第二十九話 ポルターガイスト
翌日、一行は仕事を受けるために、鉄士協会に赴いた。依頼を探すのは資格証でもできるが、依頼を受けるには直接受付に行かなければならない。
「リーダー、一つ質問」
「何だ?」
これから仕事を探そうと、揃って看板を見ている時、紺が浅葱に質問した。
「初心者の鉄士て、初めにどんな仕事をするもんなんだ?」
「私だってまだ初心者なんだがな。基本的には一般市民の仕事の援助などだ。だが四人の団体で、しかも赤銅級が二人いる上で、そういう仕事ばかりすると他から笑いものにされるそうだ」
「てことは、ちょっと戦闘になりそうな仕事を探せばいいのか」
「そうなるな。まあ私たちなら多少の危険など大したことないだろう」
看板にある依頼一覧を眺める。前に紺が来た時は、さっき言ってた市民の仕事援助の依頼が多かった。だが今回は様子が違っていた。
「なんか魔物討伐の依頼が多くなってるな」
依頼の数は以前よりずっと多く、その半数以上が魔物討伐など、戦闘になる仕事であった。
ここ最近は地脈が弱くて、魔物の数が減っていたのではなかったのか? それに躑躅が答える。
「六王国には情報がまだ行っていないんですか? 地脈なら一ヶ月ぐらい前から、あっというまに戻ったんです」
「そして数日前から、一気に魔物の勢力が増した。市民にとっては迷惑だが、俺たち鉄士にとっては稼ぎが増えて都合がいいのだろうな」
一覧をもう一度見てみる。滅多に出ないはずの、白銀級の依頼が何枚かある。これって利益がどうこう以前に、国家治安がかなり深刻な状態なのではなかろうか?
「牛鬼に大百足か……、この白銀級の依頼受けてみたいんだけど」
「無理だ。これを受けるには赤銅級があと八人必要だ」
協会の計算では同階級が十人いれば、一つ上の階級一人分の実力としている。
そのため黒鉄級が赤銅級の依頼を受けるには、同じ階級の仲間を十人集める必要があるのだ。赤銅級が白銀級を受ける場合も同じ。
ちなみに黒鉄級が百人集まった場合でも、白銀級を受けることは出来ない。どんなに頭数を増やしても、二階級上の依頼を受けることはできないのだ。
「それじゃあ赤銅級で一番報酬が高い、これはどうでしょう?」
「「!!」」
黄が一つの赤銅級の依頼書を指差す。それを見た躑躅と浅葱の顔が曇る。ミスったか?と思ったが、返って来たのは反対意見ではなかった。
「……これですか。まあいいんじゃないんでしょうか? 人助けになりますし……。紺さんの昇格にも役立ちそうだし」
「まあ、このまま誰も引き受けなかったりすると、依頼を出したものが哀れだ。俺たちで何とかしてやるか……」
「「??」」
妙な言い回しの二人に、紺と黄は首を傾げる。黄が選んだその依頼書は、青龍京都内に出現した“九十九神”という魔物の討伐依頼だった。
九十九神。鉄士達の間では、最も人気のない魔物である。
岩木地の豊富な魔力に当てられて、魔物化する存在は何も生物だけではない。九十九神は無機物が魔物と化したものである。
家具や調理器具などの、日用品に突然強い力と意思が宿る。意思と言っても、人間のような自我や感情があるわけではない。そいつらは明確な目的など持たず、ただそこらへんを本能の赴くままに動き回るのだ。
物が九十九神になる条件は、はっきりとは判っていない。判るのは強度や性能を上げるために、霊素材を加えた物品が、九十九神になりやすいということ。
それの持ち主としては、九十九神化はたまったものではない。持ち物が使えなくなった上に、勝手に動き回られて他の持ち物を壊されたり、人に怪我を負わせたりする恐れがあるからだ。
ゆえにこれが生まれた時は、即座に鉄士協会に討伐依頼が出される。だがこれを進んで受ける鉄士はかなり少ない。
理由の一つは、討伐する場所のほとんどが、街の中の建物内部であることである。
依頼書には大抵“他の物は壊さないで”という条件が書かれている。家の中を暴れまわる小さな魔物を、家を僅かでも傷つけずに討伐する。これはかなり難しい作業だ。
家屋内では破壊力のある魔法は使えないし、むやみに武器を振り回すこともできない。それをした結果、建物の中の物を大量に壊し、弁償代で大赤字になった事例が山ほどあるのだ。
九十九神を倒しても、霊素材は一切手に入らないこともあって、鉄士達はあまりこの依頼を受けたがらない。
依頼を出したのに、何日経っても受けてくれる者がおらず、屋内の物が滅茶苦茶になったり、人が住めなくなったりした話もある。
そんな戦いの危険とは別の意味で困難な依頼を、紺たち一行は引き受けた。
