会っても、彼らは人間を、化物に会ったかのように怯えて逃げ出したという……




