第四十三話 海龍
(馬鹿な!? 何故生きている!?)
銀朱は一時混乱したものの、冷静に考えてみる。最初に戦う時、彼女は仲間達におかしなことを言っていた。確か、生き返るとか生き返らないとか……
(魔法で何か仕掛けを? いや、だとしても水魔法が使えるのなら、何故最初から使わなかった? いったい何が狙いなんだ!?)
銀朱が何と声をかければいいのか、悩んでいる中、紺が自発的に喋り始めた。
『ちなみにさっきの海坊主達は、私が操ってたんだ。あんたの命令を受け付けなかったてことは、私の方が力は上だということだよな』
『ふざけやがって! 今度は原型を留めぬまでに斬り刻んでくれる!』
銀朱は紺に向かって突進し、斬りかかる。怒りが混じって、さきほどより荒くなった太刀筋。紺は水中移動の魔法を駆使して、難なくかわした。
そして自身も刀を抜いて、銀朱と剣を交えた。紺の刀は、先ほどの風魔法ではなく、銀朱と同じ水の魔法強化が施されている。
水中でいくつもの剣戟音が鳴り響く。両者の一騎打ちは、紺が圧倒的に優勢だった。最初の戦闘よりも力が上がっている紺は、銀朱の剣撃を弾き、その大柄な身体に何度も斬り付けた。
その身に何太刀も喰らって、銀朱は狼狽した。
(馬鹿な!? この儂が!?)
頑強な筋肉と硬い鱗に覆われた身体は、そう簡単に致命傷を与えることはできない。
だが銀朱の肉体は、確実にダメージを蓄積していった。紺の素早い剣撃が当たる度に、銀朱の血が水中に煙のように撒かれていく。
海龍の血肉を経て、若い頃に匹敵する力を得たのに、今また気に入らない若造に負けようとしている。この事実に銀朱は、困惑と同時に、凄まじい屈辱で心を震わせた。
相手がだいぶ弱ってきたのを見て、紺が一時的に攻撃を止めた。そして余裕ぶって話しかける。
『その変な身体、何かの生体改造か? よくあるよね。復讐とかなんとかで、自分から人間を捨てるって話。フィクションの中ではね』
相手をおちょくった口調の発言に、銀朱が怒りの声を上げた。
『自惚れるな! 貴様も大した実力だが、それはいずれ失うぞ! 儂のように、老いによって全てを失い絶望する! どんなに努力をしようが、図に乗れるのは浅はかな若造であるうちだけだ! 儂に勝てても、いずれはその傲慢さを後悔するときが来る!』
長年溜め込んできたものを、まとめて紺にぶつけているかのような怒声。紺はこの言葉に驚き、そして呆れた。
『それが理由かよ。馬鹿みてえ。それだったら最初から引き際を考えれば良かったんだ。つうか私別に傲慢な態度をとった覚えはないぞ? そういう見方しかできないあたり、昔は随分と人を見下す態度をとってたんじゃないの? だとしたらどう言われようが自業自得だろうに』
『うぬぉおおおおおおおっ!』
紺の言葉は、かえって怒りを買ったようだ。銀朱は怒りに任せるままに、隙だらけの大振りの剣撃を放った。
紺は海中の一点に足をつき、その状態で身を屈めて、その太刀筋を回避する。そしてそのまま海中を走り、銀朱の身体にまた一太刀与えた。今度命中したのは、彼の喉元だ。
「ぐがぁあ!」
魔法による音声でない苦悶の声が、漏れ出る泡とともに銀朱の口から出た。どんなに頑強な肉体を得ても、人体急所の位置は元の人間と変わらない。
喉元を斬り裂かれた銀朱は、大量に出血し、再度海中を赤く曇らせる。
(ぐぉおおおおっ、おのれえ! ぬ? ぬがぁあああああ!? かっ、身体が熱い!?)
