第三十五話 小豆
まもなくして彼らは神社に戻っていった。慌てて追走していたため、神社への方角は分からなかったが、甚五郎が道を教えてくれたため、林を迷うことなく到着が出来た。
『気配が無さ過ぎる。社の者達はどうなったんだ?』
神社の中は、最初に来たときと同じ無人だった。鉄士達を境内に真ん中に放り投げ、甚五郎は訝しむ。
「判らない。俺たちがここについたときは、既に誰もいなかった。診療所ではないのか?一応依頼書では死人は出ていないとのことだが」
『そうか・・・・・・。みな無事だといいが』
神職達の身を案ずる甚五郎。自分から診療所に確認できないのがつらいところ。自分が村に出たら、自身の臭いでどんな被害を与えるか判らない。
「こいつらのような賊が、また現れないとは限らん。甚五郎様はどこか目立たないところで隠れた方がいい。病み上がりでは、十分に力は発揮できないだろう?」
『そうだな。重ね重ね感謝する。ところで・・・・・・』
甚五郎は浅葱の足下で寝ている紺に顔を向けた。
『この者は葉人ではないな?』
さすがに頭に葉っぱを乗っけた程度では、土地神の目は誤魔化せないらしい。
「判るか・・・・・・。紺は純人だ。異世界の日本という国から来たらしい」
『日本? ほう・・・・・・、それは何処の世界の日本だ?』
「何?」
異世界という言葉に変に思われると思っていたが、返ってきた言葉は予想と違っていた。というか意味が判らなかった。
「それはどういう意味ですか?」
『どういう意味と言っても・・・・・・日本と一口に言っても、色んな所があるだろう? 儂の父上も日本という国から来たそうだが。どうもこの娘は、匂いからして父上とは違う世界の者のようだ』
「はあ・・・・・・?」
どうも話が見えない。もしかしたら土地神と民衆との間には、異世界の知識に食い違いがあるのでは?と浅葱は考え、質問の仕方を変えた。
「失礼ですが、神々にとって異世界とは、どういう認識なのでしょうか? 我々の間では、異世界という物は、名前だけでほとんど知らないのですよ」
『そうなのか? まあ、儂らもあまり詳しく知っているわけではないのだが。レイコ様が言うには、国も言葉も似たような世界は、いくらでもあるそうだ』
意外に思えて、何となく納得できそうな名前が出てきた。
「レイコ様が?」
『うむ。あの人は界を超える力を持っておられてな。昔はよく頻繁に、異世界を行き来していたのだが。いくつかの世界で戸籍を作って、屋敷を持っていたりもしたそうだ。我ら土地神達も、その半数はレイコ様が異界から招きいれたと聞く』
それは全くの初耳だ。レイコに関してはそのようなこと、学校の授業でも、歴史書でも、聞いたことがない。
まあ土地神達の存在や知識に関しては、色々と不思議に思われているところは、確かにあった。
かつて世界が疲弊したとき、この世界の霊獣や精霊は、絶滅寸前までに数を減らした。
だがレイコ出現と共に、何故か彼らの個体数が一気に回復し、それぞれの場所で土地神を務めるようになった。これもレイコのなした奇跡と言われていたが、具体的にどうやったのか、詳しい説明を聞いたことはない。
まさか異世界から人員を補充したとは、誰も考えつかないだろう。
それ以外にも、新しく出現した土地神達には、妙な知識を持つ者がいたという。“マナー”とか“ルール”などといった妙なカタカナ単語は、土地神が伝えたとも言われている。
「ではレイコ様は異世界人だったのですか?」
『うむ? そんな話があるのか? この世界に我らを集めたというから、この世界の生まれと思っていたが?』
「いえ、そこまでは……」
何だかとてつもない話を聞いた気がする。異世界に関して多くの学者が、研究と討議を繰り返してきたが、まさかこんな回答をここでされるとは思わなかった。
考えてみれば、歴史の研究のために、崇高な存在である土地神に話を聞きだそうとした、何て話も聞いた事が無かったが。
とりあえず紺の身の上のことを、甚五郎に話してみた。
『ふむ……異世界に帰る方法か。悪いが儂では力になれんな。レイコ様ならば、どうにかできるだろうが』
「いえ、変な話をしてこちらも申し訳ありませんでした。こちらから長話をしておいて失礼ですが、甚五郎様は早くここから立ち去ったほうがいい。どうにも良くない予感がしますので」
ここは神社の中、依頼を受けた鉄士達が、真っ先にやってくる可能性が高い。
『うむ、承知した。それからこちらかの頼みだが。その紺という娘、どうかこれからもよろしく頼む』
「どういうことです?」
『その娘からは、レイコ様ととてもよく似た力を感じるのだよ。何故かは判らないが、放っておいて欲しくないのだ。ではさらばだ……』
それだけ言い残して、甚五郎は林の中へと消えていった。彼が立ち去った後には、異臭を放つネバネバした足跡が、いくつも残されていた。
そんな臭いなど気にせず、浅葱は今聞いた話に関して、考えあぐねていた。
(今の話、やはり紺にも伝えなければならないだろうな。そうなると帰還する唯一の方法は、レイコ様を見つけ出すことになるが。それは土地神に会うよりも難しいのでは?)
