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不死の女神  作者: 大麒麟
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第三十六話 風呂場

「くぅ!?」


 浅葱は反射的に手を口で押さえる。僅かに吸い込んだところ、身体に少しだが痺れを感じた。どうやら神経性の毒花粉のようだ。


「「ぎゃぁあああああああっ!?」」


 浅葱と小豆、両者の間で寝ていた鉄士達が断末魔の叫びを上げた。狂ったようにのたうち回り、唾液をゲロのように吐き、最後には全身が石のように固まって動きが止まった。

 彼らはもう息をしていない。浅葱よりも肉体の強さが大幅に劣る彼らは、この毒の強さに耐え切れなかったのだ。


 この毒花粉は、浅葱の後ろにいる者たちに振りまかれた。


「はぁ、はぁ、おえええっ!」

「うううっ、はぁあ!」

「ゲゲゲゲゲッ! グゴォオオオオオオオッ!」


 失神中の紺・黄・躑躅が、これを吸い込んで苦しそうな反応を見せる。特に躑躅の反応が妙に変だ。何やら身体が震えているようだが?


「俺は鉄士の中でも、対話の腕は一流なんだ。下賎な三流鉄士と違って、殴ったり蹴ったり斬ったりといった暴力行為は一切しねえ。ただこの花粉のイルミネーションを見せるだけで、誰もが俺の“説得”に耳を傾けてくれる。俺はな、お前のような野蛮人と違って、生粋の平和主義者なのさぁ。ふへへへへっ」


 花粉の霧はどんどん濃くなっていく。境内の草木が、毒にやられてどんどん枯れていく。どんどん強くなる毒素に、浅葱もそろそろ危険になってきた。


(くそっ、なんて毒だ! このまま手を当てたまま戦うか? しかしそれだとどの程度戦えるか?)


 浅葱の肉体の強さからすれば、思いっきり吸い込んでも、すぐに致命には至らないだろう。だが麻痺性の毒の影響での、身体能力・感覚能力の弱体化は否めない。


(こうなったらこの毒霧ごと、ここら一帯を焼き尽くす! 神社を破壊してしまうが、背に腹は変えられん!)


 浅葱の刀の炎の威力が上がった。大掛かりな魔法のための力を溜め始める。だが神経毒のせいか、パワーチャージの速度が遅い。

 だがそれが終わる前に、この勝負に水を差すものが現れた。


「グギャァアアアアアアアアアアアッ!」


「え?」

「はぁ?」


 突然の奇声に、浅葱と小豆は同時に声の方に振り向いた。その方角は浅葱の真後ろ。浅葱の仲間たちを寝かせた所だ。


「グガァアアアアアアアアッ!」


(躑躅!?)


 そこには獣のように叫び上げる女がいた。それは何と躑躅だった。縛り上げていた蔓は引きちぎられている。そして両手を上げて、空に向けて謎の声を上げ続ける。


「躑躅どうし……!? ごほっ、ごほっ!(いったいどうなってる? まさか甚五郎から吸い出した毒が?)」


 いつもの大人しい幼い(ように見える)少女の姿はどこにもない。躑躅はゴリラのように自分の胸を叩き始めた。

 そしてその衝撃に痛んだのか、自分で叩いた胸を押さえて苦しみ出す。何を考えているのかと思えば、今度は真っ直ぐに走り出した。


「ウォオオオオオオオッ! ジネエェエエエエエエエ!」

「へ?」


 躑躅は浅葱の側を素通りし、小豆に向かって猛牛のように突進した。

 彼の周りの濃い毒霧など、全く気に止めない。そして自分より背丈がずっと高い小豆の目の前で、彼女は飛び上がった。


 バキン!


「がふっ!?」


 躑躅の飛び蹴りが小豆の顔面に炸裂する。相当効いたようで、口から血は吹き出して倒れ込んだ。もしかしたら歯が折れたかもしれない。

 毒の魔法は強力だが、体術においてはそれほど強くない小豆は、突然の強襲に混乱してほとんど対処ができていない。躑躅は倒れた小豆の胸に馬乗りになる。そして上から拳を振り上げた。


「まっ待て! 暴力反た……ぶべぇ!?」


 何か言おうとしていた小豆だが、そんなことお構いなしに躑躅は殴りつけた。一発では済まず、何度も何度も殴りつける。


 ガン! ガン! ガン! ガン!


