第四十二話 銀朱
大間町の海岸。銀朱が差し向けてきた海坊主は、既に殲滅済みで、一行は海中にさらわれたまま戻ってこない紺を待ち続けた。
「紺さん。もしかしてやられちゃったんでしょうか?」
「有り得るな。水中戦では水魔法の使い手の方が有利だ」
他の鉄士達が、紺の安否を心配している中、当人の仲間達は妙に落ち着いている。
しばらくして波に流されながら、何かが砂の岸に近づいてきた。遠視の魔法で様子を見ていた鉄士が、海面に浮かび上がるそれの存在に気がついた。
「人だ! 人が流れてきたぞ!」
「「!!」」
この言葉に、今まで楽観している風だった浅葱達の表情が曇る。そして即座に海に飛び込んだ。
「救出は俺たちに任せろ! お前達は手を出すな!」
「えっ!? あっ、ああ」
優れた身体能力で海を高速で進みながら、流れ着いてきたそれを捕まえた。
それは身体を横に両断された、紺の死体だった。水中で大分出血した後のようで、傷口からは血があまり流れていない。
「この馬鹿が! 海中にどれだけの血を撒き散らしたんだ!? 拡散して無害になっていればいいんだが・・・・・・。黄! お前はもうしばらく海にいて、こいつの下半身を探してくれ! 俺たちは近くの海岸を探してみる」
「判りました!」
黄は元気よく答え、水中に潜る。常人の数十倍の身体能力の駆使し、イルカのように海を高速で泳ぎ、紺の残りの部分を探しに向かった。
紺の遺体を担いで、浅葱が浜に上陸した。半分になってしまった、濡れた少女の遺体が、浅葱の肩の上に乗せられている。
「何てことだ・・・・・・」
彼女の無惨な姿を見て、多くの鉄士達が嘆く。戻ってきていた町の者達が、彼女の遺体を仮安置場に持って行こうと話すが・・・
「必要ない。こいつのことは俺たちに任せておけ」
「いや、しかし・・・・・・」
「必要ないと言ったんだ! 言っておくが、こいつの身体には絶対に触れるなよ!」
危険を警戒するような浅葱の発言に、その場の者達が困惑する。
死んだ仲間を気遣っているにしては、どうも様子がおかしい。一行は紺の遺体を、まるで爆発物のように慎重に扱っている。
「それとこいつの死亡届はまだ出さなくていい。後で誤認報告を片付けるのが面倒になるだけだからな」
皆が浅葱の言葉に当惑する中、浅葱は紺の遺体を、布包みでやけに丁寧に包んでいく。そしてそれをサンタの袋のように担ぎ、海岸線の方へと歩いていった。
一時間ほどして、黄の懸命な捜索のおかげで、紺の下半身と刀が回収された。
浅葱達一行はそれも丹念に密閉し、海辺の小屋の中に閉じこめた。とてもじゃないが死者を弔うやり方じゃない。
やがて五時間ほど経過した後、その小屋の中の物が、再び動き出した。
大鰐 銀朱 84歳。
彼はかつて陸奥王国に使えていた軍人だった。優れた武門の家に生まれ、幼い頃から魔法と剣の才に恵まれた。
それ以上に彼自身も、血のにじむ修行を続け、成人する頃には王国でも指折りの戦士にまで成長した。
優れた水の魔法剣で、巨大な海入道や海賊船を野菜のように斬りおろし、多勢でかかる魔物や盗賊たちを一騎当千で壊滅させた。
これらの数々の武功から、国の英雄にもてはやされ、若くして将軍の地位を与えられる。己の強さと地位に慢心し、彼は大いなる栄光を謳歌した。
だがその武勇も、次第に終わりの時が見えてきた。年月が経つにつれ、彼の剣と魔法の力は次第に弱くなっていった。
老いによる衰え。
これはこの世の全ての生物が、決して逃れられぬ定めである。過去どんなに隆盛を極めても、どれだけの財を得ても、この定めだけは決して避けることはできない。
彼はそれを決して認めず、常に武人としての威厳を保とうとし続けた。だがそれも変えようがない現実によって打ち負かされた。
ある日、新兵の訓練に出向いたとき、彼は一人の新兵士と試合をした。結果銀朱は敗北した。ハンデなど一切ない、正々堂々の勝負だった。
銀朱は絶望の底に沈み、その日のうちに軍を退任した。平穏な隠居生活に入ったが、彼の心は過去の栄光に縛られ続けた。
そんなある日、暇つぶしに読んだ図書館の書物に、興味深い記述があった。異なる生物の肉体を、合成魔法で掛け合わせる技術である。
治癒などを操る生命魔法の中には、その生き物の肉体の形や特質を、故意に変質させるものもある。合成魔法もその一つだ。
例えばこれで馬と鳥を融合させれば、翼の生えた見事な天馬を作り出すこともできる。勿論これは、魔法がうまく成功すればの話であるが。
その技術には、人間と魔物の身体を融合させる分野もあった。これは違法とされている技術だ。だが一部の学者達はこの研究を昔から行っており、政府もそれを半ば黙認している。
女神レイコが三人種を生み出したのは、これに近い技術が使われている。これは推測などではなく、レイコ本人の発言から、事実であると判っている。
銀朱が目を向けたのはその中の一つ。人間と龍の合成技術だ。
龍は精霊に近い力を持つ霊獣の一種だ。凄まじい力と、とてつもなく長い寿命を持つ。その龍の血肉を合成させた人間は、いつまで経っても老いない最強の肉体を得るという。
これを知った銀朱は、己の蓄えた財を使い、各地の龍の居場所を探し出した。
だが見つけても、それを捕まえるのは困難だ。全盛時代ならばともかく、老衰で弱体化した自分の力で、果たして龍を生け捕りにすることはできるだろうか?