そもそもまだ生きているかどうかも判らないのだ。不死の存在だと言われてはいるが、それがどの程度までの不死なのかなど判らない。
だが“不死”という単語を思い浮かべたとき、浅葱は紺の能力に関して、ある可能性に思い当たった。
(まさかこいつの持っている力……レイコ様が言い残したというあれか!? 当時の王族がでっち上げた話だと思っていたが、もし本当だったら……)
浅葱は自分が関わった存在が、想像以上に大きな存在かもしれないと、今更ながらに思い当たった。
(まあいい。今はとにかく、こいつらをどうにかしないとな。神職の寮にも風呂はあるだろうが、勝手に使っていいだろうか?)
ご神体の甚五郎から予め許可を求めていれば良かったと、少し後悔する浅葱。勝手に使っても、甚五郎は気にしないだろうが、神職達はどう思うだろうか?
(ここの神を救ったんだ。少しぐらいの無礼は大目に見て貰おう)
一番汚れが酷いのは黄だ。浅葱は彼をまず運ぼうとするが、一旦手が止まった。
(誰だ? また鉄士か?)
神社の入り口、鳥居の向こうから人の気配が近づいてくる。浅葱の強力な聴覚から、聞こえる足音から、近づいているのは恐らく一人。
浅葱は仲間達を、社殿の階段に移動させ、近づいてくる者に対していつでも迎撃できるよう身構えた。ちなみに浅葱が倒した鉄士達は、そのまま境内の真ん中に置き去りである。やがてその気配の主は現れた。
「何か妙なことになってるな。何だこいつら?」
現れたその人物は、自分と浅葱の距離の間で倒れている、手足を一本ずつ斬られた粘液まみれの鉄士達を指さす。
「お前は・・・・・・小豆か?」
食べ物の名前を言ったのではない。これがその人物の名前だ。
現れたのは黒い浴衣姿の、四十~五十歳ぐらいの葉人の男性だった。浅葱は直接会ったことはないが、新聞などでその顔を見たことがある。この男は黄金級鉄士の小豆という男である。現在青龍京に在住している鉄士の中では、最強レベルの男である。
また以前、六王国・北鬼町での石化病事件で、彼が行ったこと(※第二十一話)を、つい最近黄から聞いた。
「お前も目的も神殺しか?」
この男がここに現れたことに関して、ある仮説を瞬時に立てた浅葱は、強い敵意を現しながら質問する。
「いやあ、ちょっと違うんだよなあ。さっき協会に変な報告が来てな、それで俺がちょっと見に来たんだよ」
「変な報告?」
「“滝沢村で暴走した土地神は、既に治療が完了した。だからもう討伐の必要はない”てな。おかしいだろ? 俺が盛った毒は、そんじょそこらの奴に治せるはずがないってのにな」
全く隠し立てしようとせず、あっさり自分がこの事件の犯人だと白状する小豆。
浅葱もおおよそ判っていた。いくら下級の霊獣とはいえ、土地神を狂わせるほどの毒を創り出せる葉人など、そうそういるものではない。
この小豆という男は、毒と薬の扱いにおいて、飛び抜けた能力を持っていることで知られている。故に必然的に彼が第一容疑者になる。
「今貴様は、神殺し未遂を白状した! 今ここで捕らえる!」
相手が敵だと明確に確認した浅葱は、即座に抜刀する。刀身には強い怒りの炎が宿る。
「おおっ~すごい魔力を感じるなあ~。てことはあれを治せたってのは本当なのか? いけないなあ~いけないよお~。これだとまた毒を盛り直さないといけないじゃん」
「随分と余裕だな。神殺しがどれだけの大罪か知っているはずだろう?」