『!?』
銀朱の肉体に二度目の変調が訪れた。だがそれは最初の変身のように、彼自身の意思によるものではない。
彼の体がどんどん大きくなっていく。胴体がやや長くなり、尻尾が大きく伸びる。顔の形も、更に人間の形から離れていき、本物の竜の形になっていく。この身体の変形で、彼の衣服は破れ、刀と鞘が海底に落ちていく。
一分も経たずして、彼の姿は龍人から、百%龍の姿へと変じてしまった。その大きさは、かつて戦った洋竜とほぼ同等である。
『ああ、やっぱりラスボスは巨大化するんだな』
元々無茶な生体合成で力を得た銀朱の肉体。この戦闘で肉体に多大な刺激を受けるとともに、彼自身の精神が極めて不安定な状態になった。
そのため彼は、自身が得た海龍の力を制御できなくなり、このような変異を起こしてしまったのだ。
元々力を渇望する狂気と、若者への妬み・憎しみという邪念に満ちていた銀朱の心。彼の心の強さは、すでに凡人以下に落ちぶれていた。今回のことがなくても、いずれはこういう事態が起こっただろう。
「ギャァアアアアアアアアッ!」
銀朱の狂気を受け継ぎ、凶暴化した一頭の海龍。彼はまっすぐに紺に牙を向き、突進してきた。
一方の紺も、彼の変異中に大技の準備を整えていた。
彼女の刀が、海入道を倒した時と同じように、毒々しい赤紫色に変わる。そして水魔法による高速水中移動で、正面から海龍に激突した。
勝負は一瞬で終わった……
「みんな、帰ったぞ~」
向こう側の海岸から、全身を海水でずぶ濡れにした紺が、手を振ってこちらに向かってくる。遠くから見ると、彼女は腰の刀の他に、何か長いものを右手に持っている。
この姿に、彼女の仲間たちは帰還を喜び、他の鉄士達は幽霊を見たかのように驚愕した。
「おい、あの娘さっきの!? どうして生きてるんだ!?」
「死んでたよな!? 確かに胴体がすっぱり斬られて死んでたよな!?」
「何かの魔法を使ったのか? しかし一体どんな魔法を?」
鉄士達が騒ぐ中、黄が紺に胸に抱きついた。
「紺さん、おかえりなさい。良かった今度は無事で」
「おいおい……私が生き返るところ、しっかり見たんだろ? なら無事なのは最初から判ってただろ?」
胸もとにある黄の頭を二回ほど軽く叩いた後、手に持っていたものを、黄に差し出した。
「紺さん、これって?」
「これは銀朱が持っていた刀じゃないか? 殺して盗ってきたのか?」
「おお、そうだお土産だ」
それは青塗りの柄と鞘を持つ一本の日本刀=銀朱が使っていた武器だった。
海龍化した時、彼はこの刀を海底に落としていた。そして戦いが終わった後で、紺がこれを回収し、ここまで持ってきた。
「さっき言ってた黄の武器に、ちょうどいいんじゃないかと思ってな。どうだ浅葱? これは大丈夫そうか?」
刀を鞘から引き抜き、浅葱の前に差し出す。浅葱はそれをマジマジと見つめた。
その刀は紺が持っていた刀と、同等近いレベルの大業物だった。しかも刀身から感じ取れる魔力を見れば、これにも治癒の力を宿していることが判る。さすがは陸奥王国の名将の武器、そこらへんの武器などとは格が違う。
「ああ、大丈夫だ。むしろ十分すぎる」
「そうかじゃあ黄、これは今からお前のだ」
黄の手に半ば強引にその刀を受け渡す。それに黄は少し狼狽える。
「ええと、その……あっ、ありがとうございます!」
深々と頭を下げて、礼を言う黄。それを微笑ましく眺める仲間たち。
「ああ、でも今気づいたんだけど、これって黄でも持てるのか?」
銀朱の刀は、刃渡り八十五cm・全長百二十cmである。大柄な体躯の銀朱ならば問題なかったが、身長百五十cmの黄が持つには、あまりに大きすぎるのではないか?
