第三十四話 吸血植物
「さてどうするか?」
気絶した紺と黄は、現在近くの地面の下で水に浸かっている。
適当なところで、人が入れる分の大きさの穴を掘り、そこに水魔法で水を溜めた。そこに二人の身体、首から下の部分を水に入れたのだ。
あの粘液の悪臭からすれば、焼け石に水だが、何もしないよりはよい。水は冷たいが二人は目を覚ます様子はない。二人の強靱な肉体を考えれば、体温低下の弊害は起きないだろう。
さて問題なのは、あの二人同様に気絶している甚五郎だ。こっちは目を覚まされるとかなりやばい。
「まいったな・・・・・・。毒は紺に治して貰うつもりだったんだが。こいつより先に目覚めてくれるだろうか?」
悪臭を放つ甚五郎の位置から、百メートル以上距離をとって、二人は会話する。
生憎浅葱には、怪我や毒を癒すタイプの魔法は使えない。仮に使えたとしても、土地神を狂わせるほどの強力な呪毒だ。とうてい浅葱の手には負えないだろう。
「それじゃあ、私が治してみます」
躑躅がそう言いだした。浅葱が意外そうに答える。
「お前、治療の魔法も使えたのか?」
「いえ、紺さんの魔法とは、少し違うんです。私も今日初めて試してみる技で、ちょっと自信がないんですが。とにかくやってみます」
躑躅の頭から触手が生え始めた。蛸の足のように自在に動く、長くて太い植物の蔓だ。ただし以前九十九神を捕まえた技と違い、今回は生えてきたのは一本だけだ。しかも先端が槍のように尖っている。
その蔓はどんどん伸びて、甚五郎のほうへと近づいていく。やがて尖った先端が、その太い首の方に向いた。
サクッ!
「おっおい!?」
浅葱が少し動揺した。蔓の先端が、甚五郎の首に突き刺さったのだ。あまり深くはなく、重傷を与えるほどではなかったが、この痛みに甚五郎の身体が少し震えた。
だが幸い意識を取り戻すほどの刺激ではなく、すぐに大人しくなる。
「ううううっ!」
躑躅が気持ち悪そうな表情を浮かべる。彼女はあの蔓を通して、採血注射器のように、甚五郎の血液を吸い取っていた。その血と一緒に、甚五郎の中の毒も吸い上げる。
毒は躑躅の魔法によって、凝縮されて集められており、毒が濃く含まれた血液が、どんどん躑躅の体内に注ぎ込まれていく。
「これは・・・・・・大丈夫なのか?」
状況を理解した浅葱が、心配して声をかける。躑躅は一言「大丈夫です」と言って、作業を進める。
やがて躑躅が吸える分だけの毒は、全て甚五郎から躑躅の中へと移動し終わった。甚五郎の首から、あの蔓の先端が引き抜かれる。
疲れ切った表情で、躑躅はその場で膝をつく。
「はあ、はあ・・・・・・」
「本当に大丈夫なのか? 病院にでも運ぶか?」
あの村にも診療所ぐらいはあるだろう。何だか冷たい雰囲気の村だったが、訳を話せば助けてくれるはずだ。
「いえ、いりません。というか、しばらく私の周りに、人を近づけさせないでください・・・・・・」
「??」
もう作業は終わったはずなのに、躑躅の頭の蔓は元に戻らない。それどころか蔓の長さはどんどん伸び、さっきの二倍ぐらいに伸びた。
何をする気なのかと思ったら、躑躅はそれを、頭の根本から引き抜いた。
「浅葱さん、お願いです・・・・・・。これで私を縛ってください」
「はぁ?」
息を荒げながら、紐で縛れと言ってくる少女。変な想像をしてしまいそうだ。
「あの毒で、もしかしたら私も暴れ出すかも知れません。中和が終わるまで、絶対に私を自由にさせないで・・・・・・」
葉人は毒に強い種ではあるが、それでも限界はある。さっきの抽出で、毒の感染を起こす可能性は、十分に考えられる。
浅葱は了承し、その場で躑躅の両手足を縛り上げる。躑躅は安心して眠りに落ちた。そうしてその場で立っているのは、浅葱一人となった。
(さてと、俺はどうすればいいのか?)