そんな時、思わぬ掘り出し物に巡り合えた。隣国の猪神王国に、親を失った海龍の卵が発見されたというのだ。
彼は早速それの運び場所を探り当て、裏方の商業ルートを使って、見事その卵を入手することができた。
その卵をある魔導研究所に持ち込み、多額の金を払って、合成魔法を依頼した。
やがて生まれたばかりの海龍の子を使って、実験は開始された。実験は見事成功。彼は全盛時代と同等以上の、強靭な肉体と魔力を取り戻したのだ。
それだけではない。海龍の力の影響からか、彼は水棲生物の意思を自在に操る能力まで手に入れたのだ。
その力は魚類だけでなく、理論上では魔物すら操れるという。
とにかく彼は、その力を試したくて堪らなかった。だが合成を行った彼の姿はあまりに異形で、国内で暴れまわるのは躊躇われた。そこで卵を入手した猪神王国に再び入った。
その土地の領海で、新しく得た能力を使ってみる。するとあの凶暴な魔物たちが、いとも容易く自分に平伏した。
力に陶酔しきった銀朱は、勢いのまま近くの港町を襲撃する。そしてそれを討伐するために、大勢の鉄士が集められていることを知ると、今度は彼らを使って、己の力を楽しんだ。
鉄士達は基本的に雑魚ばかりだったが、あの紺という若者には驚かされた。まさかあのような強者が、地味な傭兵業をしているとは…。
やはりこの大国は油断できない。最もその生意気な小娘も、ついさっき殺してやった。
もはや自分を止められる者は誰もいない。銀朱は、次はどこを襲ってやろうか思案していた。
(いっそのこと陸奥王国に攻め入ってやろうか? 儂をコケにした若造どもを、この手でいたぶってやるのも楽しそうだ)
海中の岩場に座り込みながら、歪んだ笑みを浮かべる銀朱。
実際のところ、彼を見下しているような若者は、彼が思っているほどはいない。多くの者が、かつての英雄である銀朱に、未だに強い敬意と尊信を持っている。
そんな彼らが、今の銀朱の姿を見たら、いったいどう思うであろうか……
(むっ?)
銀朱は、海中で何かが近づいているのに気がついた。しかも複数体。
最初は追撃してきた鉄士達かとも思ったが、事実は違った。それは十数体の海坊主達だった。銀朱が呼び集めた者の、ほとんどの個体はあの戦いで全滅したが、まだ生き残っている者もいたようだ。
(海坊主ども? 一体何事だ? ……!?)
その海坊主達の行動は、銀朱への攻撃だった。今まで自分が従っていた者に対し、武器を向けてこちらに突進してくる。
『激水!』
銀朱は掌を敵に向けて、魔法を放った。手のひらから急速に大量の水が圧縮され、それが一気に爆発する。
その勢いでものすごい衝撃波が、突撃してくる海坊主たちを跳ね返した。
突風に煽られたかのように、海中を百メートル以上飛んでいく海坊主たち。銀朱はすかさず彼に命令を送った。
(止まれ! そしてどこかに消え去れ!)
銀朱の精神から、強力な念波が放たれ、海坊主たちの精神に命令が送り込まれる。海龍との合成によって手にした、水棲生物の支配能力。いつもならこれで相手は自分の意のままとなる。
だが今回は違った。海坊主達には確かに銀朱の念波が届いたはず。だが彼らはその命令に従わなかった。海坊主達は態勢を整え、何事もなく銀朱に向かって再突撃する。
『馬鹿な!? くそ!』
念波が効かないとわかると、銀朱は即座に抜刀した。海中を素早く動き、海坊主達を次々と斬り伏せる。
大量の血液が、海中にガスのように拡散し、海坊主たちの死体は海流に流されてどこかへいってしまう。
『いったい何が起こったというのだ?』
今までになかった事態に、銀朱は戸惑った。あの程度の魔物、今の自分の力で支配しきれないはずがない。
また一つ、海中を動く気配が、こちらに近づいていることに気がついた。また海坊主か?と思って身構えたが、姿を現したそれに、銀朱は驚き入った。
『こうやって町を襲ったんだなあんた。少し試させてもらったよ。召喚魔法でなかったのは残念だったけど』
現れたそれは、一人の葉人の少女剣士=紺だった。数時間前に銀朱が真っ二つにして殺害したはずの人物だ。それが傷一つなく今目の前にいる。
しかもあの時は、海中で泳げずにもがき苦しんでいたのに、今は平然と海中を移動しているのだ。
海中でのさっきの声の出し方と、身体を動かさずに浮遊飛行のように水中を動いていることから、彼女は今水魔法を使っているのが判る。
自分の周囲の水を操り、人工の水流を作り上げ、それに乗っかって水中を移動しているのだ。