「これは腰に差すのは無理だな。背中に差して長刀として扱うしかないな」
「そうですね。あっ紐なら私が作りますよ」
躑躅が頭から蔓を生やし、それを手で加工して即席の下げ緒にした。簡単な作り方だが、紺の血の力を得た躑躅の作り出すそれは、鋼の鎖よりも頑丈である。
そのあとで結びに入る。この場で下げ緒の結び方を知っている者は、紺と浅葱だ。紺はまだ初心者で結び方が上手くないため、浅葱が担当する。
しばらくして、その場に長刀を背中に差した、一人の鬼人の少年剣士が姿を現した。
「おお、結構様になってるじゃん」
「あっ、ありがとうございます……」
みんなが軽く拍手する中、黄は少し恥ずかしそうに俯いていた。
「「…………」」
そんな彼らたちとは違い、傍観していた鉄士達は置いてけぼりを受けて、困惑のまま未だ固まっていた。果たして何と声をかければいいのか……。
その様子に、そろそろ紺達も気がついた。
「それじゃあ後片付けをして、後は金を受け取るだけだな」
一行は意気揚々と、依頼主のいる佐井村へと戻っていった。
その後は怒涛の展開だった。まず病院や集会所に集められていた負傷者たちは、その日のうちに全快して退院した。紺が治癒魔法を使い、彼らをまとめて治療したのだ。
治癒魔法は葉人の得意とする能力ではあるが、そのあまりに強大な力に、その場に居合わせた全ての者が驚嘆した。
その後協会と政府の検査官が、紺の証言した海の中を調査した。そこには証言通り、一頭の海龍の石像が発見された。
そのあまりに精巧にできた姿は、遠くから見るとまだ生きているかと錯覚するほどだったという。
協会の話によれば、銀朱のような変異を起こした魔物は、人妖というらしい。
霊獣や精霊の力をその身に宿し使いこなすには、相応の精神力が必要だ。それを満たしていない者は、あのようなケダモノになってしまうのだ。
この“人妖”という単語、以前緑天丸も言っていたことを、紺は覚えていた。黄の旅の同行が決まったときだ。
(あれはどういう意味で言ったんだろ? 詳しく聞いとけばよかったよ……)
首謀者本人は石化していて、まだ死んだわけではない。だがあんな人妖に変じてしまった以上、逮捕及び裁判はまず無理だろう。石化を解けば、再度暴れだして人に襲いかかる。
ひとまずこの石像を憲兵隊に引き渡され、解析を行い、その後の処分を検討することになる。
魔物の大量討伐と、事件の首謀者の撃破という大手柄。犯人を実質的な意味で逮捕できなかったため、いくつか減点になったが、彼らの功績は大きく評価され、報酬も弾んでもらった。これは後日に、近くの街の鉄士協会に送られ、紺達が受け取る予定だ。
銀朱との戦闘の後で一夜明け、その日の朝に検査にある程度の結果が報告され、その夜に報酬の内容報告が紺に届けられた。
「三十金て、この仕事では高い方なのか?」
「どうだろうな? 俺としてはこれの倍ぐらいは欲しかったが」
「でも刀を貰えちゃったし、いいんじゃないんですか? あれって本当は証拠品として出さなきゃいけなかったんですし」
宿の中で皆が今日の仕事結果を語り合っている。今回の宿では、全員が一室に泊まっている。何しろ村の宿泊者が多すぎるため、部屋の数が少なかった。そのためかなり窮屈な一夜を最初の日に迎えた。
「ええと……」
女三人に男一人が、狭い部屋で夜を過ごす……
最初の日は仕方ないとしても、今は鉄士達が事件解決で半分以上この村から離れている。本当ならこの時点に別室にするべきだと思うだが、そんな話は微塵も出てこない。今日もこの面子で一室に泊まるつもりのようだ。
何か言うべきかと悩む黄と、全く気に止めない女達。そろそろ耐性がついてきた黄だが、本当にこれで良いのかと、黄は自問自答していた。
「ところでこの海は、この後大丈夫だろうか? 魔物は全滅させたが、かなりやばいものをばらまいてしまったんだが……」
「私の血のことか?」
初戦で銀朱に敗退したとき、彼女は海中でかなりの出血をした。胴体の血管を全て断ち切られたんだから、その量はかなりのものだろう。
「ああ~うん。私もちょっと不安になってきた。どうなんだろう?」
「あの銀朱って人は、どうでしたか? あの後強くなってましたか?」
「いや、あいつも海坊主達も、特に違いはなかったぞ」
実際戦ったり操ったりしたが、彼らの力に何ら変化は感じなかった。
「ならきっと大丈夫ですよ。海の中で薄くなって、あの不思議な力も全部消えちゃったんですよ」
躑躅の言葉に、紺は少しだけ安堵する。その後、次の仕事の話をしながら夜は更けていった。
これは余談であるが、事件からしばらくして、復興した大間町の漁獲量に変化が生じた。元々漁業の豊かな土地であったが、それ以降は今までに増して、とても大きくて活きの良い魚が沢山取れるようになったという。
これは魔物の襲撃で様々な物を失った町民たちを、大きく元気づけたという。
だがそれと同時に魔物の生息数も増加し、以前以上の警戒が必要にもなった。




