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不死の女神  作者: 大麒麟
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第三十七話 国の実状

 猪神王国の北方にある町・大間町《おおままち》。寒流の流れる海に面した港町である。冬になると寒雪が厳しい土地にあるが、この港からは豊富な魚介類が漁れ、漁業産業で豊かな町である。


 秋に入り始め、そろそろ肌寒くなった時期、海の中を数隻の漁船が浮いている。和風文化の世界であるが、日本の江戸時代にあった木造の小型船などとは全く違う、機械稼働の高性能の船だ。

 だがこのとき、漁船の作業員達は少し困惑していた。


「おかしいな。向こうの船と連絡が取れないぞ。機械の故障か?」


 通信機を手に船長が困った顔をしている。この後、もう一団の漁船団と合流して、まとめて港に帰る予定だった。

 だが何度電報を送っても、向こうからの返信が来ない。どうしたものかと考え込んでいたところ、突然船が揺れた。


「何だ!?」


 グラグラと船が地震のように揺れている。今は風もないし、海も荒れていないのに何故?


 ドオン!


 すると漁船の目の前の海から、大きな水柱が立った。魚雷でも爆発したかのような、水の爆発点から、何か巨大なものが飛び出してきた。


「なっ、なんだあれ!?」


 それを見た漁師達が動転する。海から天へと伸びる、とても長いそれは、とてつもなく大きな蛸の足であった。普通の蛸ではありえない、その巨大な物体が目の前の漁船めがけて振り下ろされた。

 この日、海に出た漁船十五隻が帰ってこなかった。その翌日、大間町がある者に襲撃されることになる。







 森の中に、金属の骨組みで作られた奇妙な道がある。その上を、蛇のように長い巨大な物体が、風のような速度で走っている。

 大勢の人をまとめて移動させる乗り物=列車である。


 紺達一行は現在、列車に乗っていた。車両の横座席の椅子に、前に紺・黄(おう)、後ろに躑躅(つつじ)・浅葱(あさぎ)が、向かい合って座っている。横の窓からは、高速で変わる森の風景や、時々入る村の光景が映っている。

 今朝彼らは青龍京を発った。そして目的地と定めた場所に向けて、列車で移動中である。

 移動手段の話をしたとき浅葱が「また紺が竜に変身して、全員を乗せていけばいいのでは?」と提案したが、本人がこれを拒否した。「いい加減空を飛ぶのも飽きてきた。この世界独特の旅路でいきたい」と言ったのだ。


 紺は最初、この世界の旅の足というは、竜の馬車や、魔法で飛ぶ船などといった、ファンタジー的なものを想像していた。だが実際は、鉄道に列車という、かなり現代的な交通手段だった。

 しかもこの列車、外見は明治時代の汽車にそっくりなのだが、煙突や車輪は一切ついていない。磁力で浮上して動く、磁気列車(リニアモーターカー)であった。

 魔法の技術は一切使われていない、ハイテク科学の産物である。


(もうその手の期待はしないほうがいいんだろうな。こういう場合)


 座席の上で、若い男女が寄り添って座っている。この形になった時、紺は中学時代の修学旅行の移動を思い出した。

 あの時は、周りの三人が色々な話で盛り上がっている間、自分は一人窓の光景をボケっと見ながら時間を潰していた。ただ今回はあの時とは違う部分がある。


「うわぁあああ……。あっ! 紺さん見てください! 大兎がたくさんいます!」

「ああ、いるな」


 黄が窓の風景をずっと見続けている。列車に乗るのは生まれて初めてらしいが、出発から数時間経っているのに、よく飽きないものだ。

 何か見つけるたびに、はしゃぎながら紺に報告し、その度に紺は窓に目を向けながら適当に相槌を打った。こうも積極的・好意的に話しかけられ続けると、こっちも少し困るのだが。


 ちなみに今の報告で、一羽の兎の背中にもう一羽が乗っかって子孫生産中の場面を目撃した時は、少々ビビった。


 黄と向かい合った窓側の座席には躑躅が座っている。彼女は最初、駅の売店で買った菓子を食べ続けていた。だがそれを全て食べ尽くすと、退屈になったのか黄と同じように、窓の風景に目を向けていた。