「ゲヘヘヘヘヘヘッ! グガァアアアッ!」


 仲間達の中で、一番身体能力が劣るはずの躑躅。だが今の彼女は、どういうわけか黄にも匹敵するほどに、肉体が強化されていた。

 躑躅の拳が血で真っ赤になり、躑躅の顔にも返り血がどんどん付着していく。


「……お、おい躑躅?」


 もはや狂人に成り果てた躑躅に、浅葱はだいぶ引きながらも声をかけてみる。だが生憎その声が届かない。

 やがて小豆の体が、僅かな痙攣すら起こさなくなった。もはや息すらしていないだろう。


「ハァ、ハァ、ハァ、オヤスミ……」


 小豆からの馬乗りから立ち上がり、そのまま数歩下がると、途端に躑躅はそのまま倒れ込んだ。浅葱が恐る恐る彼女に近づいてみる。


「お~い、生きてるか?」


 見てみると幸い躑躅はまだ息をしていた。というか寝ていた。さっきの悪魔のような形相と暴走ぶりが嘘のように、安らかで可愛らしい寝顔で寝息を立てている。


「全く意味が判らん……」


 毒と薬をどう調合すれば、このような結果になるのか? ひとまずこれで難は去った。

 境内を覆っていた毒霧は、小豆の絶命と共に、徐々に薄れていく。社殿を見てみると、紺と黄が相変わらず眠っていた。こちらも深刻な状態ではないようだ。


「ううっ・・・・・・」


 さっきの神経毒の花粉が、ほどよい痺れを与えたのか、まもなくして紺は目を覚ました。







「はあ・・・・・・中々落ちないなこれ」

「んん・・・・・・」


 午後に入る時間に、甚五郎神社の神職寮にて。二人の男女が一緒に風呂に入って、身体を洗っていた。紺と黄である。

 黄はまだ目を覚ましておらず、彼を風呂の中で寝かしながら、上から石鹸で体中を清拭している。


 彼の身体についている汚れ・臭いは、紺よりも遙かに深刻だった。この臭いがつき続けている限り、彼は二度と目覚めないかもしれない。

 紺が先に目を覚ましたこともあって、彼女が黄の清拭を行うことになった。自分の代わりにこんなに働いてくれたのだから、このこびりついた臭いも、ちゃんと我慢しなければならない。


(こんなになるまでよくやったもんだ・・・・・・。そんなに私に尽くしたいのか? 良くわかんないの)


 ちなみにここまで身体を刺激しているのに、黄は中々目覚めない。時々うなされるような寝言を言うだけである。どうやらあの臭いは、相当な生き地獄だったようだ。


 ちなみに風呂場ゆえ、当然二人は裸である。紺はタオルなど巻いておらず、黄もまた股の大事な部分も剥き出しになっている。だが紺は全く気にとめず、黄の身体に触れ続けている。

 臭いは一時間近く洗浄を繰り返しても、中々落ちてくれない。


「う~~ん」


 長時間身体を擦る作業が刺激になったのか、最初は全く動かなかった黄が、突然目を覚ました。


「おう、起きたか」

「へ?」


 黄の目に入ったのは、当然素っ裸の紺の姿。そして判ったのは、自身も裸であるという事実。十二歳の少年には、実に刺激的な光景だったようで、彼の顔が炭を焼いたように赤くなっていく。


「ごっ、ごめんなさい!?」

「待てやこら!?」


 大慌てで逃げるように風呂場から出ようとする黄を、紺が後ろから肩を掴み上げて制止させる。

 黄は無理矢理引き剥がそうとしたが、紺はそれを許さない。彼の身体を後ろから腕を回して掴み上げる。一見抱きつかれるような姿勢で捕縛される黄。背中から感じる女の小さな胸の感触に卒倒しそうになる。


「ガキのくせに、何くだらないこと意識してんだよ? おとなしくちゃんと洗われろ!」

「いっ、いやです! やめくださ・・・・・・はにゃぁああ!?」


 黄が突然猫のような声で悲鳴を上げる。いったい何が起こったのか?

