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不死の女神  作者: 大麒麟
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第四十一話 老兵

(発言といい、登場の仕方といい、やばそうな雰囲気だな。敵か?)


「金に困っているそうだな。それなら確実に金を請求できる方法がありますよ。この事件の首謀者を捕まえればいい」


 あからさまに会話の雲行きがおかしい。


「ええと、それはどういう」


 未だに無警戒な黄。彼の右手を、突然紺が左手で握りしめた。


「紺さん?」

「私から離れるな」


 いきなり手を繋げられて困惑する黄を、紺はゆっくりと手を引っ張り、後退し、目の前の老人から距離を取り始める。他の二人も、同様に老人から離れ始めた。


 すると今まで穏やかだった海の様子が変わった。


「来たぞ! 魔物の群れだ!」


 海の様子を上空から観察していた鉄士が叫ぶ。海の向こうから、明らかに魚影とは異なる影が水面に多数現れ、こっちに向かってきているのだ。


「戦えない者は全員避難しろ!」


 この言葉に町民達が次々とその場から逃げ出していった。後には紺達を含めたおおよそ百人の鉄士が残った。

 浅瀬になると海坊主達の上半身が、河童のように次々と海面から出てきた。やがて浅瀬を超え、丘の砂浜に上がり始める。彼らが上陸した場所は、あの老人が立っている場所である。


 だが老人はこれに一向に逃げる様子はない。海坊主達も何故か彼を襲おうとはしない。

 それどころか彼の周りを囲い、彼を守るようにしてこちらに敵意の目を向けている。


「実に判りやすく教えてくれるよ。お前が首謀者だってのか?」

「その通りだ」


 鉄士全員が武器を構えて老人を睨み付ける。後続から海坊主達がどんどんやってきている。やがてその数は数百にもなり、老人の周りに集まった。


「ラスボスは蛸じゃなかったか。しかし蛇女といい小豆といい、事の元凶がそっちから出向いてきてくれるのは、すげえ楽で助かるよ。それであんた何者だ?」

「銀朱《ぎんしゅ》だ。元陸奥王国の将軍だ。手合わせ願おうか若き鉄士よ」


 老人=銀朱の名前に、浅葱が少し反応した。


(銀朱? 聞いたような名前だな。いったい誰だったか?《※第十一話》 陸奥王国の有名人なんて知らないんだが……)


 彼が名乗ってすぐに、彼自身に異変が起き始めた。銀朱の身体が、龍人から龍人以外の生き物に変じ始めたのだ。

 彼の人肌の全て、手足から顔の部分全てに、龍のような鱗が生え始めた。下半身の尻部から竜鱗で覆われた蛇の尻尾が生えてくる。両手両足に、虎や鷹のような鋭い爪が生えてきた。