 浅葱は今日の新聞を黙って見ている。静かでいてくれるのは嬉しいものだ。


 甚五郎と小豆の件があって、青龍京から逃げるように出発することになった一行。目的地は青龍京から遠く離れた北方の港町・大間町だ。


 逃亡…いや移動場所にここを選んだのは、そこに大きな仕事が舞い込んできたからだ。

 数日前にそこに、海から大量の魔物が襲撃してきた。魔物の群れの移動にいち早く気づき、迅速な避難をしたおかげで、住人の多くは無事だった。

 だがその前に海に出た、複数の漁船が行方不明である。この状況では生存は絶望だろう。


 魔物の数はあまりに多く、しかも強力な魔物が大勢揃っているため、協会は階級問わず大多数の鉄士に依頼受理を要請した。

 青龍京にもその依頼が来たのだが、目的地が地元とあまりに離れた距離にあるため、その依頼を受けたのはここにいる四人だけであった。

 ちょうど、できるだけ遠くに行こうという話であったため、彼らにとってはとても都合のいい依頼であった。


 何故これほど大量の魔物が、一気に出没したのか? その原因はまだ判っていない。

 最近の地脈の急激な上昇で、魔物は発生数が増えた。幽霊などの特殊な魔物の出現も、多く確認されている。


 だが一カ所にこれほどの魔物が、集中して出没したのは初めてである。

 この土地は、定期的に鉄士に魔物駆除をさせている。そのため元々の魔物の数は少ないはずだ。それがある日、何の前触れもなく、イナゴの群れのごとく大量に出現したのだ。


 まだ事件が起きてから数日しか経っていないので、明確な調査結果はまだ出せるはずがない。

 だが件の洋竜の事件のように、人間の悪意が関わっている可能性もあると警戒している。これに関して、紺は一つの予測を立ててみた。


「これの犯人って、臙脂(えんじ)と同じ召喚魔法使いじゃないのか?」


 浅葱もその可能性を否定しなかった。もしそうならば是非とも会ってみたい。紺には異世界に干渉する能力は、どうしても欲しいところだった。

 気がつくと浅葱が新聞を読み終えて、退屈そうにしている。ちょうどいいと、紺はいくつか聞いてみることにした。前の甚五郎の話を聞いて、再度気になっていたことだ。


「今更だけど浅葱は貴族だったんだろ? じゃあレイコに関して最新情報とかない?」

「レイコ様に関してか? ああ、異世界の話か……」


 前の図書館で見た本は少し古くて、情報元としては不足な印象を受けた。少し前まで格式高い学校で学んでいた人物に、再度聞き込んでみることにする。


「いや、ないな。四百年前に土地の再生と三賢者を残して以降、その人が現れたという話はない。不老不死だから、まだ生きているとは言われているが」

「三賢者の方は?」

「それもなしだ。紺が前に見たという本と、情報の更新は全くないだろう」


 三賢者。

 レイコが姿を眩ます前、当時最も荒れていた現在の猪神王国領に、三人の若者にそこの統治を命じたという。

 レイコから不老不死の力を与えられたその三人は、鬼王・龍王・葉王と呼ばれ、長きに渡って陸前国(現在の猪神王国領)を平和に収めていた。


「彼らがこの国を離れたことが、小豆のような輩がのさばる遠因になっている。紺が見たという本に、そのことは載っていたか?」

「なかったな。なんか関係あんのか?」

「ああ、ある。尤も下手に本に書くと、鉄士を信奉している民衆から抗議されるような話だ」


 三賢者の統治から年月が流れると、人々に女神レイコの行方を追う者が増えてきた。最初は彼女への尊信によるもだったが、やがて三賢者のように不老の力を頂こうという、私欲まみれのものがほとんどになっていった。

 彼らは三賢者がその行方を知っているのでは?と疑い、賄賂など様々な手で彼らに詰め寄った。だが三賢者は一貫して、知らないと答えを返し続けた。

 時には武力を行使した、反乱行為に出る者も現れた。だがそれらは、強大な力を持つ三賢者自らの手で、たやすく鎮められた。


 だがやがて取り返しのつかない事件が起こる。長年三賢者に使えていた臣下達が、何としてもレイコの居場所を聞き出そうと、これまでにない強硬手段に出た。それはいつもの傭兵を使った反乱とは違った。

