第三十話 大九十九神
躑躅は二階の部屋を担当していた。部屋の中には黄が見たのと全く同じ光景が広がっている。
「紺さんからもらった力、見せてあげるわ」
躑躅の頭の葉っぱが変形・成長を始めた。だが今回は以前のような花にはならなかった。頭から何本もの植物の蔓が生えてきたのだ。
それらは普通の植物ではありえないことに、何かに巻き付いたりはせず、蛸の触手のようにウネウネと動いている。
それはただ生えただけではない。蔓の長さ徐々に伸び、先端が二つに割れ、それも伸びて二本の蔓に増えた。他の蔓も同じように二股に別れ、さらにその先端もまた同じく別れ、蔓の数が増えていく。
結果、最初に六本だった蔓は、最終的に数十本にまで増えた。
それを頭から生やす躑躅の姿は、まるで頭に巨大なイソギンチャクを乗せているようだ。
「捕獲します!」
今までゆっくりと伸びていた蔓が、今度は物凄い速さで一気に伸びた。それらの先には標的である九十九神たちがいる。
虫のように空中を飛び回る器物達が、カメレオンの舌のように伸びてきた蔓に、次々と絡め取られ捕まっていく。あっという間に部屋の中の、全ての九十九神達が捕まってしまった。
これらの蔓一本一本に、躑躅の力を通す神経のような物があり、巻き付いた部分に力を入れる。
バキ! パキン! ガシャン!
蔓からの強い圧迫に、多くの器物が潰され、割られ、破れていく。
床に大量の器物の残骸が雨のように落ちていき、この部屋の九十九神たちは全滅した。蔓は丁寧に九十九神だけに接触しており、他の部屋の物には一切傷をつけていない。
躑躅は頭から生えている、用が済んだ蔓植物たちを、まとめてつかみあげた。そして雑草のように引っこ抜く。
「ううっ…」
この行為は、少し痛みを伴うようだ。躑躅は手にある、さっき引き抜いたものを足元に捨てた。
床には成長しきった、蜘蛛の巣のような蔓植物の塊が放り投げられる。そして躑躅の頭頂からは、またあたらしい植物の葉っぱが生えてきた。
「よし、次の部屋ね」
躑躅は意気揚々と、次の部屋の魔物退治に向かった。
紺は四階の部屋を担当していた。先ほど一つ目の部屋を、黄がしたのと同じようなやり方で、九十九神達を殲滅している。そして今二つ目の部屋に入っているのだが。
「こいつら私のこと見えてるのかな?」
さっきの部屋で、いくつかの九十九神達を破壊すると、残りが一斉にこちらに襲いかかってきたのだ。今までの不規則な動きが嘘のように、明確に紺を狙って突撃してきたのだ。
紺はそれらを持ち前の身体能力で避けたが、相手はこちらの動きや位置が判るようで、すぐに方向転換して襲ってきた。
九十九神達には目らしきものはついていない。だがこの行動を見る限りでは、魔法か何かの力で、彼らには相手の姿が見えているように思える。
「試してみるか」
紺は九十九神の群れの前で、瞼を閉じた。そして一気に見開く。すると部屋の中が、一瞬眩い光に覆われた。紺の目が開いた途端、その眼球がカメラのフラッシュのように光り輝いたのだ。
ボト、ボト、ボト、ボト!