 彼の顔の形も少し変わっており、平らな人間の顔から、前方に尖った恐竜のような顔になっている。


「なんだこいつは!? 龍人じゃないのか!?」


 銀朱の変異に、その場の全員が動揺する。銀朱の姿は龍になっていた。

 元々彼は龍人という人種なのだが、その形は人種としての本来の定義を超えている。普通の龍人の姿は、人と龍の姿が混じった姿だが、その割合は1:9程度の割合だ。

 だが今の銀朱の姿はおおよそ5:5。本当の意味での、龍型の怪人だ。


「変身した! すごいな。この世界の人間はこんなこともできるのか?」

「いや普通はできない。というかこんな変身魔法、俺も聞いたことがないぞ!」


 その場に唐突に現れ、魔物を操ったかと思えば、見たこともない変身をしてみせる謎の人物。

 あまりに奇怪な存在に、鉄士達は困惑とともに、未知の存在に対して恐怖した。


 銀朱は鉄士達に目配せすると、周りにいた海坊主たちが、一斉に彼らに向かってきた。


「来た!? 応戦するぞ!」


 その場で鉄士と海坊主の合戦が始まる。それに参加していないのは五人。銀朱と、何故か彼らだけ海坊主に襲われない紺達。


 銀朱は刀を抜き、紺たちに刃先を向ける。それに対して浅葱達も武器を持って、彼の前に乗り出そうとするが、何故か紺が手で彼らを制止した。

 手を繋いでいた黄を、背後に逃がし、敵の前に立ちはだかる。


「よせ。こいつは私がやる。みんなは手を出すな」


 この発言に浅葱は少しキレた。


「馬鹿か!? こいつは明らかに只者じゃない。変なプライドで、また血を流されては困るんだが」

「誰もプライドなんて立ててないよバーカ。おい銀朱! お前あんなに魔物を操ってるけど召喚魔法使いなのか?」

「さてどうだろうな。お前の目で確かめたらどうだ?」


 相手もやる気と知って、銀朱も余裕綽綽である。


「じゃあ今度は頼みだ。私が負けた場合でも、一旦ここは引いてくれるか?」

「何だ? 随分と弱気だな。まあいいだろう」


 交渉成立。何故か紺と戦いたいらしいこの老人と、紺は刀を向き合わせて対峙した。黄と躑躅が不安げな様子だ。


「よし一旦下がってろお前ら」

「紺さん、本当に大丈夫ですか?」

「それはもうだいぶ前から説明しただろう? 何度でも生き返れる。いいから下がってろ。私と違って、お前らはコンティニューできないんだから」


 花月山で、紺に頭を殴り潰されて死亡した洋竜。彼は紺の血肉を丸ごと食べたにも関わらず、殺されたあともずっと死んだままだった。彼は不死身にはなれなかったのだ。


「とりあえず私が死んだら、血と死体の処理を頼むわ」

「・・・・・・ああ、そうする」


 浅葱が頷いて話をそこで終わらせる。紺は腰の刀を抜き、銀朱と相対した。周りには鉄士と海坊主達の戦闘による喧噪が続いている。


「話は終わったぞ。それで戦う前にもう一度聞くが、お前はいったい何だ? 何考えて生きてんの知らないし、戦い好きだってのは判ったが、その身体は普通の龍人じゃないんだろ?」

「そこまで話す必要はない。これは儂が最強を極めるために得た力だ。それともう一つ言っておいてやろう。儂はな、貴様のような図に乗った若造が、即座に殺したくなる程嫌いなんだよ!」


 銀朱の刀が、水の魔法を纏った。僅かに水しぶきを上げながら、青く発光する。紺の風の魔法剣で構えた。

 攻撃は紺の方から仕掛けた。相手の隙を伺うなんて、細々としたことはしない。ただ力で押して倒すのみ。それを銀朱が水の刀身で防護した。


 ガキン!


 水と風の刃がぶつかり合い、大量の水飛沫が、風に飛ばされて周囲に撒き散らされる。

 そのまま両者の鍔迫り合いが始まった。体格差でパワーの面では、銀朱の方が圧倒的に優勢だ。だが紺は、その小柄な体にもかかわらず、相手と同等のパワーを発揮して、力を拮抗させる。


「はぁあああっ!」


 鍔迫り合いはしばらく続いたが、最終的に紺が競り勝った。

 紺の刀が銀朱の刀を上へと弾き返し、銀朱の身体が一瞬無防備な状態となる。そこへ紺が銀朱の腹めがけて斬りかかるが、銀朱は素早く背後へ後退し、ギリギリで攻撃を回避した。


 紺は休む間もなく、次々と剣撃を放った。銀朱も刃を盛んに動かし、それらの攻撃を受け止める。


 ガン! ガン! ガン!


 いくつもの剣戟音が鳴る。両者の攻防はほぼ互角、いや紺のほうが僅かに押していた。


(この娘、何という力だ! 剣の腕は未熟だというのに、この儂が力だけで押されているとは!?)