普通ならばこの場の全員を、安全なところまで運ぶのが良いだろう。場所としては、さっきの神社が妥当だ。だがそうなると、あの甚五郎まで運ばなければならない。
(あれを担いだりしたら・・・・・・今度は俺が気を失うかもしれんな)
体臭は未だに発せられ続けている。常人ならばこの遠くから嗅いだだけでも、失神してしまうかもしれない。
多くの戦闘訓練を積んだ浅葱でも、かなり堪えているのだ。あの粘液を直に浴びて、意識を保てる自信は全くない。
(やむをえん。甚五郎当人が目覚めるまで、俺がここで護衛しているか・・・・・・)
そう結論を出し、浅葱は躑躅を担ぎ、紺達が寝てるところまで移動させた。そして目を届く範囲内で、できるだけ距離をとって甚五郎を見張る。
甚五郎は未だに眠り続けている。浅葱は臭いに我慢しながらも、彼の姿を監視し続けた。やがて十分ほど時間が流れ・・・・・・
「うわっ、くっせえな。何だこの臭い?」
「おい! あれ見ろよ! 獲物がいたぜ!」
林の中で数人の話し声が聞こえてきた。武装した鉄士達だ。
(早速来たか・・・・・・)
これは浅葱も予想していた事態だった。この依頼を受けた鉄士は、自分たちだけではないのだ。即座に彼らの前に飛び出す。
「何だお前は!?」
「鉄士の浅葱だ。残念だがあれを討伐する必要はない」
「なにぃ!? じゃああれはお前がやったのか?」
獲物を先取りされたと怒る鉄士の言葉に、浅葱は首を振った。
「いや、まだ死んではいない。さっき治療を終えたところだ。もうじき正気に戻って目を覚ますだろう」
鉄士達が微妙な表情を浮かべる。何やら困惑しているようで、お互い顔を見合わせる。
「お前は一人で捕まえたのか?」
「いや、他に三人仲間がいるが、今は戦いの傷があって休ませている」
臭いで失神したとは、格好がつかないので傷と言っておく。その言葉を聞いた鉄士達が、困惑から一変して、欲にまみれた笑みを浮かべ始める。
「そうかそうか。お前一人か」
鉄士達が次々と武器を抜いて、浅葱に向ける。感じられる殺意から、何をしようとしているのか、すぐに浅葱は理解した。自分たちを殺して、依頼達成を横取りするつもりだ。
「お前は協会の規則をちゃんと覚えているのか? 鉄士同士の揉め事は厳禁だ。ましてや他人の功績を力ずくで奪おうなどとな・・・・・・」
「うっせえな! そんなことで、こんなチャンス逃す手があるものか! 霊獣からの霊素材に、どれほどの値打ちがあると思ってるんだ!」
この言葉に浅葱は眉を潜める。だがすぐに怒りを上げず、静かに冷たい声で言葉を放つ。
「ただ奪うだけでなく、殺しまでするつもりか? いや、そんなことは些細なことか。甚五郎は、治療を終えて助かると言っただろう? お前達は神殺しをしようしているんだぞ?」
「ぎゃはははははっ! 馬鹿かお前!? 犯罪てのはな、誰かがちくらなければ絶対に起きないもんなんだよ!」
鉄士達が一斉に浅葱に襲いかかってきた。浅葱は冷静にかつ、強力な殺意を放ちながら、己の腰のものに手をかける。
・・・・・・二十秒後。
その場には五人の鉄士達が倒れ伏していた。彼らは炎の刃で、手足を切断されていたが、かろうじて生きていた。
「お前達は憲兵隊に突き出す。甚五郎様が証明してくれれば、協会も下手な揉み消しはできんだろうな。ましてやお前らみたいな小物の鉄士ならな」
浅葱の言葉に、気を失いかけていた鉄士の一人が、一気に正気に戻る。
「まっ待ってくれ! 金ならいくらでも出す! 見逃してくれ! 神殺しなんてばれたら、絶対に死刑になっちまう!」
「それを知ってるならば、最初からしようとしなければいいだろう。罪人は正当に方で裁く。うん・・・・・・」
おかしな気配を感じて、浅葱は振り返る。そこにはさっきまで寝ていた甚五郎が、今ようやく目覚めて起き上がったところだった。ゆっくりとあの巨大な身体を起き上がらせて、浅葱のほうに顔を向ける。
「・・・・・・一応確認しておくが、ちゃんと意識はあるか?」
『ああ、もう大丈夫だ。お前が治してくれたのか?』
初めて人の言葉を喋る甚五郎。その姿には、さっきまでの猛獣のような雰囲気は微塵もない。体臭は相変わらずだったが。
「俺じゃなくて、向こうで寝ている仲間が治した。躑躅という。今はお前の毒を吸ったせいで、休眠中だ」
『そうか。大恩ができたな。しかし・・・・・・』
「「ひぃいいいっ!」」
そこで倒れている鉄士達を睨み付ける甚五郎。どうやらさっきまでの会話を聞いていたらしい。
「とりあえず俺は、仲間とこいつらを連れて神社に戻る。あなたも他の鉄士に見つかる前にどこかに隠れた方がいい。鉄士協会には、すぐにもう大丈夫だと伝える。話が通じればいいが・・・・・・」
『そうか。ならばこの賊共の神社までの護送は、儂に任せよ。少しぐらい手伝いはしてやらねばな・・・・・・』
甚五郎が鉄士達に接近する。近づいてくる臭いに、鉄士達が悶絶する。甚五郎はそんな彼らは、一人ずつ掴み上げ、抱きつくようにまとめて腕に掴まえた。
「「「うげぇえええええええええええっ!」」」
これは浅葱に手足を切断されたときにも匹敵する叫びだった。
甚五郎の身体に無理矢理密着させられ、その肌と粘液にどっぷり浸かった鉄士達は、そのまま昇天しそうな気分を味わいながら失神した。
一方の浅葱も、未だ気絶中の三人を抱えて、神社の方へと戻っていく。
多少の水洗いはしたが、それでも彼らの身体(特に黄)には、まだあの粘液がついている。だが多少の汚れは仕方ない。まさかあの甚五郎に運ばせるわけにはいかない。浅葱は彼らを担いでいった。