「知ってるけど、それがどうしたぁ~? それがばれたからって、誰が裁くってんだぁ? 鉄士協会か? それは無理だよぉ。俺にこうしろと依頼してきたのは、鉄士協会だからなぁ」
「ほう・・・・・・協会もグルだったか」
依頼にあった文に確かにこうあった。強力な霊素材がとれる土地神の死骸を持ち帰れば、協会から追加報酬が出ると。
「洋竜の死骸を見つけたとき、強い武器をたくさん生産しようって話が出てな。でも洋竜の材料だけじゃ、儲けが半端になりそうなんだそうだ。注文客も予想より多かったし。だから追加して霊獣の骨が、もう一丁欲しいんだとさ」
「それなら貴様を憲兵隊に突き出すまでだが?」
「協会側が冤罪だって言ってくれば、話はお終いだぜぇ? 土地神本人が抗議し来たとしても、また暴走を始めたとか言って討っちまえば話は簡単に終わる。まあ、どっちをとっても、結局協会が儲かるんだがなぁ~」
むかつく物言いだが事実だ。政府と鉄士協会。両者が意見をぶつけた場合、民衆がどっちの主張を信じるかなど、最初から目に見えている。
そしてこの男。本来秘密にすべきことを、何の迷いもなくペラペラ喋っている。何を暴かれようと、自分の立場を危うくなることはないと、絶対的な自信を持っているようだ。
実質黄金級という上位階級になると、協会からの庇護は強くなる。実際に石化病事件でこの男は、それによってまんまと罪を逃れている。
「お前も難しい事なんて考えずに、流れに乗ったほうが利口だぜぇ? 俺は別にあんたらの仕事を盗りに来た訳じゃない。このまま土地神を協会に差し出せば、全て丸く収まる。別にあんな下っ端な神が一匹消えても、地脈にそれほど影響はないんだそうだぁ。ちゃんと村人の了解は貰ってるし、あんたもいっぱい儲かる。何も悪い事なんてないだろう?」
「村人の了解だと?」
信じがたい話だ。そういえば最初に来たとき、村の様子がおかしかったが・・・・・・
「最初は納得して貰えなかったがな。俺がうるさい奴を五十人ほど毒殺してから、もう一回“説得”したら、みんな快く引き受けてくれたぜぇ。いやぁ、平和的に“話し合い”で解決できるって、とてもいいことだよなぁ~。ふへへへへへへへっ」
浅葱は怒りでものも言えない。幼い頃から貴族の間で、鉄士の悪評をさんざん聞いていた。それが真実かどうか、ずっと浅葱は疑問に思っていた。何せ名のある鉄士は、平民達の間では英雄なのだ。
腐敗した貴族の横暴を、鉄士が華麗な活躍で懲らしめる。そんな物語や演劇が、平民達の間では大人気なのだ。
平民と貴族、双方の鉄士の評価の食い違いに、貴族出の浅葱はずっと不思議に思っていた。いったいどっちの評価が正しいのか? だがその疑問は、今ここで全て解決した。
「そうか・・・・・・。俺には貴様は“話し合い”の価値すら見受けられないがな・・・・・・」
殺気を高め、小豆からの提案拒否を無言で現す。
「おいおいちょっと落ち着けよぉ。暴力は野蛮だぜぇ。って退いてくれそうにないな・・・・・・。しょうがない、あんたも俺から“説得”してやるかぁ」
小豆の頭から薔薇のような形の、紫色の花が咲いた。形は薔薇だが、色合いは視覚的に気持ち悪さを感じる。
その花から花弁と同じ色の、紫色の花粉が放たれた。花粉の量は、これまで躑躅が使った技とは比べものにならない、吹雪のように膨大に吹き荒れた。
神社一帯は、あっというまにその花粉の霧に包まれた。