 正規の軍を動かし、王都に住む都民三万人以上を拘束したのだ。そして彼らの助命と引き換えに、レイコの情報提供を要求してきたのだ。


 これはあまり悲惨なやり方の反乱である。国を束ねる立場の者たちが、自国の民を人質に取るなどと聞いたこともない。

 三賢者はこれに激怒した。彼らの強大な力で、人質はいともたやすく救出される。そして反乱を起こした臣下や、彼らの命令に従った十万人以上の兵士たちを、一人残らず処刑したのだ。


 その後三賢者達は、この事実を世界中に公表した。そしてもう人間と付き合うのは疲れたといい、全員陸前国を去った。それから二百年、彼らの音沙汰はない。


 彼らがいなくなった後、自身を女神レイコの血筋だと名乗る貴族が、新たな王として君臨した。彼はその名と共に、猪神王国を立ち上げ、絶対的な権力を振るった。

 だが王家が本当にレイコの子孫であるかは、一部の者たちから様々な疑惑が流れた。国が民を人質に取るという、とんだ裏切りがあった直後であることもあって。


 やがて鉄士達の調査によって、レイコはこの国に子孫を残していないという事実が、はっきりと確かめられた。

 それでも現王家は未だに君臨し続けている。これのためか、この猪神王国の、国民の愛国心はあまり高くない。

 ただし下手に社会が乱れるのを、民衆も恐れたのか、現政権を倒そうという勢力はあまりいない。ただ国を束ねる王族・貴族と、平民との間にはかなり冷えた関係が出来上がっている。


 治安維持を政府だけに任せず、鉄士という傭兵にも積極的に頼るようになったのも、これが起因していると言われている。

 鉄士は元々霊素材採取のための職業だったが、これ以降様々な分野の仕事に介入するようになった。


 王国では現在でも、レイコと三賢者の捜索を命じている。情報提供に、多額の賞金も掛けられている。

 だがこれを真面目に探す者は少ない。それが知れたら過去の反逆者達と同類だと、世間から非難されるからだ。


「三賢者によって、政府の非情さが世界中で大きく報じられ、その上三賢者が「国は信用できない」という発言を残して国を去ってしまった。そのせいで社会全体の、政府への信頼心は大きく低迷した。信頼が薄いが故に、政府の情報統制力はあまりに弱くなっていく。そのため過去の歴史や、レイコの実像等の情報が、当時の報道や物語の脚色等で、好き勝手に改竄されてしまったわけだが」


 三賢者は多数の民衆から、神様のように敬われていた。その崇拝の対象が、国家への不信頼を口にした所為で、それに倣うものが次々と現れたわけだ。


「そうみたいだな。レイコって、本当は黒髪で背の低い幼女だったんだろ?」


 女神レイコは絶世の美女。当初はフィクションのみでの脚色でしかなかったが、年月が流れるにつれ、それが史実だという誤解が広がり始める。

 そしてやがて正規の歴史書でも、その誤解のままの文面が記載されるようになった。


 後から政府関係者がどれだけ、この歴史は間違いだと説明しても、多くの人は信じなかったという。

 図書館の専門家の本には、正確な情報が記されていたが、あの大量に並べられた本棚の中、あの小難しい本を手に取る者は少ないだろう。


「ええっ、そうなんですか!?」

「幼女って、レイコ様が!?」


 二人の会話を聞いていた黄と躑躅が、盛大に驚いている。二人はこのことを知らなかったらしい。


「お前ら、レイコのことをどう習ってきたんだ?」

「僕は学校の授業で習いました。レイコ様は金髪で物凄い美女だったって。小さい頃に見た絵本にも載ってましたし」

「私も黄君と同じです。私も一応猪神王国の生まれですけど……学校で習ったのはそんな感じでした」


 これが実情である。一般に支給されている歴史書や教科書には、レイコの写真と称して、平然と他人の写真が載せられていたりする。

 浅葱は頭を抱えて気まずそうにしている。王国の貴族の生まれということで、負い目があるのかもしれない。ちなみに浅葱が通っていた貴族達の学校には、きちんと正しい歴史を教えている。