 銀朱はゆっくりと僅かずつ、後ろへと追いやられていく。

 百合以上の剣戟の後、銀朱の足が後ろの海の水に浸かった。身体に海水が触れたと気づいたと同時に、銀朱は新たな魔法を使った。


「小津波《こつなみ》!」


 銀朱の背後にあった海水が、突然盛り上がった。

 それは高さ二メートル・横幅四メートル程の、部分的な小さな津波が発生した。広い海の中で、一部分だけが津波になるなどと、自然現象ではまず有り得ない。これは魔法の力だ。


「ぶほっ!?」


 大量の海水をぶちまけられ、紺は動きが止められる。

 銀朱の方は、もっと近い位置でこの波を受けたはずだが、そよ風が通り抜けたかのように微動だにしていない。しかもその状態で動き出した。


 海水で怯んだ紺に大きく刀を振り下ろす。紺は慌てて横に転がり込んで、それをかわした。

 紺がいた地面の砂浜が、水の刃で大きく削られる。間一髪であった。


(水の近くにいるとやばいな)


 相手は水を自在に操れるらしい。相手にとって有利な領域に入らないよう、紺は後ろ向きで走り、海面の位置から距離を取る。

 そして刀を振り、遠距離戦用の風の刃を次々と放った。


 銀朱はそれらの攻撃を、いともたやすく受け止めた。風の刃は全て、銀朱の刀に弾かれ、空中に拡散して消滅した。

 それと同時に銀朱は、足元にある浅い海面に、刀を突き刺した。そしてそこに大量の魔力を注ぎ始める。


 何をする気かと紺は身構えるが…


「大津波(おおつなみ)!」


 今度もさっきと同じような技だった。ただし規模は全く違う。それは高さ十数メートル・横幅数十メートルもの、巨大な水の壁だった。


(うぉおおおおおおおお!?)


 突然現れたビッグウェーブに紺が仰天する。驚いたのは周りで戦闘中の鉄士達も同じだった。


「なっ何だ!? うわぁああああああああっ!?」


 紺と彼女の仲間達、そして付近で戦っていた不幸な鉄士達が、その大波に飲み込まれた。これほどの大波ならば、間違いなく町のほうまで被害を及ぼすだろう。

 だがこの大水は、銀朱の敵を飲み込んだ後、即座に停止した。そしてビデオの逆回しのように、急速に元の海面に戻っていった。


 紺を始めとした十人以上の人間が、その奇怪な高波にさらわれ、海中に引きずり込まれた。


(何て奴だ! これほど大量の水を、こんな短時間の溜めで動かせるとは!)


 一気に海の深いところまで引きずり込まれた浅葱が、慌てて岸に向かって海岸の方へと泳いでいく。

 水中をよく見ると躑躅と黄も、同じ方向に泳いでいる場面に気がついた。その中に紺と銀朱の姿はない。


 黄が途中で立ち止まり、しきりに紺の姿を探すが、躑躅に促されて海岸へと避難していく。


(……紺さん頑張って!)


 黄が水中で銀朱と戦っているだろう紺を想いながら、海岸へと向かっていた。この時一行は、とても大事なことを知らなかった。

 紺はカナヅチであるという事実を。






「グボババッ!(くっ苦しい!)」


 紺は海中でもがいていた。飲み込まれた時、うっかり水を大量に吸ってしまったようで、かなり息苦しそうだ。

 両手両足を、背中を掴まれた虫のように、バタバタと動かすが全くもって水中をうまく動けない。


 彼女の目の前に、あの銀朱が姿を現した。彼は泳ぐような動作をしておらず、まるで空を飛ぶかのように水中を自在に移動している。これも水魔法の力だろうか?

 絶賛沈溺中の紺の姿を、憐れむような呆れるような顔で眺めている。


『粋がっておいてこのザマか。この程度の弱点も克服せずに、よく戦いに身を置いたものだ。まあ所詮間抜けな若造ということだな』


 魔法によるものと思われる奇妙な音質の声で、水中で喋る銀朱。

 手に持っている刀の刃には、大量の魔力が溜め込まれ、青い光が強くなっている。必殺技を放つ準備が完了しているのだ。


『その愚かさを悔いながら死ぬがいい!』


 水中を鮫のように突進し、紺の胴体めがけて水の刃を振った。水の魔法剣は、水中では威力が増幅される。


「!!」


 その刃は、紺の白い服を着た胴体を、大根のように真っ二つに割った。

 腹部を境目にして、上半身と下半身の二つに分離させられた。大量の血が海中に溶け、薄れながら拡散していく。


 紺の目は生気を失い、僅かな気泡を口から出しながら海流に任せて流れていった。

 銀朱はもう彼女に興味を失ったようで、無音で水中を移動しながら、その場を去っていった。


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