 紺は黄を黙らせるために、あることを行った。格闘技用語で金的(きんてき)と呼称される人体部位を、右手で力強く握ったのだ。


 黄はひとしきり悲鳴を上げた後、あっさり大人しくなる。紺はようやく落ち着いて、清拭を再開始した。

 ・・・・・・・・・ていうか、本人が目を覚ましたんだから、風呂洗いを本人にやらせても良かったはずだが、紺はそこまで頭が回っていなかった。






 二時間にわたる入浴時間を経て、二人は上がってきた。黄は死んだ魚のような目で失神している。

 元々神職が暮らしていただろう部屋の寝室に、布団を敷いて黄を寝かせる。


(まだ臭いは完全に取れてないな・・・・・・。まあここまでやれば十分だろう。後は自然に落ちるのを待つか)


 紺は元来ていたセーラー服を再び着る。ちなみにこの服についた汚れ・臭いは、洗っていないのに大分落ちていた。このままいけば、放っておいても明日には、完全に綺麗になっているだろう。

 自分の手や顔についた臭いは、あれだけ洗ってもまだ残っているのに、なんとも不平等である。


 紺は部屋を出て、隣の部屋に入った。こっちの部屋には、毒で療養中の躑躅が眠っている。


「よお、躑躅は大丈夫か? ・・・・・・て、うおお!?」


 そこにはどこから持ってきたのか、鎖でグルグル巻きになって寝ている躑躅の姿があった。隣では彼女を監視するような様子で、浅葱が座っている。


「よう上がったか。・・・・・・でもそう簡単には、あの臭いは落ちないようだな」

「ああ、まあな。そっちは何やってんだよ? ていうかこの鎖はどっから持ってきたんだ?」

「当然また暴れないようにするための措置だ。この鎖はさっき村の者達から貰った。昔魔物を捕らえるのに使っていたそうだが」


 浅葱が危惧しているのは、さっき小豆を撲殺した暴走のこと。躑躅はこんな状態ながらも、黄と同様未だに眠り続けている。


「いや・・・・・・だからってこれは行き過ぎじゃないか? ぶっちゃけ児童虐待にしか見えないんだけど」


 さすがにこの光景には、紺も少し引いた。


「生憎だがこれでも足りないぐらいだ。お前もあれを見ていたら、こんなのよりももっと引くぞ」

「そっ、そうなのか?」


 躑躅はすやすやと安らかな寝息を立てている。特に苦しめられている様子もないので、これぐらい別にいい・・・・・・・・・・・・のだろうか?


「さっき村にまでいったとき聞いた。ここの神職達は、全員入院しているそうだ。他にも大勢患者がいて診療所に入りきれなくてな、知り合いの民家に寝せて貰っている」

「患者が大勢? ていうとあの鉄士がらみか?」


 気絶している間にやってきた、小豆という男の話は既に聞いている。目を覚ました時には、彼の顔は既に判別できない状態になっていたが。


「ああ、奴の毒にやられた者達だ。お前、あとで治療を頼めるか?」

「まあ、それぐらいならいいけど・・・・・・」


 ちなみに小豆とチンピラ鉄士三人組の亡骸は、神社から離れた林の中で埋めている。協会のきな臭さもあって、あの顛末のことは報告しないことにしている。


「しかし鉄士協会てのも、ずいぶんどす黒い所があるんだな。これじゃ悪の秘密結社みたいだよ」

「案外当たってるかもな。それでこれからのことだが……」

「うん?」


 何やら険しい顔をする浅葱に、紺は少し困惑する。全部片付いたら、また青龍京の宿に戻って次の依頼を受けるのではないのだろうか?


「躑躅達が目を覚まして、村人の治療が終わったら、青龍京及びその近辺から一刻も早く離れよう。もうここには戻ってこないほうがいい」

「何でだ? 小豆を殺したからか?」


 確かにあれは明確な死体遺棄で、かなりやばい所業ではあった。


「まあな。黄金級鉄士が消息を断てば、それなりに騒ぎになるだろうな。変なことに巻き込まれないうちに逃げ出すのが得策だ」

「まあ、それも仕方ないか」


 状況からいって、自分たちが小豆殺害の犯人になる可能性もある。今更何があっても怖いとまでは思わないが、それでもあまり気分がいいものではない。


 躑躅は三年も青龍京で働いていたそうだが、これに乗ってくれるだろうか? もし駄目だったら、ここでお別れになる。

 まあなんとなしに、これまで通りに自分たちについてきくれそうな気がする。黄に関しては言わずもがな。


 翌日に四人は、全員同意して青龍京を旅立った。


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