 この政府の信用失墜は、歴史書以外にも悪影響が出ている。例えば……


『これは大変だ! あなたのお子さんは、とてつもない重病にかかっていますぞ! このままではあと数日と持ちますまい!』

『え!? でも政府の発表では“今流行っているのはただの花粉症で、例年通りの処置でいい”と?』

『いやいや政府の言葉なんて信じちゃいけませんよ! あいつらは権威のために、どんな悪巧みをしているか判りませんからな! 私の治癒魔法ならば、この病を治すことができますよ。そうですな、治療代は……』


 とまあ、こんな感じだ。この手の詐欺行為が、多様に横行していった。


 これ以外にも鉄士が解決させたという、大金が動いた魔物討伐・富豪の誘拐事件には、鉄士自身の自作自演が多くあるという。

 だが憲兵がそれを疑って捜査をしても、うまく検挙できた事例はあまりに少ない。証拠になり得る物を提出しても、鉄士協会によって簡単にもみ消されてしまうからだ。

 実質今回の依頼も、それである可能性もあるのだ。


 民衆は憲兵よりも、鉄士を優先して信用する傾向がある。だが汚い犯罪に手を染める鉄士というのは、民衆が思っているよりもずっと多い。


 鉄士以外でも民衆の国への疑念を利用した、悪徳行は無数にある。だがそれらの多くは、政府の手を上手い具合にかいくぐっている。

 検挙されても、その犯人が「横暴な政府に濡れ衣を着せられた! 善良の市民の方々、どうかこの私に救いの手を!」と言えば、かなりの数の民衆がそれを信用し、政府に多くの抗議をしてくるのだ。


 権力者による民衆の迫害は、フィクションのみならず、史実においても大昔から延々と繰り返されたこと。

 だが民衆全てが権力を疑って反抗しては、秩序など保てるはずがない。そのせいで民衆達は自らの手で、民衆を虐げる悪人を守り犯罪を助長させてしまうのだ。


 先代と先々代の国王は、どうにか国の信用を回復させようと奮闘した。そのおかげで多少は国の権威は改善して、例のような犯罪は減少した。それでも一部の鉄士達の横行は持続している。


 浅葱が言うには、政府が女神や三賢者を探しているのは、この現状を打破するのは彼らしかいないと考えているからだという。


「ていうかこれじゃあ、たとえ賞金を出しても、レイコの情報なんて届かないんじゃないのか?」

「確かにな。今では三賢者の本名を知る者すら少ない」


 三賢者の本名。これは図書館の本には載ってなかった。


「どんな風に名前が伝わってるんだ?」

「色々だ。地方によって全く呼び名が違っていたりする。それで混乱する民も多いようだが、それで歴史に疑問を抱く者は少ないようだ」

「ふ~ん」


 彼らの本名というのを、少し気になって聞いてみようとも思ったが、何だかめんどくなってやめておいた。

 話を聞く限り彼らは界を渡る術は無いようだし、レイコの居場所も知らなそうだ。





 しばらく時間が立ち、今までしきりに紺に話しかけていた黄も、ようやくおとなしくなった。

 躑躅は長旅で眠りについている。窓側に肩をよせて、気持ちよさそうに眠っている。黄も同じように寝ているのだが……


(これじゃあ、騒いでいる方がマシだよ……)


 黄は隣にいる、紺の肩に頭を乗っけて寄り添っている。幼さが強く残る少年の顔が、スヤスヤと可愛い寝息を立てている。

 肩にかかる重みに、紺は大分悩んだ。正直に、鬱陶しいから離れろ!と言ってしまおうか? だがそうなると、この馬鹿みたいに素直な性格だ。またたいそう騒いで謝ってくるに違いない。

 そうなるとこっちが居た堪れない気分になってしまう。


 まだ起きている浅葱に目を向けるが、特に何の反応も示さない。こっちに何かしてくれる気はないようだ。


(ああ、もうどうしよう? こいつが起きるのを待つしかないのか?)


 列車は順調に進んでおり、目的地の大間町に近づいていく。そこに到着するまで、黄はずっと眠り続けていた。


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