すると何がどうなったのか、今までしきりに飛び回っていた九十九神達が、殺虫剤をかけられた虫のように次々と落ちていったのだ。
今まで騒がしかった部屋の中が、一気に静かになった。
「これって生き物じゃなくても効くのかよ!? まあ考えてみれば、服とかも石にしてたな、あいつは」
この現象に、事を起こした本人も驚いている。
九十九神達は、実に様々な素材の器物が存在していた。土製の鍋・木製の卓・金属製の薬缶。それら全ての材質が、今は一種類にまとめられていた。床に落ちた器物達は、全て鼠色の石のような色になっている。いや、本当に石になっているのだ。
紺が行った技の名は“石化眼”。前にあの蛇女に殺された時に得た、睨んだ相手を石にする能力である。
この技は、相手が自分の眼を見ていなければ通用しない。九十九神達に何らかの視覚能力があるのでは?と疑問に思い試したところ、見事大成功であった。
九十九神達の身体に関節はないが、石になると人間と同じように動けなくなるようだ。もはやピクリとも動かない、見ると茶碗など、石になってもまだ使えそうな器物が複数ある。
「こいつはいい。楽チンだ」
意外な発見に喜び、紺は三番目の部屋へと入っていった。
浅葱は三階の部屋を担当していた。
「はあっ!」
浅葱は短刀を幾重も振り、襲いかかってくる九十九神達を、次々と斬り払っている。そして最後の一個、よく磨かれた鋭い包丁が、刃先を向けて襲いかかってきた。
だがそれも浅葱はいともたやすく短刀で打ち落とした。包丁の刃が竹のようにポッキリと折れて、先っぽが床に突き刺さる。
「……いかん、床を傷つけてしまった。……これで四度目か。俺も未熟だ……」
悔いの残る勝利のあと、浅葱は部屋を出た。彼女はこれで三階の全ての部屋を攻略し終えた。他の仲間たちはどこまで進んだだろうか?と思いながら開放廊下に出る。
「おお、そっちも終わったか」
「ご苦労様です」
廊下に出ると、そこには躑躅と紺がいた。自分が最後の部屋での戦闘中に、こちらに到着して待っていたようだ。
「そっちの仕事は終わったのか?」
「ああ、五階も全部終わったぞ」
「流石だな」
残るのはここに姿が無い黄である。彼はどうしただろうかと、みんなで階段を降りようとしたが……
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
「!? 地震か!」
突然多屋が大きく揺れ始めた。足元が大きく震え、常人なら転げ落ちただろう。
部屋の扉の向こうから、ガシャンガシャン!と物が割る音が聞こえてくる。この地震で皿などが落ちたのだろう。折角物を傷つけないように戦ったのに、これでは台無しである。
揺れは十数秒に渡って続いた。
「これって大震災レベルじゃないのか!? てあれ?」
開放廊下から見える外の風景を見て、一行は様子がおかしいことに気づく。三階のここからは周囲の街の様子がよく見える。そしてそこから見える建物は、一戸も揺れていないのだ。
こっちが揺れているから、錯覚的にそう見えるのでは?と思ったが、どうもそうではない。実質この大型多屋だけが、大きく揺れているのだ。
「どうなってるんだ!? てっおお!?」
開放廊下の手すりから、下を見てみると異変の正体に気がついた。
この建築物の一番下の部分=地盤が地面から離れている。つまり現在この建物は、宙に浮いているのだ! よく見るとここから見える街の風景も、徐々に高度が上がっているように見える。
「皆さん! 大丈夫ですか!」
下の地面、多屋の小さな庭には黄がいた。一階にいた彼は、即座に異変に気づき外に飛び出したようだ。三階から下を見るこっちに気づき、大きく声を上げる。
建築物が気球のように空中に浮き上がる。こんなことが自然に起きる筈がない。常識で考えれば、誰かが魔法でこの建物を浮かしているのだ。浅葱が謎の敵に怒りを顕にする。
「くそっ! いったい何者だ!? これほど巨大なものを持ち上げるなどど!」
「そんなことより、ここから脱出です!」
三人は一斉に手すりから飛び出し、三階から飛び出した。飛び降り自殺ではない。躑躅を含め、強靭な肉体を得た彼らには、この程度高さどうということもない。上手いことに三人は、黄の立っているすぐ側に着地した。
そしてそこから見上げる形で、さっきまで自分がいた建物を見る。するとそこにある光景は想像を絶していた。
最初は魔法か何かで、建物が空中に浮いているものと思ったが、実際はそうではなかったのだ。
これには紺達一行も、異変に気づいた近隣の住民も、唖然とした顔で“それ”を凝視していた。
「あれは……どういうことだ?」
「どうやらこの建物自体が、九十九神化していたようだが……」
多屋は浮いているのではなく、二本の足で立っていたのだ。
“足”というのは比喩表現ではない。地盤から離れた建物の下の部分から、巨大な足がニョッキリと生えているのだ。
その足は黄色肌で、すね毛が生えており、しかもかなりの剛毛である。指先には爪がある。どう見ても人間の足そのものだ。日本の有名な妖怪に傘化けというものがある。それは和傘に人間のような手足が生えているのだが、ちょうどあれと同じような外見だと思っていい。
人間のような足で、大地に堂々と立っている多屋。その姿はミニチュアの建物を、人間が上から被っているようにも見える。だが実際の大きさは大怪獣並だ。
このあまりに奇怪で壮大な姿に、目撃した者達は、恐れるべきか笑うべきか、微妙な心境に立たされた。
「ごめん。こういうとき、どんな顔をすればいいかわからない……」
「……笑えばいいと思うよ」