場所は住宅街にある大型の多重家屋。五階建て三十部屋の、日本のマンション並みの大きな建物だ。依頼主はここの大家と住人達。そこに住んでいる住人たちの物品が、大量に九十九神化してしまったのだ。
「すげえな。ポルターガイストなんて初めて見たよ」
一番下の一番目の部屋を見て、紺はそう口にした。
和風様式の住居部屋の空間を、いくつもの物体が飛んでいる。飛んでいるのは虫などではない。それよりもっと大きい、ここの住人の持ち物達だ。
鍋・枕・茶碗・時計・エロ本。様々な物品が部屋の狭い空間を、お祭りのようにあちらこちらいったりきたり飛び回っている。当然竜巻などで飛んでいるのではない。
こいつらは全て九十九神だ。畳の上を大きな箪笥が、ゴトゴトと揺れながら歩いている。よく見ると飛んでいる物体には、包丁などの刃物もあった。これはかなり危ない。
住人は金品などの重要な物は持ち出したが、それ以外のものはほとんど置いたままにしてある。
家の物を全て取り出すとなると、大変な作業になる。そうこうしている間に、物を九十九神に壊されてしまうかもしれない。
浅葱が依頼内容を改めて口にする。
「九十九神化したもの以外は、極力物を傷つけるなという依頼だ。やりすぎると高い弁償代がかかるばかりか、仕事失敗とみなされて報酬も無しだ。長い得物や、破壊力のある魔法も一切使うな。周囲に気を配りながら、九十九神だけを捕らえ破壊するんだ」
「難しいな。竜に真正面から挑む方が楽そうだ」
「だが私たちがやらなければ、この多家(この集合住宅のこと)の人々の未来がない。何としてもやり遂げなければ!」
元より正義感の強い浅葱が、やる気に燃えている。躑躅と黄も同じ気持ちのようだ。
「やりましょう、みんな!」
「僕も頑張ります!」
「……まあ、ほどほどに」
浅葱の発言は何も過剰表現ではない。これほどの規模の九十九神化となると、鉄士の救援が一人も来ず、政府の命令で建物ごと破壊される事例があるのだ。
狭い部屋で、多人数で挑んでも、かえって危険が増す。彼は一部屋一人ずつ討伐に当たることになった。
一階の部屋は黄が担当することになった。
器物が飛び交う怪奇現象真っ只中の部屋の中で、黄は初めての鉄士の仕事に気を漲らせていた。
「よおし! やるぞ!」
まず手始めに一番捕らえやすいものから始めることにする。それは箪笥。重量があるためか、空を飛ぶことができず、床の上を揺れ動きながら移動している。
黄の身長より高いその箪笥を、力いっぱい殴りつけた。黄の怪力から放たれた硬い拳が炸裂する。霊木という霊素材で作られた頑丈な高級箪笥が、紙の城のようにあっさり砕け散り、中にあった衣類や道具が外にぶちまけられる。
大きな損壊を受けた箪笥は、それっきり動かなくなった。
「ああっ!?」
ここでとてつもないことを失念していたことに気づく。
箪笥はともかく、中に収納されていた物は、九十九神にはなっていないのだ。見るとさっきの一撃が元で、破れたり壊れたりしている物が複数見受けられる。
「うわぁあああああああああっ!」
自身の失態に、黄は頭を抱えて悶絶した。絶対に失敗しない、と言った矢先の大失敗。何のために自分は来たというのか?
(ああ、初めての仕事で紺さんに迷惑をかけちゃった! ああ、もうバカバカバカ!)
黄はしばらく赤子のように転げまわっていたが、その影響で畳に傷がついていることに気づき、慌てて元の体勢に戻った。
これで仕事が終わったわけではない。箪笥の中身を一つ一つ拾って、床の隅に置いておく。そして再び攻撃態勢に入った。
空中を不規則に動き回る器物達。それらを一つ一つの動きを注視、狙いを定めていく。そして一撃を放った。
バキン!
黄の手刀が一脚の椅子を叩き割った。更に茶碗・皿・鍋、と次々と仕留めていく。黄の足元には、破壊された九十九神の残骸が、次々と落ちて、床に散らばっていく。
すると九十九神達の動きに、変化が生じた。今まで不規則に動き回っていた物達が、次々と黄に向かって突進してきたのだ。
「!?」
黄は驚きながらも、素早く対応した。弾丸のように飛んでくるそれらを、次々と打ち落とす。だが受けきれず、身体に何発か命中した。
「くっ!」
足を回し、九十九神の突撃を素早い動きで回避していく黄。隙をついて一個ずつ手刀で破壊していく。一分ほどで決着はついた。部屋内にあった九十九神は、超人的な身体能力を持つ黄の手によって、全て破壊された。
「……これって?」
勝利を掴みながらも、黄は聞いていた話と違うことに困惑した。話では九十九神達は、破壊していくと相手から逃げるように動くはずである。だがここに現れた物達は、随分攻撃的である。
何はともあれ、向こうから飛びかかってきたおかげで、部屋の損壊を少なくして、敵を殲滅することができた。




